8 積み重ねてきたもの

「なんで、石沢さんがここに?」

「ナルちゃんから、一緒に帰ろうって電話が来たから、部室まで迎えにいくところ。ナルちゃん、また泣いてたみたいだったけど、もしかして西原君と話してた?」

「あ、うん。さっきまで部室で話してた」

 うわ。また親友を泣かせたのかって、怒られる。


「あ、あのさ……」

「大丈夫だよ。わかってる。きっとナルちゃんなりに、ケリをつけたんだよね」

「……」


「おい、お前、何を言いふらしたんだ?」

 美郷は、そっちのけで話をしている俺たちにイラついたのか、またグイッと力を入れて肩を押し付けてきた。

「言いふらしてなんかいないよ。三組の女子から、よく相談されるんだ。美郷君ってどんな人? かっこいいからアタックしようと思うけどって。そうしたら、ありのままを答えてるだけ」

「なんでお前なんかに相談が?」

「二年生の時の事件を知っている子は、私があなたと何かあったって思ってるし。今は別の男子と付き合っているから、ちょうどいいと思うんじゃない?」

 石沢さんは階段を上がってきて、踊り場に着いた。


「何を答えてるんだ?」

「全部正直に話してるよ。あなたからどんなアプローチされて、どんな付き合いをして、どんなセリフで振られたか。一緒にホテルに行ったら、翌週に、飽きたから別れようって言われたことも」

「お前、付き合っている男子がいるのに、よくそんなこと恥ずかしげもなくペラペラしゃべるな?」

「湊君も、そうしろって背中を押してくれてるから。あなたに泣かされる女子を、これ以上増やさないようにしようって」

 石沢さんの目に、涙が浮かんで来た。校舎裏でしゃがんで泣いていた姿が、またよみがえってくる。


「あなたと付き合ったの、本当に後悔している。最低だった。あなたに比べたら、湊君や西原君の方が、ずっとずっと男らしくてカッコいいよ。最初に付き合ったのが湊君だったら、どんなに良かったか」

 石沢さんは、俺と美郷のすぐ横に近づいて来た。美郷の手の力が少し弛んで、肩が楽になったが、まだ横に出ることはできなかった。


「さあ、手を離して、西原君を通してあげて。急いで行くところがあるって言ってるでしょ」

「こいつ」

「さっさと、どいてっ!」


 突然、石沢さんが美郷の手首を両手でつかんで外向きにひねった。美郷も油断して力を抜いていたから、するっと肩から手が離れて自由になる。まさか石沢さんが手を出してくるとは、思ってもいなかったんだろう。

 ちょっとしゃがんで、横に飛び出した。


「さ、西原君、早く行って」

「ありがとう!」

「ありがとうって言うのはこっち。今まで、ずっと助けてくれた恩返しだよっ」

 美郷は、呆然として石沢さんを見ている。

 このまま立ち去るのは危なくないか? まさかとは思うけど、石沢さんが殴られたりしないか?


 その時、階段の上から声がした。

「石沢さん。ここまで来てくれたんだ」

「あ、ナルちゃん! 迎えに来たよ」

 石沢さんは、何事もなかったように、にこやかに階段の上に手を振っている。これで大丈夫だ。成瀬さん、あとは任せた。

 階段を二段飛ばしで駆け降りた。


***


 学校から駅まで十五分のところを、全力で走って三分で着き、電車に乗って三十分。最寄り駅から、よしのんの家までは、走ってすぐ。

 『百合』と表札の出ている門で、呼び鈴を押した。


「やっと来た。遅いよ! 学校から何時間かかってるの!」

 玄関から出てくるなり、ぶっと口をとがらせて突っかかってくる。

「ごめん。学校出るまで時間かかっちゃって」

「また、あの女となんかしてたんじゃないの?」

 ほんと、こういう時の女の勘って鋭いよな。でも絶対に言わないほうがいい。


「いや、学校の不良にからまれてさ。ようやく逃げて来たんだよ」

「何その不良って? カツアゲされてお金取られたとか? 殴られたりしなかった?」

 途端に心配そうな顔になり、俺の肩に両手をかけてぐっと近づいてきた。

「なんとか無事に逃げてきたから大丈夫」

「そんなのがいる学校とは聞いてないよ。もっとマジメな受験校かと思ってた」

「まあ、乱暴なのは、そいつくらいしかいないから」

 よしのんについて、玄関に入った。


「お父さんは?」

「また帰ってくるのは深夜だと思う」

 リビングに行くと、スマホを置いたテーブルの横に大きなリュックが置いてある。ゴールデンウィークにうちに来たときに背負っていたやつだ。

「リュックって、これまさか?」

「もし、親子じゃないって結果が出たら、すぐに家を出る。最低限の着替えと大事な物を入れたから」

「ま、まあ、ちょっと落ち着いて、結果を見てから考えよう」

「……本当の親子じゃなかったら、蓮君の家に連れてってくれるんだよね?」

「それはそうだけど、焦らないで」


 よしのんは、ソファに座ってスマホを手に取ると、メールを開いた。

「これが、結果報告書のリンクだって」

「じゃ、開いてみて」

 スマホを手にしたまま、目をつぶって深呼吸し始めた。

「うん。開くぞ。これで結果がはっきりする。さあ、クリックするぞ……」


 しばらく目をつぶっていたが、画面から指を離して、うつむいてしまった。

「やっぱり、怖くなってきた……」

 よしのんの指は震えていた。

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