6 絶対にダメ

 うっかり、よしのんさんと水晶つばさの作品をスマホで開いて見せてしまったので、成瀬さんが食いついてきた。


「西原さんは、よしのんさんの作品も読んでいたんですね」

「あ、まあ、一応読んだことはあるぐらいで」

「『あおとあおい』は読みましたか?」

 あー、そっちの名前も出てくるよな。どんどんハマっていく。


「う、うん。読んだ、かな」

「私、昔からよしのんさんの大ファンで、この作品がきっかけで、水晶つばささんもフォローするようになりました」

 うわぁ、俺のフォロワーさんか……。ますますうかつなこと、学校じゃ言えないぞ。


「それ、どんな話なの? ナルちゃんがそこまで気に入るなんて、興味ある」

「男性作家の水晶つばささんと、女性作家のよしのんさんが、ひとつの小説を交互に書いていたんです。碧君と葵さんという二人のラブストーリー」

「へえ。二人でひとつの小説を書くなんてあるんだ。面白いね」

「碧君は、ひどい男に振られて泣いている女性を見つけると、声をかけて慰めてあげたり、優しいんです」

 そ、その話は……

「でも、慰められた女性が碧君を好きになってしまって、大変なことになるとか、ストーリー展開が読めなくて」

「……なんか、自分のことみたいでドキッとする」

 石沢さんは小声でつぶやきながら小坂の顔を見たが、小坂も目をそらしている。

 すみません! 黙って書いちゃったけど、君たちがモデルです。


「よしのんさんと水晶さんには、連載中ずっとコメントを書いていました」

「ど、どんなコメント?」

「最終回がアップされた時は、『よしのんさんと水晶さんのラブラブ・コラボ完走、おめでとうございます』と書きました」

 最終回のコメントに確かにあった。あれは……、さくらん坊さんだったか? 「あおとあおい」の最初から応援してくれている人。そうか! 成瀬桜さんだから、名前そのままなんだ。


「新作の『わかとめいを巡る迷推理……?』も面白いですよね。今度は謎解きの要素も入っていて、どんな展開になるのかドキドキしています」

「ありが……、いや、なんでもない。そうだね。新しい趣向だね」

 危うく、コメント返しのようなことを口走りそうになってしまったが、成瀬さんには気づかれなかったよな?


「まさか学校で、よしのんさんと水晶さんの作品の話ができるなんて思いませんでした。石沢さん、紹介してくれてありがとう」

「う、うん。話が合ったみたいでよかったね」

「西原さん。また書き直したら、読んでいただいてもいいですか?」

 真っ直ぐにこちらの目を見ながら頼まれると、とても断れない。

「い、いいよ。小説を書いたことはないけれど、読んで面白いかどうかぐらいの感想なら言えると思うから」

「ありがとうございます。ぜひ、お願いします」


 明日から、教室でスマホ見てる時は気をつけないとな。


***


 日曜日の昼間、駅前のファーストフード店でよしのんさんと待ち合わせて、プロットの打ち合わせをすることになった。今までは共有サイトに原稿をアップして、電話やメッセージで打ち合わせしていたが、ちょっと面倒なことになったので会って話をすることにしたのだ。

 元はと言えば、最初に決めていたプロットと少し違う展開を俺が提案したのが発端。その案にどうしても納得できないよしのんさんが、直接会って話をしたいと言ってきた。


「ねえ、なんであんなに言ったのに直してくれないの? 芽依が二股とか絶対ダメだから」

「謎解きに比重がかかるのは、いいと思うんだけど、若と芽依の間にも危機がないと、ちょっと展開がダレてくるというか」

「ターニングポイントね。それはわかる。確かに何もないままだと、ちょっと間延びするかもとは思ってた。けど、芽依が浮気するとか、絶対にあり得ないから」


 前の『あおとあおい』は、男の碧が他の女性に言い寄られてトラブルになったから、今度は女性の方が他の男に気移りしてトラブルになるのはどうか、と提案したのだが、よしのんさんは絶対に反対らしい。


「どうしてそんなにこだわるんだ? 若が他の女性に浮気してたら、その後もなぜ芽依を追いかけるのか納得感がないだろう」

「芽依は一途でないといけないの。そうじゃないと読者が感情移入できなくなるでしょ」

「そうかな? 謎めいた女性だから、なかなか思うようにならない方がハラハラして感情移入できると思うんだけど」

 なんとなく話が合わない理由がわかってきたような気がする。よしのんさんは女性の芽依に感情移入させるつもりで、俺は男の若に感情移入してる前提なんだ。これは困ったぞ。前提が食い違ってる。


「何を言おうとダメなものはダメ。芽依は浮気なんてしない。他に選択の余地なし」

「少し頭を冷やそうか。この小説の前提になっている読者って誰だ?」

「読者?」

「そう。男女どちらの主人公に感情移入する読者を想定しているんだろう、俺たち」

「二人とも主人公よ。どっちも主役」


 コラボの前提が、そもそも間違ってたのかもしれない。『あおとあおい』の時はたまたま表面化しなかっただけで。

「男性と女性では、視点も受け取り方も違うから、両方というのは無理があるんじゃないか」

「でも、それじゃコラボしてる意味がなくなっちゃうじゃない」

「……」

「女性の内心を私が書いて、男性の内心を蓮君が書いて、交互に展開するからコラボ小説なんでしょ? 女性視点だけでいいなら、私一人で書くわよ」

「それもそうだ。なんか、すごく難しいことに挑戦しちゃってるのかもしれないな」

「難しくなんてない」

「ちょっと時間を置いて考え直さないか? 無理に書いてもうまく行かなそうだし」

「何でそんなこと言うの? できるよ、私たちなら。蓮君が変なこと思いついて入れようとするから、おかしくなってるだけで」

「いや、基本的なところが合ってない気がする」


 よしのんさんの表情が険しくなった。ぐっと唇を噛み締めて睨みつけてくる。

「なんでわかってくれないの? 芽依は一途でなきゃダメなの。ぐすっ。ヒロインが浮気するとか、ぜったいにダメだから。ぐすっ」

「でもさ」

「もう、いいっ。ぐすっ。あんたが書く気ないんなら、勝手にすれば!」

 よしのんさんは立ち上がって、店の出口にズカズカと歩き始めた。

「ちょっと、待って、よしのんさん……」


 店の入口で振り向いたよしのんさんの目は、涙でいっぱいだった。大きく見開いた目で俺を睨みつけながら、ありったけの大声で叫んだ。


「芽依は、絶対に浮気なんかしないから! 蓮くんのバカヤロー!!」


 よしのんさんは、開いたドアから飛び出して走って行ってしまった。

 店内のお客さんは、突然の大声に驚いて一瞬静まり返ったが、一呼吸おくと一斉にひそひそ話を始めた。

「浮気だって」

「あの男の子が浮気したのかな?」

「いやさっきの子に、浮気しろよって誘惑したんじゃない?」

「見た目おとなしそうだけど、最低だな」

「女の敵よ」


 え、え、えっ。ちょっと待って。

 小説のプロット提案しただけで、なんで俺が極悪人みたいに指さされることになるわけ? 勘弁してよー。

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