8 内緒の話

「結衣。お昼食べに行こうぜ」

「う、うん」

「どうした? 朝から元気ないけど。今朝は遅刻ギリギリで駆け込んでくるし、体調悪いのか?」

「ううん。大丈夫。でも今日はお腹空いてないから、お昼はいいや」

「お腹空いてないって、大丈夫か?」

「大丈夫だよ」


 石沢さんが珍しく朝から元気が無い様子。小坂は石沢さんの隣に座って、額に手を当てている。


「熱は無さそうだけど。気分悪いのか? お腹痛いとか?」

「大丈夫」

「お前、絶対変だって。保健室行こうぜ。一緒について行ってやるから」

 石沢さんは、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「ど、どうした急に。そんなに痛いのか? 背中におぶって行ってやろうか?」

「違うの。なんでもないから、大丈夫。ちょっとお手洗い行ってくる」

 石沢さんは、急いで教室から出て行った。

「おい、結衣。ちょっと待て、大丈夫か本当に?」


 小坂も後を追って出て行こうとすると、いつものように隣に集まっていた女子の中から、杏奈が声をかけた。

「小坂。あれ男子が口出しちゃいけないやつだろ」

「え? なにそれ?」

「いいから。私がついて行ってやるから、お前はここにいろ」

「な、なんで?」

 杏奈は、カバンから小さなポーチを出して、石沢さんの後を追って教室から出て行った。


「蓮。大丈夫かな? 男子が口出しちゃいけないやつって、なんのことだ?」

「さあ? よくわからないけど」

 杏奈の向かいに座っていた女子が、あきれたように小坂に言った。

「お前ら、アニメばっか見てないで、女子の体のことちゃんと勉強しろよな。杏奈に任せておけば大丈夫だって」


 結局、トイレに行った石沢さんと杏奈は、昼休みが終わるギリギリまで帰ってこなかった。帰ってきた時、石沢さんの目と鼻は真っ赤で、ずっと泣いていたように見えた。杏奈は、教室に戻って来てから、むっとした表情のままずっと黙り込んでいる。どうしたのか聞いてみたかったが、また「うるさい、あっち行け」と怒鳴られそうだったので、何も聞かなかった。


***


「結衣。帰ろうぜ」

「う、うん」

 五時間目が終わると、小坂はすぐに石沢さんのところに行って声をかけた。石沢さんは、にっこりと笑って立ち上がったが、小坂の後ろについて歩いている姿は、やはりどこか力なさげだ。


「どうしちゃったんだろな。そんなに体調悪いのかな」

 ちらりと隣の杏奈の顔を見ると、彼女は机の上に両手で頬杖をつき、口をへの字に結んで石沢さんと小坂の後ろ姿を見ていた。


「なあ、西原」

「え、な、なにか?」

 キモオタと言われず、名前で呼ばれるのは滅多にないから、逆に怖くなる。

「お前、小坂とも石沢ちゃんとも仲良いよな」

「う、うん」

「じゃ、ちょっと来いよ。話したいことがある」


「えー。なにそれー。キモオタに何の話?」

「ごめんね。ちょっとこいつに話があるから。下駄箱で待ってて」

「わかったー。めっずらしー、キモオタに話なんて。興味津々」

「ついて来るなよ」

「わかったよー。けち」


「来いよ。西原」

「わかった」

 石沢さんの話だよな、きっと。どんな話が出て来るんだ?


 廊下の隅の人気のないところに来ると、杏奈はこちらを向いて腕を組み、真剣な表情で話し始めた。

「さっき、石沢ちゃんについて行った時、てっきり生理痛がひどくてつらいんだと思ったんだよ」

「そ、そういうことだったんだ」

 生理とか、あけすけに女子に言われると、どう反応していいのかわからない。


「でも、話を聞いたら違ってた」

「え?」

「お前、石沢ちゃんが付き合ってた元彼のこと知ってるよな? 彼女自身がそう言ってたけど」

「あ、ああ。知ってる。美郷だろ」

「そう、美郷」

 なんなら、振られた時のひどいセリフまで知ってる。

 あれ? こないだまで美郷君ってキャーキャー言ってたのが、呼び捨てになったぞ?


「あいつが、また石沢ちゃんに言い寄ってきたんだって」

「なんだそれ?! あんなひどい振り方したのに」

「そこまで知ってるのか」

 一呼吸置いた。

「あいつ、イケメンでモテるのは知ってたけど、そこまでクズだとは知らなかった」

「……」

「で、石沢ちゃんは、一瞬ぐらっときたんだって。また言い寄られた時に。まあ、それはわかる。あのイケメン、イケボに迫られたら、ドキドキするよな」


「で、でもそれじゃ小坂はどうなる?」

「今は大丈夫。石沢ちゃんは小坂と別れるつもりはないって。でも一瞬でも、また美郷に心が動いたのが、自分自身で許せないんだって。だからめちゃくちゃ落ち込んでるんだってさ」

「そういうことだったんだ」


「でも、あのままじゃ良くないと思うんだよ。石沢ちゃんはマジメだから、絶対に自分から本当のことは小坂に言わないだろうし、小坂もわかんないままでフラストしてるだろうし。また美郷がちょっかい出してきたら、今度は本当にダメになっちゃうかもしれない」

「じゃあ、どうすればいい?」

「わかんない。だから両方と友達のお前に話してるんだよ」

「そ、そんな」


「石沢ちゃんも、私にしか話してないって言ってるから、ほかの奴にペラペラしゃべるなよ」

「わ、わかってるよ」

「じゃ、先に帰るわ」

「え、投げるだけ投げてといて、帰っちゃうのか?」


 杏奈は、バイバイ、と後ろ手に手を振って歩いて行ってしまった。

 どうしよう。予想外に重い話だったぞ。

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