5.海神さまは大ピンチ

 わたし、レナータです。今なにが起きてるかっていうと……嫁入り相手の海神さまに土下座されています。

 本当になんで……? ううん、理由は話してくれてるんだけど。海神さま、力がほとんどなくなってるから復活に手を貸してほしいって。


 でも、神様に土下座されるって、なに?


「海神さま、とりあえず頭を上げてください!」


 どうしよってなりながら、なんとか言えたのがそれだった。さすがに申し訳なさすぎるもん。


「あ、ああ。……すまない。こちらも必死でな。なりふり構っていられぬのだが、困らせてしまったか」

「たしかに、びっくりはしましたけど。大丈夫です」

「本当か? 人と神のあり方は違う。今後とも戸惑うことなどあれば、余も含め周りに尋ねるのだぞ」


 心配性なのかな。


「それでだ。余の頼み、引き受けてくれるか」

「わたしにできることなら、やります! なにをするかは聞いてないですけど」

「失礼。先にそれを伝えるべきであったな。ただ、まずは余の現状を知ってもらわねばなるまい」


 恥ずかしくて言いたくない、みたいなか弱い声で、お話が始まった。


「この世には一柱の創造神と、それに仕える、余も含めた八柱の神が存在する。創造神以外の七柱は、いずれ汝と相まみえるときが来るであろう。詳しくは語らぬが、揃いも揃って曲者であることよ」


 ごつごつした手で頭を抱えながら、海神さま。わりと感情表現豊かな気が……意外かも。


「余はその神の一柱、地の神と反りが悪くてな。大地と海は、対極にして深く結びつく間柄にありながら、だ。そのような関係が幾年も続いていたが、数十年前、とある出来事をきっかけに大喧嘩へと発展してしまったのだ」

「じゃあ、数十年も大喧嘩を!?」


 大声が出ちゃった。神様の喧嘩、世界が滅びそうで怖いな……。


「世界の始端から存在する神にとって数十年は刹那なのだが……まあよい。汝の言う通りだ。今も和解にはほど遠い。何よりの問題は、大喧嘩の際に、神核しんかくを奪われてしまったことだ」

「海神さま、神核とはなんでしょう?」

「すまない、説明すべきだったな。神核とは、創造神が他の神を生み出すための源となったものだ。鳥であれば卵の殻、人間であれば胎盤やへその緒などが近いか。余の場合は、水中で燃え盛る、神聖なる炎より生まれた」

「炎から? 海の神様なのに、ですか?」


 海神さまのがっちりした青い身体と、背びれみたいな形をした頭の冠。改めて見ても、炎のイメージは全然ない。


「妙であろう。だが、間違いなく真実だ。失えば存在すらも揺らぐほど、重要だというのもな」

「ええっ、じゃあなぜ海神さまは消えずに済んでいるんですか?」

「神核を失えど、信仰されてさえいれば当分は存在を保っていられる。それが神というもの。ただ、地神はここ数年『近頃水害が多いのは、野心家の海神が大地を掌握せんとしているからだ』という真っ赤な嘘を民に流している。それも、自らを崇める聖職者を利用して、だ。以降、余を信仰する人間が減ってゆき、存在力は弱まり、こうして醜態をさらしているということよ……。眷属からの信仰のみだけではとうてい足りず、人間からのそれが不可欠だというのに」


 話しながらどんどんうつむいていく海神さま。最後には手から槍が取り落としそうになってた。

 地神さま、どんな神様なんだろう。海神さまの話聞いてると、すごく悪者みたいだけど。


「地神は決して悪ではない。神としての働きも充分だ。ただ、少しばかり気持ちが若く、感情のままに動く面がある。余はできる限り慎重に物事を決めるようにしているゆえに、あやつとは合わぬ。それだけの話だ」


 わたしの考えを読んだみたいに答えが返ってきて、ちょっとびっくり。神様のことだから、もしかして本当に読んでるのかも……?


「余が消滅したとしても、眷属筆頭であるカストが後を継ぐこととなっている。だが、影響力の低下は避けられまい。能力の問題ではない。何億年もの積み重ねを一から取り戻すのは困難というだけの話だ」

「そうですよね……百年も生きられない人間だって、お店とか仕事の跡を継ぐの大変ですから」


 コルニ村でもそうだった。食堂のご主人が重い病気にかかって息子さんが跡を継いだけど、それから急に味が落ちたんだって。ハッシュじいさんが言ってた……うぅ、その名前、思い出したくもないけど。


「人間も同じか。このように、一刻を争う事態だ。ようやく本題だが、汝には地神の蔵へ向かい、神核を取り戻してきてほしいのだ。危険は承知。だが、汝にしか頼めぬことでな」

「海神さまが直接行くのは弱っておられるので難しいかもですけど、眷属さんじゃダメ、なんですか?」

「うむ。余の神核は本来、清き心の持ち主のみが触れられる。そうでない者が触れればたちまち水があふれ出し、海原は大荒れを起こすであろう。我がしもべらは神核を奪った地神への恨みがあるゆえ、おそらくは炎に触れられぬ」

「だから今まで海神さまと関係なかった『花嫁』を、ってことですか? でもわたし、きれいな心だよ! って自信満々には言えないですけど……」


 義母さんも義姉さんも、村の人たちもたいていは嫌いだし。あの人たちに縛られずに自分のやりたいことやるんだ、ってずっと思ってたし。

 でも海神さまの返事は、少しだけ柔らかく聞こえた。


「汚くはあるまい。その程度、見ればわかる。――ともかく、なにもいきなり地神の蔵へ向かえとは言わぬ。話し合いで片が付けばよいが、争いになる可能性も十分にあるでな」

「……争い」


 って、なんだっけ…………ええっ!? 

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