3 届かぬ心
石沢さんに言われるままに、一階に降りて校舎裏に出た。
校舎裏のゴミ捨て場につながる通路は、ふだんはほとんど人が通らないので、内緒の話には都合がいい。でも、石沢さんが美郷に振られて泣いてたところでもあり、あんまり気分のいい場所じゃない。
「ねえ、ナルちゃんに何かした?」
通路の真ん中で、石沢さんは俺のことを睨みつけながら質問してきた。
「へっ? 何かって、何もしてないけど」
「昨日の放課後、一人で泣いてたよ。その前に、教室の前で話してたでしょ」
「えっ」
確かに廊下で話はしたけど、泣いてたってどういうことだ?
「ナルちゃんは親友だから、たとえ西原君でも、傷つけたら絶対に許さないよ」
その目は真剣だった。
「いや、誤解だ。成瀬さんを傷つけるようなことなんて言ってない」
「じゃあ、何の話をしてたの?」
「小説のコンテストに作品を出すことになってたから、無事に提出できたかって聞いただけだし」
「それで?」
「逆に、俺の方がきついこと言われた」
「きついことって?」
「もう関わらないでって」
「えっ? 何で? やっぱり何かひどいことしたの?」
「してないって!」
全然信じてくれない。
「何もしてないけど、ただ……」
「ただ、何?」
「先週、学校の前で偶然、百合さんに会った」
「百合さんって……、あ、あの遊園地に来てた西原君の彼女さん?」
「そう」
石沢さんは、はっとした顔になる。
「百合さんとナルちゃんが、何か話をしたの?」
あのやりとりは、石沢さんには話せないな。よしのんの正体とか、いろいろ絡んでくるし。ちょっとぼかして説明するしかない。
「校門前で待ってた百合さんに、気を利かせてくれて、もう邪魔はしませんから大丈夫ですって言って、先に帰って行っただけ。部室で、成瀬さんの小説の感想を話してたから帰りが遅くなって、一緒に校門から出たところだった」
石沢さんは、くちびるを噛んでいたが、独り言のようにつぶやいた。
「やっぱり、そうなっちゃったんだ。私が悪かったのかな。最初に、彼女さんがいるよって言っておいたのに」
「やっぱりって、どういうこと?」
「西原君は、何にも感じてないの? ナルちゃんから何か言われなかった?」
「えっ? 何を?」
何を言ってるのか、ぜんぜんわからない。
成瀬さんは、水晶つばさのコラボ小説の邪魔をしないで、と直接よしのんから言われて、確かに傷ついたかもしれない。でも石沢さんの言っていることは、それとは関係ないだろうし。
「そう。わかった。そういうことなら、西原君を責めてもしかたないよね」
「え、責めるって?」
「ごめんね、ここまで呼び出しちゃって。教室に戻ろ」
一人で納得しちゃったけど、どういうことだったんだ?
***
夜、自宅にいても、コラボ小説はよしのんの担当回で止まってしまっているので、続きを書くことができなかった。あれ以来、よしのんは全く書けなくなってしまったようだった。
時間があるなら、受験生らしく勉強しなければいけないのだろうが、そんな気力もなくベッドに寝転んでいると、枕元でスマホが振動し始めた。よしのんからの電話だ。
「うまくいかない」
「お父さんが、DNA検査をやるって言ってくれないのか」
「それ以前に、まともに話を聞いてくれないの。蓮君に検査のこと教えてもらってから、もう二週間もたつけど、ぜんぜん話ができない」
「二週間も話ができないのか?」
「深夜まで起きてて、帰って来たところをつかまえても、もう疲れて眠いからって部屋に直行しちゃうし。週末、家にいる時は、ずっと部屋に閉じこもっててほとんど出てこないし」
「困ったな」
肝心のお父さんが話を聞いてくれないと、先に進まない。
「どうしたら、話を聞いてくれるかな」
「うむ。俺が行ったら、お父さん出てきてくれるかな?」
「蓮君が来てくれるの?」
「うん。客が来たら、さすがに部屋にずっと引きこもっているわけにもいかないだろ」
「どうだろう。出てくるかな?」
「第三者が行って、ちゃんとDNA検査してみるようにと説得したら、聞いてくれないかな」
具体的に、説得できる材料や根拠があるわけではなかった。でも、少しでも何かしないと。
「私の言うことは、全然聞いてくれないから、蓮君に来てもらうのはありかもしれない」
「いつ行けば、家にいる?」
「土曜日は、昼間も家にいる。深夜に帰ってきて、午前中は本当に寝てるみたいだけど、昼になると、ちょこっと食事することもあるから」
「よし。じゃあ、次の土曜日の昼に、よしのんの家に行くよ」
「ありがとう。そこまでしてくれるのは、やっぱり蓮君しかいないよ」
また涙声になってきた。最近、よしのんはすぐ泣くようになったな。
「どうってことないよ。家に来てご馳走を食べさせてくれたから、そのお礼もあるし」
「……ねえ、それって、食べ物で釣られただけってこと? それだけ?」
あれ? 一瞬で涙声が吹っ飛んで、いつものツッコミになってる。
「いや、それだけってことはないけど。え、なんでそこに引っかかる?」
「知らない! 蓮君のバカ!」
えー。なんで怒られるかな。
「とにかく、土曜日によろしくね!」
「わ、わかった」
***
土曜日の昼。天気は快晴。「百合」と書かれた表札のかかる門の前に立って、呼び鈴を押した。暴力的な日差しの下を駅から歩いて来たから、いくら拭いても、汗が止まらない。
庭に茂る木の中からは、セミの大合唱が響いてくる。
さて、やって来たのはいいけれど、どうやって説得しようか。よしのんと電話してから、今日ここに来るまで、ずっと考えていたが、どうやって話をするかなんて作戦は全く出来ていなかった。とりあえず、山本さんに教えてもらった遺伝子と血液型の解説ページと、DNA検査の紹介ページの印刷だけは持ってきたが。
玄関ドアが開いて、よしのんが顔を見せる。
まあ、誠心誠意、ぶつかって行くしかないよな。
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