5 他人と家族の間

 よしのんの父親は、驚くようなことを言い始めた。

「白黒はっきりさせたいんだろう? なら、黒だとはっきりしたら、この家にいる必要はない。どこへでも好きなところへ行け」

「パパ!」


「そんな……。どこに行けって言うんですか」

「君の家にでも連れて行けばいいだろう。そこまでの覚悟があって、良子に関わっているんだろう?」

「うっ」

「その程度の覚悟もないなら、他人の家族の問題に首を突っ込んでくるな」

 言っていることは正論だ。結果を引き受ける覚悟もないのに、よその家族の問題を引っ掻き回して良いわけがない。


「くそっ。わかりました。もし本当の親子じゃなかったら、うちに来てもらいます」

「ちょっと蓮君、なに勝手に決めてるの?!」

 よしのんに左腕をつかまれた。そちらを向くと、目がまん丸になっている。


「良子。DNA検査なんて、お前が言い出したのか」

「いえ。僕が提案しました」

「余計なことを言い出しおって。お前たちで勝手に申し込んでおけ。金は渡してやる」

 お父さんは椅子から立ち上がった。

「昨日も遅かったから、もう休む」

 そう言い残すと、リビングを出て部屋に戻って行った。テーブルの上には、二枚の印刷と八万円が残されたまま。


「ねえ。蓮君。あんなこと言って、もし本当に、親子じゃないって結果が出たら、どうするの?」

 つかんでいる腕を揺さぶられた。

「う、うちに来いよ」

「本気で言ってる?」

「大丈夫。絶対に本当の親子だから。あの頑固さは、よしのんそっくりだ」

「もう!」

 腕をはなすと、不安そうな、でも喜んでいるような複雑な表情で、じっと俺の顔をみる。

「まあ、検査は受けてくれることになったし、一歩前進だろ。よしのんのスマホで、さっそく検査キットの申し込みをしよう」


 よしのんは、スマホを取り出し、あらかじめ登録しておいた検査機関のページを開いた。

「蓮君って、時々、無茶なことをその場の勢いで約束しちゃうよね」

「そうかな……」

「彼女もいないのに、グループデート行くって言ったり」

 ニヤっと笑っている。

「それ、いま蒸し返す?」

「でも、ありがと。説得してくれて」


***


 家に帰って来て、夕飯を食べてからずっと、自分の部屋のベッドの上で悶々としている。勢いで、あんなことを言ってしまったけれど、もし本当に、親子じゃないと出たらどうしよう。

 うちの親にはなんて説明するかな。家を追い出された可哀想な子なんです、とか? 急にそんなことを言ったら、びっくりするよな。


 いきなり引き取るなんて話になる前に、少しほのめかしておいた方がいいか。まずは、女子の友達がいて、家族のことで相談されているって話だけするとか。そうすれば、うちに来ることになった時に、あの話のことで、って言いやすくなるはず。


 ベッドの上に座り直す。


 今まで、女の子の友達の話など、ほとんどしたことがなかった。そもそも女子の友達なんていなかったし、まずそこからびっくりされるかも。

 当たり障りのない話からいくか。

 部屋を出て、リビングに向かった。


「ちょっと話があるんだけど。あれ、オヤジは?」

 母親は、ソファにゴロンと横になって、かりんとうをつまみながらテレビを見ていた。さっき夕飯食べたばっかりだろ。

「お父さんは、ゴルフの打ちっぱなし行ったわよ。改まって話って、なに?」

「実は、友達から相談されてて」

「どんな?」

「なんか、お父さんとうまく行ってないみたいで」

「ふうん」

 相変わらずゴロンと横になったまま、顔だけこちらに向けてしゃべり始めた。


「どこの家も大変ねえ。お隣の長男も、今度中学生になるけど、最近反抗期で大変らしいわよ。なんか気に食わないことがあると、ダンダンって机叩いて、部屋出てっちゃうんだって。あと、お向かいのお姉ちゃんも、高校生なのにお化粧してると、お父さんがなんだそれはって怒鳴って、大喧嘩になるって奥さんが嘆いてた。そうそう、小学校の時に一緒だった中島君は……」


「あ、あのさ。ちょっと俺の話も聞いてくれる?」

 いつもこの調子で、母親はしゃべり始めると、こっちの言うことなどお構いなしに話し続けている。


「はいはい。で、その友達がどうしたの?」

 ソファの上に起き上がり、正面からこちらを見てきた。

「あ、えと、うん……」

 いざ正面から、どうしたのと言われると、何から話せばいいのかわからなくなる。

 お父さんとうまくいってなくて、それで……


「その友達って、女の子?」

「えっ、なんで?」

 ニヤニヤし始めた。


「まったく。いつの間にか色気づいて。彼女ができたんなら、コソコソしてないで、堂々と連れてきて紹介しなさい」

「え、いや、コソコソしてるわけじゃなくて。いや、そもそも彼女というか……」

「ゴールデンウィークに旅行で留守にしてた間、うちに連れこんでたでしょう?」

 え、ええっ! バレてるっ?!


「な、なんで、そんなこと?」

「当たり前でしょ。シンクもガスレンジも、出かけた時以上にピカピカにきれいになってたし、鍋もきちんと向きを揃えて、大きさの順に重ねてあったし。冷蔵庫には、パプリカとかカラフル・ラディッシュとか、普段使わないような野菜の使いかけが、ぴっちりラップして入ってるし。とても、あんたなんかが片付けた状態じゃなかったから」

「あああ」


「ちゃんと避妊しなさいよ。学生のうちに妊娠なんかさせたら、大変だからね」

「ちょっと真顔で言わないで。まだ、そんなことしてないから」

「お母さんも、お父さんと付き合い始めたのは高校生の時だったからわかるけど、男の子って、他のこと何にも考えられなくなっちゃうのよね」

「そんな話ぶっちゃけなくていいから!」


 旅行から帰ってきて、昔のことを思い出したって言ってたの、そういうことだったのか? そういえば、親父にいろいろ料理作ってあげてたって、暗にほのめかしてた?


「その子が、お父さんとうまくいってないのって、あんたのせいじゃないでしょうね?」

 いきなり質問が飛んできた。

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