11.また会えて、本当にうれしいよ

「待ってたよ、レナおねえちゃん」


 長机に長椅子に、衣装棚。他にもきれいな調度品がたくさん並ぶ、わたしの部屋。

 丁寧に掃除してくださったんだろうなって思う、ぴっかぴかの部屋。その中で、専属の手足衆さんは待っていた。女の子だ……でも、誰なのかな。

 わたしにいたのは義姉さんだけ。村のおちびちゃんにも、そう呼んでくる子はいなかったはず。『レナ姉』呼びの子はいたけど、男の子だし。それに……もういないから。


「……もしかして、わからない? ずうっとおねえちゃんのそばにいたのに」


 えっ、わたしのそばに? ずっと? 本当に誰なんだろう。もう一度、その手足衆さんを見てみる。……やっぱり見覚えないような。

 目が行くのは、その小ささ。わたしより頭一個ぶん低いって、どういうこと……? 眷属さんって、こんなちっちゃい子もいるんだ。

 金色の髪が、クジラの形の帽子から飛び出て、内側にくるんと巻いてる。帽子、ふわふわしてそうだなあ。

 ……ふわふわ? クジラ? あれ、なにか思い出しそう。

 クジラで、柔らかくて、長いことわたしのそばにいた――あっ。


 心当たり、あるかも。

 いや信じられないけど、もしかして――


「……ソフィー?」

「うん。レナおねえちゃんが大事にしてくれた、綿入り人形のソフィー」


 眠たそうな目でそう言われて、うまく反応できなかった。聞きたいことがいっぱいある。

 どうやってここまできたの。そもそも、なんでソフィーが舟の上にいたのかもわかんないし。

 ぬいぐるみでも眷属になれるの。何かを聴いたり感じたり、考えたりとか、前からできてたの? しゃべれるのは?

 びっくりとうれしいがごちゃごちゃに混ざって、変な感じだ。


 何から話せばいいかわからなかったから、これだけ言おう。


「また会えるなんてね、ソフィー。すっごくうれしい!」

「……うん。ソフィーも、うれしい。レナおねえちゃんは、本当に優しくしてくれた。しんどいときは、ぎゅっとして、頼りにしてくれた。ソフィーをどこかに置く時も、そっと、傷つけないようにしてくれた。だから、また会えた」


 ゆっくりで、カストさんみたいに淡々とした話し方。でも、どれくらいうれしく思ってくれてたか、よくわかった。


「そりゃ大事にするよ。ソフィーはね、一番大事な友だちだったから。……でも、どうやって来たの? こんな海の底まで」

「儀式のとき、レナおねえちゃんの義母さん……いや、あんなのはおばさんでいい。おばさんが持ってきてた。レナおねえちゃんがいなくなったら、ソフィーは邪魔なだけ、だったみたい。だから、他の人に押しつけようとしてた」

「そんな……わたしが嫌いだからって、ソフィーまで嫌いにならなくていいのに」

「でも、おばさんには感謝してる。嫌われたおかげで、レナおねえちゃんに会えたから。……海の中に送ってくれた、舟の水夫さん。覚えてる?」

「うん、ばっちり覚えてるよ。みんなが『お荷物を追い払えてせいせいするぜ!』とか言ってたのに、あの人はずっと黙っててくれたから」

「おばさんがソフィーを押しつけたの、あの人だった。レナおねえちゃんが沈んだあと、悩んでたみたい、だったけど。少しして、ソフィーを海に流した。おねえちゃんといっしょの海に、いさせてくれた」


 そっか。あの人だったんだ。舟をこいでるときずっと無言だったのも、やっぱり優しさだったんだ。

 心の中でありがとうを言おう。もう、届かないけどね。


「沈まないと思った。綿入り人形だから、ぷかぷか浮く気がして。でも、海水を吸った。たぶん。少しずつ沈んで、海底の魚たちに見つかった。新しい花嫁のレナおねえちゃんのことも、その花嫁がクジラのぬいぐるみ――ソフィーを大事にしてたことも、噂になってたみたい。『これ、花嫁のぬいぐるみじゃないか』って、親切な魚が神殿まで運んでくれた、とのこと」

