5 感想を聞かせて!

 石沢さんの突然の提案に、成瀬さんも戸惑っているようだった。それはそうだろう。まったく口もきいたことがない同級生に、作品を読ませて感想を聞くなんて、ちょっとあり得ない。


「西原さんに?」

「そう! 西原君って、すごくたくさん本読んでるから、適任だと思うんだよね」

「いや、ちょっと待て……」

「どんな本を読んでいるんですか?」

 冷たい口調で詰問される。警戒しているのがありありだった。それはそうだ。俺だって逆の立場だったらものすごく警戒する。


「これだろ」

 気が付かないうちに、小坂が勝手に俺のカバンを開けて文庫本を取り出していた。

「おい、何してんだよ。勝手に開けるなよ」

「『残り四日のしあわせ』。それから……」

 泣けると評判で売れているので、純愛ものの参考にしようとして読んでるやつだ。

「こんなのもあるぞ。『君といる美しい世界の話』」

「だから、やめろって」

 カバンを取り戻したが、文庫本は二冊とも成瀬さんの手に渡っている。


「これ、どうでした?」

 文庫本を手に質問して来たが、表情がまるで変わっていた。さっきまでは冷たい半目だったのが、大きく見開いて、食いついて来ているのがありありだった。

「私も、これ二冊とも読みました。西原さんはどう感じましたか?」

「『四日のしあわせ』は、まだ途中までしか読んでないから結論がわからないけど、『美しい世界』の方は泣けたな」

「どこが、ですか?」

 前のめりになってる。何か言わないと勘弁してもらえそうにないな。


「うん。愛していたけど亡くなってしまった彼女が、生前に何を意図していたのか、最後までわからないままになっていて、でもラストシーンで彼女が残していった重い宿題が突きつけられるんだよな。命をかけるか、生きるかという選択を迫られた主人公が、彼女の仕掛けた謎は『幸せになって生き続けてほしい』という願いを込めたものだった、と気づいた時の感動がすごかった」

 なんか、くどくどしてわかりにくい言い方になったけど、ま、いいか。めんどくさい奴だと思ってくれれば、断られるだろう。


「西原さん。私も同じです。ラストシーンで、彼女の本当の願いを知った時、心の底から感動しました」

 両手を胸の前でぐっと握りしめている。

「あ、そ、そうなんだ」

「お願いします! 私の作品を読んで、率直な感想を聞かせて下さい!」

「ええっ」

 なんか藪蛇になったかも。

「『君といる美しい世界の話』を読んでいて、同じ感動を共有できる人に、私の作品がどう受け止められるか、ぜひ知りたいです」


 石沢さんは、思った通りでしょと、ドヤ顔をしている。

 やられたな。


***


「どうでしたか?」

 放課後の文芸部の部室に、成瀬さん、石沢さん、俺と小坂が集まっている。先週、成瀬さんからプリントした作品をもらって読んできたので、その感想を言うための会だ。小坂は読んでいないが、石沢さんが「一緒に来て」と連れてきていた。


「まず、石沢さんから」

「うん、面白かったよ。主人公と、相手の何ちゃんだっけ? はなちゃんか。彼女と仲良くなるのが良かった」

「なんか、ざっくりした感想だな」

 小坂が容赦なく突っ込む。

「えー。ナルちゃん、ごめんね。こんなことぐらいしか言えなくて」

 普段から小説なんてあまり読まない普通の人なら、こんなものだろうな。


「ううん、ありがとう。面白いって言ってもらえると、また頑張ろうって思えるから」

 成瀬さんは俺の方に向き直ると、真剣な表情で聞いてきた。

「西原さんは、どうでしたか?」


 ふむ。どこまで話すべきかな。あんまりキツイこと言うのも良くないし。でも石沢さんのように面白いと言うだけだと、逆にがっかりされそうだし。

 まあ、まずはほめることからかな。

「すごく良かったと思うよ。主人公と相手の華さんの悲しい恋の話、というテーマはグッとくる」

 成瀬さんは、黙ってこちらの目を見ている。もっと何か言えという圧力がすごい。


「ちょっとひっかかったのは、最初に華さんが出てきた時に、なぜ主人公のことが気になったのか。それと、彼女は何を目的にして行動しているのかが、最後まで読み取れなかったところかな」

「え、そうだった? すぐ好きになっちゃうのって、よくあるよね? 特にわからないことはなかったけどな」

 石沢さんが、あわててフォローしてきた。自分が紹介した手前、あんまり厳しいことを言われても困ると思ったのだろう。ちょっと言いすぎたかな。


「そうですよね。彼女の動機と目的がぼんやりしてますよね。自分でも足りないな、と思ってました」

 成瀬さんの声は冷静だった。良かった。気分を悪くしてはいないようだ。


「他には、気になる点はありませんでしたか?」

「誤字脱字はぜんぜん見当たらなかったから、そこはさすがだね。ただ、すごく細かいところで、言葉を途切れさせる時の点々。三点リーダーっていう字があって、それを使った方がいいよ。今は句点を三つ置いているでしょ」

「三点リーダー?」

「そう。これ。出版する小説の原稿ではこれを使うことになってる」

 スマホで、投稿サイトの作品を見せた。……が目立つところに使われている。


「これ、一文字で点が三つになってるだろ。これを二つ並べるお約束になってるから」

「ありがとうございます。まだまだ、全然勉強が足りないことが、よくわかりました」

「いや、そんなことないよ。良いストーリーだなと思ったし、面白いよ」

 こんなぐらいで満足してくれたかな。これでお役御免だ。


「ところで西原さん。よしのんさんの作品を読んでいるんですか?」

「え? え? なんで? よしのんさんって、どうして?」

「さっき見せていただいた投稿サイト、よしのんさんの作品ですよね。新作の『わかとめいを巡る迷推理……?』」


 しまった! いつもの癖で、うっかりホームグラウンドの投稿サイトを見せちゃった。

 しかも、よしのんさんと俺のコラボ作品のページだ!

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