7.ヒトデ系巫女お姉ちゃん
玉座の間を出ると、カストさんが待っていた。こぽこぽと泡を吐き出しながら近づいてくる。
「お待ちしておりました。盗み聞きはしておりませんのでご心配なく」
「そんなの気にしてないですよっ」
「そうでしたか。一応釈明は必要かと思いまして。ただ、お話の内容はおおかた推測が付きます。我らが主の状況について説明を受けたのでは?」
「はい、とっても大変なんだってわかりました。わたしの役目がどれだけ重要なのかも。花嫁としてがんばります!」
「これだけ前向きな花嫁も珍しい。我らが主の大きな助けとなることを願っております」
言葉のわりにはあっさりした言い方だけど、カストさんはこういうお魚なのかも。あっ、もうあっち向いちゃった。
「さて、行きましょう。まずはあなたの稽古場となる、祭壇の間へ」
マンボウとは思えない速さで、カストさんは廊下をすいーっと泳いでいく。速足でがんばって追いかけた。
☆
「ひっろーい……」
案内されて着いた部屋。カストさんは部屋の入り口で待機するみたいだから、ひとりで入ったら――思わず、そんな声が出た。
だってすごいんだよ。だだっぴろい部屋の真ん中には石段と、その上に立つ立派な木の祭壇。床には、中心から交互に広がる、赤色と青色の円模様。石の壁一面に彫られた絵。あっ、海神さまと眷属さんたちの絵もある。
とにかく豪華できれいで、でもしんとしていて。軽い気持ちで入っちゃいけない場所だって、よくわかった。
祭壇の扉が空いて、中から誰か出てくる。あれは……赤いヒトデ? 石段をぴょこぴょこ跳ねながら下りてきたそヒトデは、下りきったところで泡に包まれて――変身した。
「はじめまして、レナータちゃん。それともレナちゃんがいいかしら? わたしたちの神殿へ、そして祭壇の間へようこそ!」
背が高くて、体格も顔もふんわりした女の人。白っぽい柔らかそうな生地の貫頭衣を着ていて、話すたびにさらさらの長い髪が揺れてる。、ヒトデの
というか、いきなり『ちゃん』って呼ばれた! 別にいいんだけど!
「レ、レナちゃんでも大丈夫です。もしかして、あなたが……」
「ええ。先代の『大巫女』ユミアとはわたしのことですぅ。これから手取り足取り、お姉ちゃんが教えてあげますからね~?」
「よろしくお願いします! すみませんが、先代、なんですか? 海神さまから、今の大巫女はユミアさんだとお聞きしました」
「先代であってるよ~。だって、今日からはレナちゃんが巫女なんだから!」
「見習い期間とかないんですか!?」
たしかに歌と踊りはやってたけど、本当に初心者のひよっこだよ? 習い始めてすぐ『花嫁』にされたから。そんなので自信なんてないよ……
「主様から聞いてると思うんだけどね。大巫女はもともと主ちゃん……じゃわかんないか、海神さまの花嫁が就く決まりなの。レナちゃんが来た以上、お姉ちゃんはお役ごめんなのです。安心して、ちゃんと支えてあげるから」
「うぅ、やっぱり不安だけど。がんばります!」
この人についてもらえるなら大丈夫なのかな……? ただでさえ時間ないのに、落ち込んでばかりじゃいられないもんね!
あと、年上の人とか偉い人への言葉遣い、よくわかってないんだけど。でも普通、主にちゃんはつかないのはわかるよ……って、そうじゃなくて!
「頼もしいねぇ、その意気その意気! 今日は他のところも見て周るんでしょう? お稽古は明日からにして、今日は神代の巫女と大巫女のことお勉強しようね~」
「はい、先生!」
「先生じゃなくて、お・ね・え・ちゃ・ん。ね?」
白い指を一回ずつ振って、念押ししてくるユミアさん。なんだか目が怖いよ。普段は細くて柔らかい目つきなのに。
あと、もやーっとした黒いオーラみたいなの出てるよ……!?
「……は、はいっ。ユミアお姉ちゃん」
勝手に口が開いてた。返事しているというより、させられているみたいに。
お姉ちゃん、なんだか慣れないなあ。
「よくできました。じゃあ、始めるね~。神代の巫女は、神様に日頃の感謝と崇める気持ちを伝えるための、
「人……?」
ユミアさん、ヒトデだよね?
「お姉ちゃんもそうだけど、眷属はみんな人型にもなれるからね。むしろ、人間とか『花嫁』と接するときは、だいたい気を遣ってこっちも人型だし。その辺は気にしないの」
「すみませんっ」
「いいのいいの。歌舞はたくさんの眷属でやるんだけど、中心で踊るひとりだけは特別で、『大巫女』って呼ばれるの。大巫女の動きにみんなが合わせるんだ。それに、歌舞を捧げる前のお言葉を考えて言うのも、大巫女の役目だし。とっても重要なんだよ……って言ったら、緊張しちゃうかな?」
「それは、はい。ちょっと経験あるくらいで務まるのかなって」
「大丈夫だよ。務まるように教えていくのがお姉ちゃんの役目だから。……あっそうだ、そもそも歌舞ってどういうものか言ってなかったよね」
ユミアさんは目を見開いて、なぜかくるっと一回転した。貫頭衣の長いすそがふわり広がる。かわいいなぁ。かわいいけど、なんだったんだ。
何もなかったみたいに、またユミアさんは話し始めた。
「毎年のはじめにこの祭壇の間で奉じる『大御魂舞(おおみたまい)』。これがわたしたち一番の大仕事ね。たくさんの楽器と、それぞれの神施の力を使った演出に彩られて、巫女たちが歌い踊ります。丸一日かけてやるんだよ。演出っていうのはね、よいしょ!」
ユミアさんの周りが突然ぼんやりして――これは、小さな粒?
