青春が見せる蜃気楼

ひかもく

青春が見せる蜃気楼

 今日はいつにも増して暑い。そう感じながら目を覚ます。

 夏休み中は毎日、自己体感記録の更新を続けるだろう。毎晩早く部活に行きたいと思いながらベッドに入るのに、朝にはそんなことは忘れて、まずは真夏の太陽の洗礼を受ける。

 いつも通りのルーティンで支度を済ませ、靴ひもを結び、立ち上がった時に「よし」と言い、今日も家というシェルターから出る。扉を開けた瞬間が半目になるのも、この季節の風物詩なのかもしれない。


 日差しから逃げるように、逆方面へと歩き出す。時折吹く生ぬるい風には、何とも言えない心地よさを感じる。

 三つ目の信号を過ぎると――聞き慣れた声がした。


「おはよう!」


 夏の暑さとは別のものが身体を巡り、軽く叩かれた部分のワイシャツが、背中に張り付く。暑さからではない汗が噴き出すのが自分でも分かるが、夏のせいに出来るこの季節は良い。


「今日は一段と暑いね」


 この気温なら十人が十人同じ感想を持つはずなのに、君と同じである事が嬉しい。抱いている気持ちが何なのか気付かないフリをするのは、青春が蜃気楼を見せているからなのかもしれない。

 そして、何気ない会話を重ねながらいつも思う。

 

 この気持ちを、真っすぐ君へと向かわせて良いのだろうか――。


 周りの友人の話を聞いていると、この気持ちが芽生えるのには、少なからずきっかけがある。きっとそれが当然であり、自然の流れである。


 きっかけは何だっただろう。

 以前真剣に考えた事もあるが、どうもこれだという答えが出てこない。強いて言うなら、君と視線が合った時、目を奪われた。それまで会話をしたこともないし、名前すら知らない。それでも、目が、君の瞳に奪われた。これが一番しっくりと感じる。


 初めて会話をしたのは、部活動に入部してからだ。それから普通の友人のように言葉を交わす仲になるまで、さほど時間は掛からなかった。

 家の方面も一緒で、自然と部活動がある日の登下校は一緒になった。一緒になったというより、いつもお目付け役のように、気付けば隣にいる。練習中からもっとこうしろとか、試合になるとあれが出来ていないとか、あとは学校であった話とか、本当にありふれた会話。なんとなく兄弟がいるようなことは聞いたが、込み入った、お互いの深い話などはしない。

 それでも、君へは友情のような、そんな感情も抱いている。


 本音を言うと聞きたい事はたくさんある。でもこの関係が壊れてしまうのであれば、聞かない方がずっと良い。聞きたいと思う脳と、聞かない方が良いと思う感情が、丁度良い心地よさを与えてくれているのも事実だ。


 このもどかしい友情は、いつか変わるのだろうか――。


 一体何回自問自答したか、はっきり覚えていない。


 会話の途中で少しの間沈黙が走り、一息おいてから君は言った。


「いよいよ、今日は●●高校との試合だね。まさかここまで勝ち上がれるなんて、正直思っていなかったよ。……全部、出し切ってよね」


 随分と酷い事を言う。いつもは無責任にも、絶対勝てるなんて言葉をくれるのに。あの騒めく会場で、感情むき出しの瞳で、声で、訴えてくるくせに。今日こそその言葉が必要なはずなのに。今日に限って不安を煽るような、当たって砕けろ、そんな言葉を言う。


 ●●高校は言ってしまえば、二人の目標だ。数年前まで両校の実力は互角だったが、監督が変わり、全国から選手のリクルートに力を入れてからというもの、一気に差を付けられてしまったと聞いている。

 昔の話はよく分からないが、そういったチームを倒すため、地元の同世代ではそれなりに名前の知れた選手が集まり、今は同じ高校で打倒●●高校として、練習に励んでいる。

 もちろん、良い選手が集まれば勝てる、と言った簡単な話ではない。現に、入学してからの二年間、四度の対戦があるが、一度も勝利したことはない。


 ただ、君がそんなことを言うのには理由がある。

 実力や実績から言えば、勝ち目が少ないことは、選手が一番感じている。君とも何回も話してきた。しかし、今までの敗戦から学び、厳しい練習を重ねた今、もう一つ二人の共通認識が生まれた。


「今年は勝てる」


 だからこそ、君も震えた声で、嘘偽りなく、素直な思いを言葉にしたのだろう。その気持ちが分かったから、変な応援より、心に響いた。

 今日の試合にかける気持ちは、今までの試合とは比にならない。その分、緊張もする。手に搔いている汗は、この夏の暑さのせいではない。




 会場に着いてから試合が始まるまでの時間は、文字通り、溶けた。今はもう、コートの中心で、両校選手が顔を合わせている。オフィシャル席の向こうで手を組み、ギュッと目を瞑り、何やら祈っているような君の姿が見える。まるで君の周りだけ、時が凍り付いたようだった。


 もう少しで試合開始のブザーが鳴る。


君の凍っている時間を壊すような、君の心をとかすような、そんな言葉は見つからない。


それでも。


真夏の太陽に照らされながら、君への想いを叫びたい。


この試合が終わったら――。

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