9 いくじなし
「報告書を見て、もし本当の親子じゃないって出てたら、取り返しがつかなくなるよ……」
よしのんの声は震えていた。
「検査結果を待っている間は、本当の親子だと証明されるかもって思ってたけど、それって、すごく稀なケースなんでしょ」
よしのんの言う通り、シスAB型というのはごく稀にしかいない、と山本さんに教えてもらったサイトにも書いてあった。本当の親子だと証明しようとするのは、無謀な賭けだったのかもしれない。
「でも、結果を見ないままじゃ何も変わらないだろう。O型からAB型は生まれないっていう、お父さんの言い分をひっくり返すためには、検査結果を見ないと」
「結果なんて見なければ、もしかしたら本当の親子かもしれないって思っていられる。でも、はっきり違うって書いてあったら……」
涙目になってきた。
「もう、パパって呼べなくなっちゃったらどうしよう。蓮君の家も、ずっといつまでもいられるわけじゃないだろうし。行くところがなくなっちゃう」
うるうるとした目で、俺の顔を見上げてきた。
「よしのん……」
もしかして俺は、とんでもなく残酷なことを勧めてしまったのか?
取り返しのつかないところに、よしのんを追い込んでしまった?
「蓮君……、どうしよう。どうしたらいい?」
すがるような目つきでこちらを見ている。どうしたらいい? 俺に何が言える?
その時、頭の中で成瀬さんの大声が響いた。
『早く、あっち行け! このキモオタ!』
『よしのんさんを助けられるのは、水晶つばささんしかいないんですよね?』
そうだよ。よしのんを助けられるのは、俺しかいないんだよ。
よしのんのストーリーは、どんな展開になっても、最後はハッピーエンドにしないといけない。素直な彼女が素敵な彼に可愛がられて、幸せになるお話。ヒロインは、絶対に幸せになるお話。
それが描けるのは、コラボしてるパートナーの俺だけだ。
「よしのん。もし、本当の親子じゃなかったとしても、この家で一緒に暮らしてきた十六年の年月は変わらないだろ」
「うん」
「なら大丈夫だよ。どんな結果になっても、お父さんとよしのんの関係は、それで終わってしまうようなものじゃないから。お父さんも、きっとよしのんのことを、内心では大事に思ってるはずだよ。ただ、どう向かい合ったらいいのかわからなくなっているだけで」
「でも、他人だったら出て行けって」
両腕で、よしのんの肩を抱く。
「何があっても俺が付いているから。よしのんのことは、もう絶対にひとりぼっちにしない。お父さんが出て行けと言うなら、いつまででもずっと、うちにいればいい」
あの笑顔をまた取り戻すためなら、なんでもする。小説みたいなクサいセリフだって、いくらでも言ってやる。恋愛小説のストックならいくらでもある。
俺の腕の中で丸くなったよしのんは、両手に持ったスマホをじっと見つめている。
「うん。わかった。蓮君がついていてくれるなら大丈夫」
メールのリンクをタッチすると、検査機関のサイトに飛んで、ユーザーIDとパスワードの入力画面になった。手元のメモを見ながら、入力する。
「これでログインボタン押したら、すぐに報告書が開くのかな?」
スマホの画面を見たまま、つぶやく。
「そうかも」
「やっぱり怖くなってきた」
スマホを持った手を膝の上に下ろしてしまった。
さっきまで、よしのんの不安と同期するように俺も不安になっていたが、今は何も怖くなかった。
肩を抱いた腕を、そっと引き寄せて、耳元でささやく。
「よしのんのいくじなし」
はっとしたように腕の中から俺の顔を見上げてきた。そのピンク色の小さな唇に、思わず唇を重ねる。目をつぶると、暖かく柔らかい感触で頭の中がいっぱいになる。
そっと離れると、よしのんも閉じていた目をゆっくりと開いて、つぶやいた。
「いくじなしじゃないよ」
よしのんの細い指が、ログインボタンをタッチした。
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