4 覚悟
玄関ドアを開けて、よしのんが降りてきた。
「ありがとう。来てくれて」
「お父さんは?」
庭に面した窓の方をちらりと振り向く。雨戸が締め切られたままだ。
「いつも通り深夜に帰ってきて、ずっと部屋にこもってる」
「そうか」
「上がって」
門の内側から見える庭は、一面に雑草が生い茂っていた。
玄関に入ると、家中に聞こえるような大きな声で、よしのんが呼びかけた。
「パパ。お客さん来たわよ」
返事はない。
「お邪魔します」
「とりあえず、リビングに行こう」
きれいに片付いているが、少し殺風景な部屋の中にソファとテーブルが置かれている。クーラーが効いているので、勧められるままにソファに座ると一瞬で汗が引いた。
「歩いてきて暑かったでしょ」
氷を入れたグラスに麦茶を注いで持ってきてくれた。
「うん。外を歩ける気温じゃないな」
「パパの部屋に行って、呼んでくるから、ちょっと待ってて」
「わかった」
廊下の先に歩いて行き、ドアをノックしている。
「パパ。お客さんが訪ねて来てるよ。出てきて。パパに話があるから」
「……」
「わざわざ来てくれてるんだよ。顔くらい見せないと失礼じゃない」
「……」
「大事な話があって来てるんだから、出てきて」
部屋のドアを開ける音がして、足音が近づいて来た。いよいよ直接対面か。
リビングに入り俺の顔を見た途端、お父さんは少し目を見開いて動きを止めた。俺は、ぴょんと飛び上がって、ソファの前に立つ。
「誰だ君は? 良子。客が来ると言っていたのは、こんな学生のことだったのか?」
「そうよ。私とパパのことで、大事な話があるから来てもらったんだよ」
「大事な話?」
「蓮君。お願い」
「あ、あの。西原蓮といいます。初めまして」
頭の上からつま先まで、じろりと見られた。
「君は良子と、どういう関係なんだ? 同級生か」
「いえ。学校は違います」
「学校が違うなら、どんな関係だ?」
コラボ小説のパートナー? 彼氏? なんて答えよう。そもそも、よしのんが小説書いていることは、お父さんに言っていいんだっけ?
「ネットの趣味の集まりで知り合ったの」
よしのんが横からフォローしてくれた。そういう言い方か。まあ、嘘ではないな。
「ネットで? どこで知り合ったのか知らないが、何の話があるんだ」
「あの。り、良子さんと、お父さんの血液型のことでお話があります」
「血液型がどうした」
「ね、パパも蓮君も、座ったら?」
お父さんは黙って角の椅子に腰を下ろす。俺とよしのんは、長いソファの方に並んで座ったので、斜め隣でお父さんと向き合う形になった。
「良子さんから聞いたんですけど、お父さんがO型で良子さんがAB型だから、本当の親子じゃないってお話をされたのは本当ですか?」
お父さんの顔色が変わった。
「良子。そんな話を他人にしたのか?」
「蓮君は他人じゃないもん」
「そうか。そういう関係か。で、君は何が言いたいんだ?」
いや、他人じゃないとか、そういう関係かって、どういう関係だと思った? まだ何にもしてないぞ。
「あ、あの、良子さんとは、まだそういう……」
「その話はいいから! 血液型の話!」
「わ、わかった。あの、良子さんのお母さんの血液型は何だったんですか?」
「それを聞いてどうする?」
「もしかして、AB型だったんじゃありませんか」
「……そうだ。あの女はAB型だったが、それがどうした」
よし。可能性はあるぞ。
「あの、良子さんとお父さんのDNA検査をしたことはありますか?」
「DNA検査? そんなことするわけがないだろう」
「検査したら、もしかすると、良子さんと本当の親子という結果が出るかもしれませんよ」
「何を言ってるんだ?」
「AB型の血液型には、シスAB型というのがあって、母親がシスAB型だと、たとえ父親がO型でも、子供がAB型になることがあるんです」
「なんだそれは」
「これを見てください」
遺伝子と血液型の解説ページの印刷をテーブルの上に置く。
「ABO血液型だけで判断するのは古いし、危険です。でもDNA検査をすると、本当に親子かどうかがわかります」
山本さんの受け売り。もう一枚、親子判定検査キットの紹介ページの印刷を出して、テーブルの上に並べて置いた。
「DNA検査を受けていただけませんか? 良子さんとお父さんは、本当の親子かもしれませんよ」
「今さらそんなことをしても、意味がない」
「DNA検査をして、もし実の親子だって証明されたら、二重にラッキーじゃないですか。良子さんという本当の娘ができるのと、奥さんもお父さんとの間で子供を産んで育ててたんだって、思い出が上書きできるのと」
お父さんの表情が厳しくなってきた。
「良子さんはお父さんのことが本当に好きだったんですよ。お母さんは出ていってしまったかもしれないけど、ずっとずっと、お父さんを待ってて」
よしのんが、はっとした表情でこちらを見た。父親は苦しそうに顔をしかめている。
「そんなことに金を使うのは無駄だ。どうせ親子じゃないという判定が出るだけだ」
「そんなこと、やってみなきゃわからないじゃないですか。それとも、本当の親子だってわかると困るんですか? 本当の親子になるのが怖いんですか?」
「そんなわけないだろう!」
すごい勢いで怒鳴られた。
「じゃあ、金が惜しいんですか。いいですよ僕が出します。八万円持ってきてます。これでDNA検査キットを買って下さい」
財布から一万円札を八枚取り出して、テーブルの上に置いた。昨日、こんなやりとりになるかもしれないと思って、お年玉や小遣いを貯めている虎の子封筒から出して来た。
声は出さないが、よしのんが目をまんまるにして驚いている。
「君みたいな子供にもらう筋合いはない。なぜ君はそこまで良子に関わる?」
「そ、それは……」
「それなりの覚悟があって俺と良子に関わっているんだろうな」
「……はい。良子さんのことは放っておけません」
お父さんと睨みあったまま、しばらく沈黙が続いた。
「わかった検査を受けよう。当然自分で払うから、この金はしまっておけ。そのかわり、実の親子ではないとわかったら、良子にはすぐに家を出て行ってもらう」
「えっ?」
「パパ!」
「高校を卒業するまでは面倒を見てやろうと思っていたが、そこまで白黒はっきりさせたいんなら、こっちにも考えがある。他人だということがはっきりしたら、縁を切る」
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