8.カッコいいおじさまだからって、許しませんっ!
神殿の中にはたくさんの部屋があって、すごく広そう。それに廊下を歩けば、小さな貝からサメまで、いろんな眷属さんとすれ違うし。こんな大きな場所でみんな何してるのかなあ。お仕事だとは思うけど。カストさんに聞いてみよう。
「神殿とはそれぞれの神の拠点であり、世界を維持するための神務を執り行っています。我らが主は海の神ですが、海ひとつ取っても神務の範囲は幅広いのですよ? 我らが主だけではとても対応しきれません」
「だから眷属さんがたくさんいるんですね」
「ええ。眷属にも業務が振り分けられております。人間との交渉・接触を担当する者、武力を担当する者、というように。そして、同じ業務を担当する者をひとまとまりにし、業務を行う場所も分ける。このまとまりを、
海とそこに住む生き物の担当『
淡水(川とか湖とか)とそこに住む生き物の担当『
地上の動植物(だいたいは人間)との折り合いをつける役『
海神さまお抱え、3人の参謀兼側近「
海で争いが起こりそうなときに交渉をしたり、前線を張ったりする戦闘要員「
偵察や情報収集担当「
神具(神楽用の楽器や武器など)と、人間からの捧げ物の管理担当『
神楽を舞い踊り、奉納する役『
神殿の家事や客人の案内をする小間使い『
お料理担当『
だいたいこの十一の役割に分かれてるんだって。第一印象は、しっかりしてるな、だった。
でも――第二印象もあるんだ。
役目処の名前、すっごく凝ってない? びっくりした。
「すごい名前の付け方ですね。どなたが考えたんですか? やっぱり、海神さま?」
「あれはわたくしと同じ、三智鮮のひとりによるものです。仕事はこなし情に厚く、頭も回る賢人でありますが、いかんせん格好をつけたがるもので。どうも彼が昔に習った武術の師が、そのような名づけを好んだようです。その影響もありましょう」
カストさんも三智鮮のひとりだったんだ。……なんだか言うの恥ずかしいな。まあ、それは置いておいて。
どんな人なんだろう。また会うこともあるのかな。
「我らが主も、かの者の腕は認めておりますが、名づけの感覚だけは理解しがたいようです。『余らは単なる機構であるのだから、淡水係なり小間使いなり、役割を端的に示せばよいではないか』とのこと」
「わたしも、どんな役割かわかりやすいほうがいいかもです!」
「これに関しては同感です。もうじき着きますので、どうぞお入りください。ただ――」
カストさんは目にぐっと力を入れて、機嫌悪そうな顔をした。ため息までついてる。
「この先、色男にお気をつけて」
いつの間にか、目の前に大きな扉。どんな人が待ってるっていうんだろう。
☆
「失礼します! 今日から海神さまのお嫁さんとしてお世話になります、レナータです。ご挨拶にきました!」
カストさんの言ったことが離れなくて、なんだか緊張する。声硬いなあ、わたし。
扉の向こうにいたのは、茶色いまだら模様の上着を羽織った、白っぽい髪のおじさま。カッコいいなぁ。
その隣には、ピンと背筋を伸ばした、腕に吸盤のある女の人。真面目そうな感じだ。きりっとした灰色の目と、先のほうが水色の黒髪がとってもきれい。
おじさまのほうが、軽くお辞儀しながら話しかけてきた。
「おや? ずいぶんと可憐なお嬢さんだ。ご機嫌よう。僕は潮海衆筆頭、ウツボのフィヨルド。隣にいるのは――」
「いえ、自分で名乗りますので結構です。あなたの手にかかると、どのような紹介をされるか分かりませんから。セクハラ禁止ですよ! ……失礼しました、同じく潮海衆、マダコのシトロンと申します」
「信用がないねえ、まだ何もしてないじゃないか」
「まだって言った! まだって!」
「お、おふたりともよろしくお願いしますっ。ここには他の方もいらっしゃるのでしょうか? だとしたらぜひご挨拶したいのですけど」
そういえば、祭壇場のときもユミアさんしかいなかったような。他にも巫女さんがたくさんいるって聞いたけど。どこか別の場所に?
