10.カストさんのお願い

 潮海衆の部屋を出たあとも、カストさんの案内で神殿を見て回った。お風呂場、ちょっと生臭いな……と思ったら、ちゃんとお魚の姿用と人型用で場所が分かれてたりとか。

 食堂で、料理人のおじさんに「神様と眷属さんってご飯食べるんですね」って聞いたら、熱い答えが返ってきたりとか。


「別に食わんでも存在できるがな、食事というのはなにも生きるためだけにするわけじゃねえ。娯楽と癒しでもあんだよ。それは人間でもそれ以外の生き物でも、神様でも変わらねえ。肝心の主様は食ってくれねえけどよ……」


 ……まあ、食うか食われるかの世界にいるやつらからすれば、選り好みしてんじゃねえって話なんだろうがな!

 そう続けて、おじさんはガハガハ笑ってた。深いしわをもっと深くして、楽しそうだったなあ。


 他に行ったのは、シトロンさんが言ってた書庫。分厚い本やなにかの紙束が、書棚にぎっしり詰まってた。見たいもの探すの大変そうって思ったけど、書庫の管理してる眷属さんがいるから大丈夫らしい。本の場所と内容、全部覚えてるんだって。すごいよねぇ。

 ……そういえば、書庫の隅っこが柵で囲われてて、「この先立ち入りを禁ず」の張り紙があった。柵の隙間から書棚が見えたけど、どんな本が並んでるんだろう……もちろん、こっそり入ったりはしないけどね。


 こんな感じで見て回って、最後に案内された、神殿の奥の場所。それは、わたしの個室だった。

 扉の飾りからもう気合が入ってるというか、特別な部屋だってわかる豪華さ。早速入ろうと思ったけど、カストさんが扉の前から動かない。真剣そうな眼で、ぎょろりとわたしを見つめてる。


「この後はご自由に……と言いたいところですが。レナータ様、少しお話があります」

「なんでしょうか」

「我らが主について、どのような印象を持たれましたか? 今日接して感じた、率直な気持ちをお教えください」


 うーん、印象か……。玉座の間で話したときのことを思い出す。思い出しながら、話してみる。


「最初はやっぱり神様らしく怖くて、オーラがあって、強そうで……って。身体もすっごく大きいし。金ぴかの槍持ってるし。目力もすごかった。お隣に立てるのか不安でした。でも、お話したら印象が変わりました」


 もちろん、いいほうに。


「とってもまじめで、立派な神様でいようとされてるんだなってわかる。それに、来たばかりでなにもわかってないわたしを気遣ってくださる。たぶん――すっごく優しくて、がんばりやな神様なのかなあって。これから印象が変わっていくかもですけど。今の正直な気持ちは。こんな感じです」

「なるほど。我らが主は、信用に値しますか?」


 カストさんがなに考えてるか、実はあんまりわかってない。わたしとは少し距離置きたいみたいだし、マンボウの姿だから表情もわかりにくいし。声だって、ずっと同じくらいの調子だ。

 でも今だけは、はっきりわかるよ。目がきょろきょろして、ヒレも小刻みに揺れて。カストさんはたぶん、すごく焦ってる。なにかを心配してる。

 正直な感想を言うことが、申し訳なくなるくらい。


「……まだわかんないです。海神さまもおっしゃってましたけど、今日はじめて会ったばかりなので。時間がないのはわかってます。でも、全部これからなんです」

「……これは失礼。レナータ様のお言葉は、ごもっともかと。ですが、お願いがあります」


 正面から見つめられる。わたしは、こくりとうなずいた。


「我らが主は、非常に心強いお方です。遥かな高みから我々と海原を見下ろし、海を護るべくすべてを捧げんとしておられる。しかし我らが主は、強さの裏に脆さも併せ持つ。要は、無理をしておられるのです。理想の神であるために」

「ちょっとだけ、そんな気がしてました」


 本当はちょっとじゃないけど。「自分は道具だ」っておっしゃってた時の、遠くをぼんやり見てるみたいな目。忘れられない。


「それをひと目で感じられるとは、『花嫁』の適性がお有りのようだ。――レナータ様、どうか我らが主の様子に気を配ってはいただけませんか。そして、あのお方がご無理をしているようならば、それとなく、優しい言葉をかけるなどしていただければと。神と同格である、『花嫁』のあなたにしか頼めないことなのです」


 眷属さんの前では弱いところを見せようとしない、ってことなんだろうなぁ。じゃあ、わたしの前だとどうなるの? わたしが声をかけたら、本当に海神さまは受け入れてくださるの?

 不安は不安だよ。でも、答えには迷わなかった。


「……はい。海神さまのお側で、できるだけあのお方を見てますねっ」

「感謝至極でございます。では、これにて失礼。レナータ様専属の手足衆こまづかいが、中で待っておりますよ」


 カストさんは淡々とそう言って、廊下を来たほうへ戻っていった。あの人もけっこう謎。わたしは好みからずれてるみたいだからしょうがないかもだけど、あの人と仲良くなれる日はくるのかな。


 ひとりになって、目の前の扉を見る。わたし専属の手足衆さん、どんな人かな。両手で押して、扉を開けると――


「待ってたよ、レナおねえちゃん」


 お、おねえちゃん? 誰!? まるでわたしのこと、知ってるみたいだけど――

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