9 班行動
新幹線で京都駅に到着し、バスで移動しながら名所旧跡をまわって、宿泊地の奈良のホテルに入った頃には、もう夕方になっていた。夕食が終わった後、ホテルの1階ロビーに降りて行くと、お土産品コーナーには、うちの生徒が何人もいて買い物をしている。
「ね、ね、湊くん、これ可愛くない?」
「着ぐるみキーホルダーか? キャラクターは一緒で、どこでも売ってるだろ」
石沢さんと小坂も、あれこれ見ながらいちゃいちゃしている。今日はずっとクラスごとの別行動だったから、ようやく一緒になれたってところだろう。
「うーん。じゃ、こっちの地元ゆるキャラキーホルダーは?」
「これ、キモくないか?」
「えー、きもかわいいじゃない。これ、お揃いにしようよ」
「え、俺も持つの?」
相変わらず仲がいいな。
二人の様子を見ながら売店の横にあるベンチに座っていると、よしのんさんのことが頭をよぎった。今日一日、どうしてたかな。メッセージ送ってみるか。
西原> ようやくホテルに着いた。一日中歩き回ってて疲れた。
よしのん> おつかれー。そっちは天気いいの? 何か面白いものあった?
いつものことだが、返信が早い。
西原> お寺とか遺跡ばっかりで、面白いものはないな。天気はいいよ。
よしのん> そっか。鹿に噛みつかれなかった?
西原> 鹿のいるあたりに行くのは明日。
ゴールデンウィークに家で聞いた、よしのんさんの家族の話を思い出す。今も、家にひとりぼっちでいるのかな。
西原> お土産は何がいい?
よしのん> お土産? 別にいいよ。どうせロクなもの売ってないだろうし。変な置物とか買ってこないでよ。
相変わらず口が悪い。
西原> わかったよ。なんか実用的なものの方がいいか?
よしのん> 実用的なお土産って、なんかあるんだっけ?
西原> まだ明日もあるから、ゆっくり探してみるよ。
よしのん> 無理に買わないでいいよ。それより少しでも続き書いてきてよ。
西原> わ、わかったよ。
なんか、漫画でよく見る作家と担当編集みたいなやりとりだな。
「あ、西原さん。こんなところにいたんですか」
エレベーターホールから、成瀬さんがやってきた。ジャージを着て少し髪が濡れている。
「ああ。もう風呂に入ったのか?」
「はい。混む前にさっさと済ませてしまいました」
そばに来ると、シャンプーのいい匂いがする。まだ乾ききらないショートボブが、しっとりとしていて、普段とは違った印象。風呂上がりで火照っているのか、いつもの真っ白な顔に、ほのかに赤みがさしている。
「あのさ、ちょっと相談してもいいかな」
「なんですか?」
「女子にあげるお土産って、何がいいのかな」
「……彼女さんに、ですか?」
「あ、まあ、うん」
成瀬さんは人差し指をあごに当てながら、ちょっと眉を寄せて首をかしげた。
「そうですね。定番ですけど、油取り紙なんかはかわいいし、実用的だし、いいんじゃないですか」
「油取り紙って、なに?」
「鼻の頭とか額とか、汗や皮脂が出るところをふく紙です。お化粧がくずれないように、押さえて汗だけ拭き取るんです」
「へえ」
「本当は京都の名産なんですけど、ここでも売ってるんじゃないですか」
お土産品コーナーの方へ歩いて行く成瀬さんに、俺もついていく。
「ありました。これです」
油取り紙を手に取って渡してくれた。
「ありがとう。じゃあこれにしようかな。小さいけどパッケージもそれっぽいしな」
「それだけだと、彼女さんにあげるにはちょっと安すぎませんか? こっちの手鏡と合わせてみるとか」
織物のようなきらびやかなケースに入った、小さな手鏡を渡される。
「これと合わせて?」
「これなら通学カバンにも入るし、ちょっと髪を直すとか使い勝手はいいと思いますよ」
「ふうん。なんかすすめ上手だけど、この店の回し者じゃないよな」
「そんなわけありません」
「冗談、冗談。ありがとう。これで会計してくる」
レジに向かって歩いていくと、成瀬さんもついてくる。
「旅行に来ても、ずっと気にかけていてもらえるなんて。彼女さん幸せですね」
「えっ、いや、そういうわけでも」
「うらやましいです」
なんか、寂しそうな顔している。
そういえば成瀬さんて、付き合っている人はいるんだろうか? 聞いたことないな。
***
翌日の午後一時。ホテルのロビーにクラスごとに集合して、自由行動の出発を待っていた。午前中はまたバスであちこち連れまわされて、ホテルで昼食を食べ終わったところだ。
「これから夕方までの半日、班ごとの自由行動だが、事前に提出した行動計画に沿って活動すること。くれぐれも事故に合わないよう気をつけるように。ホテルの夕食は六時だが、十分前までに帰って来て、着席するように。絶対に遅れるなよ」
「はあい」
「解散!」
号令と同時に、石沢さんが二組の列に飛び込んでいく。
「ナルちゃん、湊くん! やっと一緒になれたね!」
「そんなにあわてなくても」
それぞれの班で動き始めたので、ロビーはざわざわと騒がしくなった。俺と杏奈さんが小坂の方に近づくと、いつものギャル達が小坂を指差しながら騒ぎ始めた。
「杏奈! 聞いてよ! バスの中で、このキモオタがひどいこと言うんだよ」
「なんだと? 突っかかって来たのはそっちだろ?」
「あんたがジロジロこっち見ながら、化粧が濃いだの、ブラッシングするなだの、ぶつぶつ言ってるから」
「そりゃそうだろ。なんでバスの中でチークなんか付けてるんだよ。しかもあんなにべったり」
「べったりじゃないわよ! これから自由行動で街に出るんだから、メイクするのは当然じゃない!」
「お前らがいくらペイントしても、無駄だって言ってるの」
「ペイントって何よ!」
杏奈さんが笑いながら仲裁する。
「まあ、まあ。小坂たちとは、もうここから別行動だから、気にしない、気にしない」
「ぶううう!」
「さっさと行こう。顔見てるだけでほんとムカつく」
「じゃ、杏奈さん達は三人で街に行って、次に会うのは夕方の集合時間だね」
「ああ。じゃあな」
杏奈さんは頭の上で手をひらひらさせながら、ギャル達を引き連れてロビーを出て行った。
「山本さんは、計画通りに私たちと見て回る?」
「いえ。県立考古学研究所附属博物館で、出土品の遺伝子分析と古代の暮らし展をやっているので、一人で見に行きます」
「そう。じゃあ、ホテルで夕方集合ね」
これで完璧に計画通り、小坂と成瀬さん、プラス俺になったということか。石沢さんて本当にすごい策士だな。
「さ、行こ行こ」
石沢さんは、小坂の手を取って歩き始めた。それについて、俺と成瀬さんもロビーを出る。
「楽しそうですね。前の二人」
「そうだな。ちょっと離れててやろうか」
成瀬さんはこちらを向いて、真顔のまま言った。
「二人で、どっか行っちゃいましょうか」
「いや、そ、それは」
「冗談ですよ」
成瀬さんは眼鏡の奥で微笑んだ。
心臓に悪い冗談はやめてくれ。
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