「もちろん僕たち以外にもいるよ。ただ、あまり大勢で迎えても緊張させるだろうから、部下にはこの時間だけ他の部屋に移ってもらってるわけさ」
「提案したのは私なのですが、そういうことです。あの人たちにも悪いですし、もう本題に入りましょう」
「うん。シトロン君、お願いできるかな。僕はこれで失礼するよ」
ゆらっと手を振りながら、フィヨルドさんが部屋の出口を向く。もう出ていくの……?
でも、シトロンさんの動きが速い。上着のえりをバッとつかんで、フィヨルドさんを止めた。見た目すらっとしてるけど、力持ちなんだ。
「なにほざいてるんですか!? お仕事のことなんですから、筆頭のフィヨルドさんから説明すべきです。私も必要なときには補足挟みますから、お願いしますよ」
「このお嬢さんはご挨拶にきたんだろう? じゃあ要件は終わったじゃないか。あとはどうしようが自由の身だよ」
「無茶苦茶言いますね……」
「そうかなあ? では、僕はあの娘とランデヴーしてくるから。何かあったら呼んでくれ」
ら、ランデヴー……? よくわかんないけど、フィヨルドさんがお仕事抜け出して遊ぼうとしてたのはわかったよ。
止めたほうがいいんだろうけど、わたしには力も勇気もないし……あと、出会ってすぐなのに嫌われるのもいやだし。シトロンさんごめんなさい。
「――と、その前に」
「ひゃあ!?」
「フィヨルドさん?」
出ていこうとしていたはずのフィヨルドさんが、こっちを向いて、すぐそばまで寄ってくる。それから、あ、あごに……!? ごつごつしてるけどお手入れのされてそうな、フィヨルドさんの手。触られて、顔をくいっと持ち上げられる。あれっ、なんだかいいにおい、――じゃなくて、ちょっと……!
フィヨルドさんのもう片方の腕が、肩をつかんでくる。逃げられない。シトロンさんが吸盤で貼りついて引きはがそうとしてくれてるけど、ちょっとダメそう。わたしもじたばたする。あの、やめてください!
「おや、元気な嬢ちゃんだ。私と遊んでくれているのかな?」
全然効いてない……。
そのまま、フィヨルドさんの低くてカッコよくて、でも柔らかい声を聴くことになった。
「くっきりと通る愛らしい声。僕より頭ひとつは低い背丈。まだくびれの薄い腰。すらりと長く、白魚のごとく透き通った手足。くりりと丸く、愛らしい瞳。低く小さな鼻。薄くつややかな唇。短くも鱗めいた光沢を持つ、明るい茶髪――ほう、指通りも良い。そして、漁村育ちらしく活力があり、しかし垢抜けきらない顔立ち」
い、言わないでください! 自分の体を解説されるの、すっごく恥ずかしい。頭なでるのもやめてほしい。
「レナータ嬢、とお呼びしても?」
「あっ、はい! ……どうぞ」
口が勝手に動く。その甘い声で、動かされてるみたいな感じがする。
「君はとびきりの逸材だ、レナータ嬢。また今度遊んでくれるかい?」
「フィヨルドさん!?」
シトロンさんがまた止めようとしてくれてる。でも、これは私が答えなきゃ。ちゃんと正面から言わなきゃいけない。
「わたしは海神さまのお嫁さんなので、ごめんなさい」
「つれないねえ。ただお茶でもどうかと思っただけなんだけど。まあいい、あいにくと僕はあきらめの悪い男でね。今後ともよろしく頼むよ、レナータ嬢」
ふふっと笑って、今度こそフィヨルドさんが出ていく。あの人、どうしたらいいんだろう。目をつけられたみたいだし。
出会ってすぐなのに決めつけるのよくないけど、ちょっと嫌いになっちゃうかも……。いやでも、かっこいいのは本当だから……って、ごまかされないぞ!
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