と思ったら、その粒が深い青緑色に光り始めた。これも神施の力なんだ……。きらきら、きらきら。本当にきれいだなぁ。
「と、たとえばこんなことができるのです! いろんな演出を凝らした、丸一日かかるくらい大きくて、賑やかな行事なんだよ~」
さっきまでと同じで、控えめにふわふわ笑うユミアさん。でも、なんだか誇らしそうな顔に見えた。ちょっと胸も張ってるし。わたしよりずっと大きな胸を――って、それはどうでもいいの!
「もちろん、これ以外にも歌舞を奉じることはあるよ。たとえば、獲れ高が減ったり、人がどんどん出て行っちゃったりするような漁村に行くの。そこで、『海神さまが見守っているから大丈夫』って勇気づける歌舞を披露するんだよ。ちょっとした奇跡を起こすのも忘れずにねっ」
奇跡、か。それも神施の力なのかな。じゃあわたしにもできるってこと……? そもそも神施ってなにができるのか、知らないけどね。
「と、大巫女以外の舞い手と奏者はこんな感じかな。だいたいお稽古してる。大巫女だけは別のお役目もあるんだけどねっ」
「別の……?」
「大巫女はね、癒しの象徴なんだよ。どういうことって思った? またほかの人が教えてくれるよ、きっと!」
「説明なし!?」
「あまりうおおおって言われても大変でしょう? お姉ちゃんなりの気遣いですっ」
「ありがとう、ございます……?」
今までで一番大きな笑顔で、ユミアさん。ウインクのおまけまでついてるけど、説明を丸投げしただけのような? ……でもたしかに、一気に説明されたら覚えるのは大変か。素直にありがとうでいいよね。
「えへへっ。お稽古以外でも来ていいからね? お姉ちゃんはいつだって大歓迎! つらいことがあったらぎゅってするし、相談にも乗るよっ」
「お世話になります!」
しっかり頭を下げる。今日はこれでおしまいかなって空気だったけど、わたしにはひとつ聞きたいことがあった。
「あのっ、海神さまを崇める舞を、眷属の皆さんが踊るんですか? 普通はコルニ村みたいな漁村の人たち――神父さんとか――がするような気がして」
「やっぱりそう思う? 正解はね、みんな主ちゃんを慕っているから! 愛が高じてってことだよ」
「あ、愛」
「そう、愛なんだ~。主ちゃんは『余らは単に主と従の繋がりなるぞ、わざわざ愛情を抱かずともよい。ましてや、大がかりな歌舞にするなど……』って言うけどね」
見える。困った感じでそう言ってる海神さまのお顔が見える。でもこれは――
「どうしよう、これは海神さまも正しい気がする……」
「たしかに主様はそういうお方だけど、ね? いつかわたしたちの愛を届けてみせるのですよ!」
「そうなんですか、がんばってください……って、わたしもぜんぜん他人事じゃなかった!」
「愛し合わなきゃいけないもんねぇ」
そうだったそうだった、『清らかな愛』! がんばらないとなぁ。
「今日はこれくらいでいいかな~。明日からまたよろしくね、レナちゃん!」
「はい、よろしくお願いします。今日はありがとうございました!」
本当にふわふわして優しい人だったなあ。カストさんのところに戻ろーっと――
「神へ奉じるにふさわしい舞がどれだけのものか。お姉ちゃんがいっぱい、いーっぱい教えてあげようね~……」
「ひぃっ!」
――したところで、背後からすごく、すっごくひんやりした声。お姉ちゃん呼びを求めてきたときよりもずっと、静かな迫力のある声。
顔は見てないし見られる気もしなかったけど、たぶん怖がらせたかったわけじゃないんだと思う。神楽の重さと大変さを伝えたいだけで。
あの人はきっと、花嫁のいない間、本気で大巫女をやってきたんだ。その覚悟をわたしにも持ってほしいんだ。なんとなく、そんな気がする。
「カストさんは、ユミアさんのこと、どういう人だと思ってますか?」
カストさんと合流してから、気になって聞いてみた。お姉さんっぽい人が趣味みたいだから。
「もしや、姉属性好きがバレて……失敬。普段の真綿めいたやわらかさも、岩礁のごとき威圧感も好みです。わたくしにとっての理想のお姉ちゃんは、包容力の高さと美しさだけでは足りません。厳しい世間と直面し、苦しみの果てに乗り越えて得た強さと、ある種の厳しさ。それが必要です。だいたいから――」
「わーっ、止まってください!」
びっくりした。勢いがすごい。このままだと永遠に話してそうな予感がしたから、慌てて声をかけた。カストさんは姉……ぞくせい? の人の話になるととっても熱くなる。覚えておこっと。
カストさん、声はいつもの感じに戻ったけど。背びれをしゅんと垂れさせて、申し訳なさそうにしていた。わたしのほうがごめんなさいって気持ちになるなぁ……。
「誠に失敬。少々熱くなりすぎました。異性の趣味としても、性格面でも好みの範囲だと言いたかったのです。ただ――あの凄みは、率直に言って恐怖ですね」
「そうですよね……」
お姉ちゃん、つよい。
「さて、次へ参りましょうか。大巫女の特別な役目に関わる場所でございます」
さっきよりゆっくり進みながら、カストさん。
特別な役目ってなんだろう。次の場所には、どんな人が待っているんだろう――
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