10 やり直し

「よしのんさん、今日はどうしてたかな」

 自宅の机から離れ、ベッドの上に寝転んだ。


 よしのんさんとのコラボ小説「わかとめいを巡る迷推理……?」で、決裂の原因になった章の書き直しができた。芽依が元彼にヨリを戻そうと言われて悩むシーンを加え、二人のすれ違いを描きながら、芽依自身の一途さは残す展開にする。これで、よしのんさんの希望は入れながら、後半のドラマチックな盛り上がりポイントにすることができる。

 ハンバーガーショップで別れてから、メッセージのやりとりも電話もないまま、一週間が過ぎてしまった。様子をうかがえる手がかりは、ツイートしかないが、青山で働く女性を演じているから、どこまで本当のことかわからない。


よしのんさんのツイート「最近仕事がうまくいってないから、ちょっとストレス。特に今日は気分が良くないから、仕事早退しちゃいました」

よしのんさんのツイート「特に熱とかはないから大丈夫だと思うけど、Rule and Sinの次の投稿は、ちょっと遅れて明日になります。楽しみにして下さっている読者様、ごめんなさい」


 会社を早退したと書いてあるが、実際に学校を早退したのか、ただのフリなのかよくわからない。ただ、小説の連載も遅らせるということは、本当に調子が悪いのかもしれない。

 思い切ってスマホの電話アプリを開き、よしのんさんの連絡先を表示したが、気まずくてすぐには掛けられなかった。何と言って話を始めようか?

 しばらく悩んでいたが、べつに別れた彼女に電話するわけじゃなし。元気なさそうだけど、大丈夫か? と、シンプルに聞けばいいじゃないか。


「もしもし」

 通話ボタンをクリックすると、よしのんさんはすぐに出た。少し声が疲れ気味のようだ。

「あ、よしのんさん? どうしてた?」

「どうもしてない。自分の小説書いてた」

「学校、早退したのか?」

「何でわかるの?」

「いや、ツイートで会社早退したって書いてたの、リアルに学校早退したのかなと思って」

 返事まで、少し間が空いた。


「そうよ。学校はお昼で帰ってきちゃった」

「気分が悪いって、大丈夫か?」

「まったく、誰のせいだと思っているの」

「えっ?」

「なんでもない。独り言。熱まではないから大丈夫。ところで、なんか用?」

「いや、どうしてるのかなと思って。コラボ小説書いてないと、メッセージもないし」

「ははーん。お姉さまが相手してくれないと寂しいのね」

「そうかも」

「えっ」

 あっさり認めたので、驚いたようだった。


「よしのんさんの声を聞いてないと、寂しいかも」

「ばか。ばかばかばか。なにイケメン主人公みたいなセリフはいてるのよ」

 ちょっと声が元気になってきた。


「なあ、今度、相談したいことがあるんだ。『わかとめいを巡る迷推理……?』のことで」

「いまさら何よ。考えを改めたの?」

「うん。完全に元に戻すわけじゃないけど、ちょっと考えたことがあって」

「またロクでもないアイデア考えついたんでしょ。変なプロット持ってきても、聞く耳持たないからね」

「大丈夫、だと、思う……」

 このアイデアなら、一途な芽依というよしのんさんのこだわりポイントは、問題ないはず。


「今度の日曜に、会わないか?」

「え」

「この間みたいに直接会って話した方が、相談しやすいと思うんだけど」

「今度の日曜日!? 本当に?」

 なんでそんなに驚いているんだ……?


「うん。今週末。で、場所はどこがいい?」

「丸の内ビジネスマンの水晶先生にまかせるわよ。いい会議場所なら得意でしょ」

「いじわる言うなよ。じゃ、渋谷で待ち合わせして適当なカフェに入ることで」

「OK」

「一時にキュービルの地下の改札口でいいか?」

「りょーかい! 期待してないけど、楽しみにしてるわよ」

「はいはい」

 話しているうちに、どんどん声が元気になってきた。やれやれ。

 電話を切ってから、約束時間を忘れないようにカレンダーアプリを開いて気が付いた。


 今度の日曜日って、ホワイトデーじゃないか!


 顔からどっと汗が吹き出てきた。まるで、ホワイトデーにデートしようって申し込んだみたいになってる。だから、今週末? って何度も聞き返してたんだ。ということは、この間のチョコレートのお返しも用意しておかないといけないぞ。結局、あのチョコレートはプレゼントだからと言って、お金は受け取ってくれなかった。

 高級チョコレートに対して、何をお返しにすればいいんだ?

 考えなしに、大変な申し込みをしてしまったかもしれない……


***


「という展開ではどうだろう」

 芽依が、昔振られた相手にまた言い寄られて心が揺らぐ。しかし一途な芽依は、すぐに反省して若の元に行く。でも若の心にはわだかまりが残ってしまい、亀裂が広がるというストーリー。

 待ち合わせたキュービルの隣にあるコーヒーショップで、書き直した原稿を見せながら説明すると、よしのんさんは腕を組んでふん、とうなずいた。

「これなら芽依は一途な子という設定は崩れないわね」


 今日のよしのんさんは、バレンタインデーの時とはまた違って、少し大人っぽい薄緑色のブラウスを着ていた。中学生にはちょっと見えない。

「そう。芽依の設定は変わらないけど、二人の危機が演出できる」

「さて、どうしようかな」

 少し口を尖らせ、首をかしげている。もう一押しだな。


「あのさ。これプレゼント」

「なにこれ?」

 手提げから、リボンでラッピングしたケースを取り出す。キュービルの地下にあるスイーツコーナーで買ってきた、高級マカロンの詰め合わせ。


「前に小坂たちとグループデートした時に、高級チョコをプレゼントしてくれたろ? そのお返しという意味と、もう一つ」

 よしのんさんは、ろくに話も聞かずに早速リボンを取って箱を開けている。

「あー、ピピノエールのマカロン! これ食べたかったんだー」

「聞いてる?」

「そっか、そっか。お姉様に貢ぎ物持って来たから、また遊んで下さいって?」

 決裂する前の調子が戻ってきた。


「俺やっぱり、よしのんさんとコラボ小説書きたいんだよ。一緒にプロット考えて、お互いに書いたものの感想言い合って、結果が出ると一緒に喜んで。すごく楽しくてさ」

「……」

「だからさ、また一緒にやろうぜ」

 よしのんさんは、マカロンの箱を両手で持ったまま、俺の目をじっと見ている。


「ぐすっ。お姉様が相手してくれないと、寂しかった?」

「ああ。つまんなかった」

「ぐすっ。ぐすっ。本当に、私と一緒に書きたいと思ってた?」

「思ってた」

「私が必要?」

「ああ。コラボするには、よしのんさんが絶対に必要だよ」

 よしのんさんは、ぼろぼろ涙をこぼし始めた。


「ぐすっ。ぐすっ。うん、いいよ。ずずっ。そのプロットなら、また書けるから……ずずっ」

「お、おい。泣くなよ。まわりの人が見てる」

「バカ! ここは花粉がひどいのよ! 花粉症の薬くらい持ってきてよ!」

「え、ええー?」

 駅前でもらったティッシュを取り出して一枚渡すと、ずずっと鼻をかんで、またすぐに手を出してくる。二枚目で涙を拭き取ると、すっきりしたような笑顔になって宣言した。


「よーし。また書くぞ。大人たちをきゅんきゅんさせる素敵なストーリー」

「おう」


 よかった。これでまた、再開できる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る