8 ハーレム列車

 改札前広場で、クラスごとに班で集まり点呼を終えると、引率の先生がハンドマイクで指示を出してきた。

「これからホームに移動する。行程表に書いてある号車に、班ごとに並んで乗車すること。ドアが開いている時間は短いから、乗り遅れないように注意しろ。座席も行程表に書いてある通りに班ごとに着席して、新幹線の車内では、むやみに歩き回らないこと」

「せんせい! トイレに行くときは?」

「トイレに行くのは構わん。そんなことは自分の頭で考えろ!」

 六月第一週の月曜日。いよいよ修学旅行に出発する。


「うちの班は、3E、3D、4E、4Dだって」

 石沢さんが、行程表を見ながら一番に車両に乗り込んでいった。

「ドアの近くだな」

 続いて杏奈さん。その後ろから、俺と山本さんが黙ってついていく。

「座席、向かい合わせにしちゃっていいのかな?」

「そんなことできるのか?」

「できるよ。うちで旅行する時は、いつも向かい合わせにしてる。確かこのへんのペダルを踏むんだよね」

 他の班でも同じことを考えていて、次々に座席の向きが変えられていった。


「できた! どうやって座る?」

「どこでもいいけど、窓側の方がいいかな」

「じゃ、杏奈さんは窓側ね。山本さんは?」

「出入りしやすいから、通路側で」

「あとは、西原君は眺めのいい窓側にしなよ。そっちだと富士山がばっちり見えるよ。私は杏奈さんの隣にする」

「うん。わかった」

 窓側に俺。隣は山本さん。向かいの通路側に石沢さん。そして真正面に杏奈さんとなった。


「こうやって四人で向かい合わせに座ると、なんかグループ旅行みたいでワクワクしてくるね!」

 楽しそうな石沢さんに引き換え、女子3人に囲いこまれて落ち着かない俺は、どこに視線を向けていいか困ったことになっていた。

 なんで杏奈さんは、こんなに短いスカートはいてるんだ?

 なにジロジロ見てんだよ、と言われないように、必死に窓の外に視線を向けた。


 マイペースな山本さんは、さっそく英語の雑誌を取り出して読み始める。

「それ何の雑誌?」

 放っておかない石沢さん。

「International Geographic。世界の自然や地理、科学の記事が載っている」

「そうなんだ。表紙の写真がすごくきれいだね。どこの風景?」

「これは、南米の奥地ギアナ高原にある世界最大の落差の滝。標高差が九百七十六メートルもあって、高すぎて水が全部風で飛ばされるから、あたり一帯はいつも暴風雨状態らしい」

「へえ! すごい」


 石沢さんが感心しているのが引き金になったのか、堰を切ったように、とうとうと語り始めた。

「滝の下は熱帯雨林だけど、崖の上は孤立した山々だから、七千種以上の固有種の生物が見つかっていて、遺伝学上も貴重な環境なんだ。この特集は『多彩な生物相の展開』で、異所的種分化と同所的・側所的種分化の典型例と考えられる生物種の比較の記事が、すごく面白かった。もし興味があるなら貸すけど、読む?」

「あ、ありがとう。でもいいよ、山本さん読んでて」

 リケジョというのか、自然科学オタクというのか、語り始めるとすごい熱量だな。何を言っているのかは、全然わからないけど。


「あれ? 杏奈さん、なにそれ?」

 もう一人マイペースな杏奈さんは、お菓子を出して口に放り込んでいる。

「きのこの谷。食べる?」

「もう、おやつ食べちゃっていいんだっけ?」

「気にしない、気にしない。先生も、自分の頭で考えろって言ってたろ。出したいからトイレに行く。食べたいからおやつを食べる。どっちも一緒じゃない?」

「だね。じゃあ、ちょうだい」

「ほら、山本さんと西原も取れよ」

「あ、ありがとう」


 差し出されたお菓子の箱からチョコレートをつまむ時に、やっぱり杏奈さんの真っ白な太ももが目に入る。つるんとしたきれいな肌で、贅肉はなくピンと締まっていて……。いや、やばいやばい。

 目をそらして通路の方を向くと、反対側の列の、男子ばっかりの班の同級生が、「絶対に許さん!」という殺気のこもった視線でこちらを見ていた。あわわわ、ホテルに着いても、夜道は一人で歩かないことにしよう。


 すぐ後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

「こんな所でハーレムごっことは、豪勢だな」

「美郷……!」

 通路に立ち、山本さんの座席の背もたれに肘をついて、挑発的な目つきでこちらを見下ろしていた。


「三人も女子をはべらせて、さっそくパーティとは大したもんだ。ちょっかい出すなとか偉そうなこと言ってて、石沢さんともいい感じだし」

「い、いや、そういうわけじゃ」

「あんた、何か用でもあるの?」

 杏奈さんが、きっと睨みつけた。

「怖っ。別に用はないけどね。ちょっかいは出さないことにしてるから」

 すぐ目の前で、石沢さんは固まっている。

「じゃ、ごゆっくり」

 美郷は、そのまま立ち去って行った。


「ほんとムカつく」

 杏奈さんはカンカンに怒っていた。俺がもっとしっかりしていたら、あんな嫌味言われないで済むのかな。

「西原! なにしょぼくれてんだよ。シャキッとしろよ」

「は、はい」

「激辛ハバネロチップスもあるぞ。これ一気食いしたら気合い入るから、口開けろ」

「や、やめて!」


 これから三泊四日、無事に過ごせるんだろうか?

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