7 休止宣言
「なんとかして、よしのんさんの機嫌をなおさないとな」
昨日の昼間、ハンバーガーショップから走って行ってしまったきり、よしのんさんから連絡はない。こちらから連絡しなければ、と思っているが、まだできないでいる。今朝は教室についてからずっと、スマホは机の上に置いたまま腕を組んで考えているが、仲直りするためのアイデアは何も浮かんでこなかった。
「はあぁ」
「なにさっきから、私の顔見てため息ばっかりついてんの? ほんとキモいからやめて」
また隣の席の杏奈に絡まれてしまった。
「あ、いや、そんなつもりはないから」
「あー、もしかして、例の彼女に振られたんじゃない? いっつもスマホばっかり見てるのに、今日は全然見てないし。連絡こなくなったんでしょ」
「そういうこと? 思った通りだ。絶対、キモオタには似合わなかったからなー」
振られたわけじゃないけど、連絡が来なくなったのは図星だ。
「やっぱりキモかったー、とか言われてたりして」
「キャハハハハ! ありそー! キモキモー」
すると、成瀬さんが教室の後ろからやって来て、キモキモ言っている彼女たちと俺の間に立ちふさがった。
「西原さん。話したいことがあるのですが」
「え、なに?」
成瀬さんは、くるりと杏奈の方に振り向くと、静かだが威圧するような冷たい声で宣告した。
「あなたたち、西原さんになにか用があるんですか? ありませんよね」
「べ、別にないけど」
「それならいいですね。西原さん、一緒に行きましょう」
もう一人のギャルが、嫌悪感をあらわにして反撃に出た。
「えー、成瀬ちゃん、このキモオタに気があるの? やだー」
成瀬さんは、言われたギャルの方に向き直って、きっと睨みつけた。
「西原さんは、知識もあるし感受性も豊かだし、とても頼りになる友達です。あなた方には、ぜんぜん理解できないようですけれど。可哀想に」
「か、可哀想って、なによ……」
「行きましょう」
怒りのこもった視線を背中に感じながら、廊下に出た。
人の少ない自動販売機の横まで行くと、成瀬さんは立ち止まり、心配そうな表情で口をひらいた。
「今朝のよしのんさんのツイート、見ましたか?」
「いや、見てない」
よしのんさんからのメッセージの通知ばかり気にしていて、ツイートは見ていなかった。成瀬さんはスマホを取り出すと、ツイート画面を開いた。
よしのんのツイート「好評連載中のコラボ小説『わかとめいを巡る迷推理……?』ですが、事情によりしばらく休止することになりました。再開の予定は未定です。もし万が一再開することになりましたら、また応援して下さい」
まだ書き溜めてる分はあるのに、早々に休止宣言してしまったのか。
「どうしたんでしょう? 小説の続きが読めなくなることも残念ですが、二人の間に何かあったのではないかと心配です」
「そ、そうだな。これだけだと中止した理由がわからないけど」
「水晶つばささんの方は、まだ何もツイートしてなくて。こんな重要なことなのに、沈黙を守っているのが不安です」
こんな急に中断するなんて、こっちも知らなかったから。なんかコメントしないといけないのかな?
「そ、そんなに心配することは、ないんじゃないかな。きっとすぐに再開するよ、たぶん」
「そうだといいのですが……。済みません、こんなことで引っ張り出して。誰かに話したかったのですが、よしのんさんと水晶さんの話をわかってもらえるのは、西原さんしかいなくて」
そうだよな。ネット小説のことなんて、クラスの誰も話題にしてないもんな。
「俺も、キモキモうるさい連中から脱出させてくれて、助かったよ」
「西原さんも、逃げてばっかりいないで、もっと毅然として言い返してやればいんですよ」
「そ、そうだね」
「私も石沢さんも、西原さんの味方ですから」
グッと両手を包んで握りしめられた。激励のつもりかもしれないけど、手を握ってくれるのはちょっとやばい。
たまたま横を通りかかった生徒がこっち見てるし、顔が熱くなってきた。
「ね、成瀬さん。手ははなそう」
「え、え、あ、ごめんなさい」
***
誰もいない校舎入口の下駄箱で、石沢は急いで靴を履き替えていた。家を出るのが遅くなり、遅刻ギリギリで駆け込んできたのだ。そこに、後ろから美郷が近づいてくる。
「石沢さん、おはよう」
「あ、美郷君おはよう」
「最近、調子いいみたいだな。前よりずっと元気で可愛くなったし」
石沢は、ぴくりと固まって美郷の顔を見上げた。
「何言ってるの? 朝っぱらから」
「うん。正直な感想。きれいな女子は好きだから」
石沢は、じっと固まったまま美郷の顔から目を離さずにいた。
「また、ふざけたこと言って」
「僕はいつでも大まじめだよ」
美郷は、石沢の顔のすぐ横のロッカーに手を置き、耳元に口を寄せてささやいた。
「いまなら、またドキドキするかも。いや、ドキドキしてる」
「……」
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