6 それぞれの結果
よしのんが留守中にうちに来ていたことは、すっかりバレていた。
「その子があんたと付き合っていることが気に入らなくて、向こうのお父さんに怒られていたりするんじゃないの?」
「いや、違う違う。元々そうだったって話」
「それならいいけど。変なムシが付いたとか言われてないでしょうね?」
「いや、それはない、と思う」
「じゃあ、お父さんと何を揉めてるの」
どこまで話そうか。
連れて来ることになるなら、ある程度本当のことを話しておいた方がいいか。
「実は、お父さんと血がつながっていないかもしれないんだ」
「ふうん。それで?」
目はテレビの方を向いて、かりんとうをぽりぽりし始めた。
「それでって、それだけで大問題だろう」
「そう? 血のつながっていない親子なんてよくいるわよ。さっき話しかけた、小学校の同級生だった中島君、覚えてる? あの子も養子だから血はつながってないわよ」
「いや、うろ覚えなんだけど」
「中島君のお母さんが言ってたけど、中学生になって反抗期が始まったら『僕なんて、どうせもらわれてきた他人なんだから、ほっといてくれ』って暴れてたんだって」
「へ、へえ」
「そしたらお父さんが、ものすごく怒って、『お前はうちにいて、十何年ずっとみんなと同じものを食べてきたんだ。お前の体は俺や母さんと同じものでできてる。血のつながりなんかより、よっぽど濃いんだぞ』って、怒鳴りつけたんだって。そうしたら、わんわん泣いてたって」
「すごい理屈だ」
「だからその子にも、血のつながりなんかよりも、一緒に暮らしてきた時間を大切にしなさいって、言ってあげな」
「う、うん」
でも、お父さんから出ていけって言われてるんだよな。
「お父さんも、いろいろ厳しいこと言うかもしれないけど、ずっと小さい頃から育ててきた娘だったら、間違いなく情が移っているから。内心では大切にしていると思うよ」
「そうなのかな……」
「もし、その子が嫌じゃなければ、今度家に連れて来なさい。留守中にご飯食べさせてもらってたなら、お礼もしなきゃいけないし」
よしのんを紹介するのは問題なさそうだ。むしろ親の方が、避妊とか変なこと言い出しそうで心配だけど。
とはいえ、家に住んでもらうとなったら、話は別だよな。
ま、それはそうなった時に考えよう。
「わかった。聞いてみる」
***
Webサイトを開くのに、こんなにドキドキするのは初めてだった。
全国学生オンライン文芸コンテストの審査結果発表は、今日の午後三時と予告されていた。発表時間になれば、コンテストページの結果発表のリンクが押せるようになるはず。
授業が終わるのは三時五分だから、授業中から机の下にスマホを隠して何度もリロードをクリックしている。だが、コンテストページの薄ぼんやりした色の結果発表ボタンは、授業が終わりそうになっても変わらないままだった。発表が遅れているのかな。それとも時間を間違えた?
授業が終わるチャイムが鳴り始めた途端、ボタンがくっきりとした紺色に変わった。あわててクリックすると、結果発表ページに移動する。
大賞は……馬鹿みたいに長いタイトルの異世界ファンタジーか。やっぱり人気のジャンルだからな。まあ、いきなり大賞なんてありえないし。二位は、これも異世界ファンタジーね。その下にスクロールして三位は、悪役令嬢か。
やっぱり、成瀬さんの書いているような、まじめな現実純愛ものはジャンルとして難しかったかな。
さらにスクロールする。
「あ、あった!」
思わずスマホを握りしめて立ち上がった。
『佳作 最後に渡したプレゼント 成瀬桜』
「西原! イスぶつけんじゃねえよ!」
後ろから怒鳴り声が飛んできた。急に立ち上がったので、イスが後ろに倒れて、杏奈さんの机にぶつかっていた。
「ご、ごめん」
「なに急に立ち上がってんだよ、バカ!」
「な、成瀬さんが……」
「はあ? 成瀬がどうした?」
「成瀬さんの書いた小説が、コンテストで入賞した」
スマホの結果発表画面を見せる。
「なんだこれ? すごいな。作家デビューとかするのか?」
「いや、このコンテストは大手出版社がやってるのじゃないから、すぐに書籍になることはないと思うけど」
「ふうん」
「でもすごいよ。九二〇編も応募してきた中から、選ばれた五本に入ってるんだから」
「いつもクソ真面目な顔して、なんかお前と話してたけど、こんなことやってたんだ」
「あ、うん」
内緒でレビューしてたつもりだったけど、やっぱり見られてたか。
手の中でスマホが振動する。成瀬さんのメッセージだ。関わらないでと言われてから、初めてのメッセージ。
成瀬> 全オン文、佳作になりました。
西原> よかったね。おめでとう。成瀬さんの努力と才能が認められたね。
成瀬> いえ、全部、西原さんのおかげです。二ヶ月間ずっと指導していただいたおかげです。
西原> いや、指導なんてすごいことしてないから。
成瀬> あの、後で部室に来ていただけますか。お礼がしたくて。
西原> 今日? いいよ。片付けたら行く。
お礼だなんて、本当に真面目で律儀だな。
カバンにノートと筆記用具を詰め込んで教室を出ようとしたところで、またメッセージが着信した。今度はよしのんからだ。
よしのん> DNA検査の結果が出たってメールが来た。怖くてまだWebサイトは見てない。
検体を送ってから一週間程度で結果が出ると書いてあったから、そろそろかなと思ってたけど、やっと来たか。
よしのん> 早く家に来て。もし検査結果がダメだったら、すぐに家を出るから。
西原> ちょっと待って。家を出るのは、お父さんとちゃんと話し合ってからにしよう。
よしのん> だって無理やり白黒付けて、他人だってわかったら、もう家にはいられない。
西原> 待て。早まるな。すぐ行くから、それまで開かないで待ってて。
成瀬さんの用事は急いで済ませて、すぐによしのんの所に行かないと。
文芸部の部室がある四階への階段を、駆け上った。
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