「えっ!? あとでどんなお魚さんだったか教えて。お礼言わなきゃ」

「レナおねえちゃん、律儀。前からだけど。それで、神殿に通されて。神様は、ソフィーの扱いに相当悩んだ。生き物以外を眷属にしたことはなかったらしい。海底に沈んで身体が朽ちて、魂だけになった人間を迎え入れたことはあるって言っていたけど。でも、結局こうしてくれた」


 海神さまがおっしゃってた『別の者を出迎える予定』って、ソフィーのことだったんだ。


「ソフィー、海の生き物の人形でよかった。じゃなかったら、神施? をもらえなくて、おねえちゃんと話すこともできなかったはず」


 ソフィーのとろんとした目が、ほんの少しだけ、下を向いた。

 わたしは、ううんって首を横に振る。


「たぶん、犬とか狼とか、空飛ぶ馬だったりしても、仲間にしてくれたと思うよ? 海神さま、きっとお優しいもん」

「……あの神様のこと、気に入った?」

「わかんないよ、まだ。でも、あの村にいるよりはずっと、楽しいことがありそうな気がするんだ」

「同意。ソフィー、ずっとおねえちゃんのそばで見てきた。つらかったことも、あの人たちの仕打ちも、全部。ソフィーも手伝うから、絶対、しあわせになろう……違う、なる。見返してあげればいい」

「会うことあるかもわかんないけど――うんっ! 今までできなかったぶん、幸せになる。楽しいことも、いーっぱいするんだ!」


 不安もいっぱいある。でも、今は気にしないでおくんだ。そう思えた。

 やっぱり、ソフィーはわたしに勇気をくれる。


「それがいい。だとしたら、早速、うんとレナおねえちゃんをもてなさないと……もてなすって、どうすればいい?」


 こてんと首を横に倒して、聞かれる。


「わ、わたしに言われてもちょっと困っちゃうかな。……って、そもそもだけど。ソフィー、家事とか身の回りのことできる?」


 今日まで綿入り人形だったんだから、できなくて当たり前かもだけど。一応聞いてみる。


「さっき手足衆のえらいお魚さんが少し教えてくれたけど、覚えられなかった。でもいい。ソフィーは、レナおねえちゃんと楽しくおしゃべりすることができる。綿入り人形として、おねえちゃんにぎゅーっとされる役目もある。それで充分。はなまる満点」


 ちょっと表情が分かりにくいけど、自信いっぱいに言ってるのがわかる。かわいいけど、けどね……。


「……ゆっくりお勉強しようね、手足衆のお仕事。他の手足衆さんもいるんだし、仲良くなってみてもいいかも」

「ソフィーは、レナおねえちゃんと仲良し。それでいい。……でも、考えてみる。おねえちゃんのお世話、できるならしたいし」

「したいっていうか、お仕事だからね」


 ソフィー、自由だなあ……。そこもかわいいけど。


「そうだった。じゃあ、さっそく少しがんばってみる。神様から言伝をもらった。『風呂場は夜の間であればいつでも使ってよい。食事は日に一度。晩餐を、希望する者のみが摂る。こちらは十七の刻から十九の刻までの間に食堂へ向かうように。また、のちのち寝殿へ来るようにと述べたが、時刻を伝えそびれていた。非礼を詫びよう。二十二の刻で頼む』とのこと」

「はーい、ありがとね。十九の刻ってもうすぐだよ」


 部屋の中に、潮の満ち引きを使って時間を知るからくりがあった。


「あと、ながーい言伝覚えててえらい!」

「……ん」


 わたしだったらきっと忘れちゃうもん。 

 あっ、ソフィーのくちびるの端っこ、ちょっとだけ上がった。胸も張ってる……気がする。たぶん。

 その姿も見てたいんだけど。すっごく大変なことに気づいちゃった。気づきたくなかった。いや、ほんとにどうしよう。


 ……この部屋、寝るところないような気がするよ?

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