4 意外な彼女

「よう、蓮、おはよう。昨日はお疲れ」

「おう、おはよう」

「まさか、本当だったとはな」

 小坂はニヤニヤしながら、俺の頭をこづいてから席に座った。


 昨日のバレンタイン・ダブルデートは、なんとかごまかし切って無事に終わった。小坂も石沢さんも、百合さんが本当に俺の彼女だと信じてくれたようだった。

 チョコレートのやりとりで多少ドタバタしたが、その後はまた、百二十点の彼女の役を演じながら夕方まで遊んで周り、最後は新宿駅の改札でバイバイとなった。よしのんさんの演技力は大したものだ。どう見ても、デートを楽しんでいる彼女にしか見えなかった。


 その一方で、今朝から新作のコラボ小説「わかとめいを巡る迷推理……?」の第一話を予定通り公開している。第一話はよしのんさんの担当。家に帰ってから、最終チェックをして予約投稿を仕掛けたようだが、一日中、遊園地に付き合ってて疲れていただろうに、これまた大したものだ。

 俺は、教室に着いてからずっとコメントといいねをチェックしている。


小鳩さんのコメント「待ってました! よしのんさんと水晶つばささんの名コラボ」


さくらん坊さんのコメント「また二人のきゅんが読めるのが楽しみです」


ぴーさんのコメント「また、尊いものをありがとうございます」


 コメント画面を見ていると、メッセージの着信通知がかぶさってきた。よしのんさんだ。


よしのん> 昨日はお疲れさまー。

水晶> 昨日はどうもありがとう。1日中付き合ってもらって、本当に疲れただろ?

よしのん> 大したこと無いわよ。それよりどう? 私の第1話、最高の出来でしょ?

水晶> うん。投稿前にまた手を入れたんだね。フォロワーさんからも、いい反応が来てるし。

よしのん> 当然よ。で、蓮君が担当の、書き溜め第六話はできた?

水晶> もう少し。夕方にはできると思う。

よしのん> 謎が深まっていく大事なとこだから。私の足を引っ張らないように、よろしくね。

水晶> 大丈夫だよ。


 調子のいい時は、本当に自信満々というか、高飛車というか……

 今回の作品は、謎解きの伏線を張りながら、きゅんな描写も入れないといけないから、プロットだけでなく描写もかなり細かく設計しないといけない。今までのように、勢いだけで書いてたら破綻してしまう。だから、書き始める前にじっくり考えて文章を組み立てないと。

 スマホから目をあげて、男性主人公の若のセリフを小声でつぶやきながら考えていると、隣の席の女子と目が合った。

 まずい。


「ジロジロこっち見るなよ。キモいから」

「いや、見てたわけじゃないから」

「また? こいつ、杏奈に気があるんじゃない?」

「やめて! 背筋がゾッとする」


「おいおい。こいつがお前なんかに、気があるわけないぞ」

 ギャル達が騒ぎ出したのを聞きつけた小坂が、首を突っ込んできた。お願いだから火に油を注ぐのはやめてくれ。

「当たり前だろ。あっち行けよキモオタ」

「お前らなんかより、百倍かわいい彼女がいるんだぞ、こいつ」

 おいおい、なに言い出すんだよ。


「はあ?! んなわけないだろ」

「ないない。なぜか石沢ちゃんがお気に入りの小坂はともかく、こんなキモオタにいるわけない」

「じゃあ、見せてやるよ」

 小坂はスマートフォンを取り出すと、一枚の写真を表示してグッと引き伸ばした。百合さんこと、よしのんさんが俺に抱きついている写真。チョコレートの箱を取り戻そうと襲って来た時のだ。


「ウソ! ありえないー!」

「誰これー?」

「すっげえ可愛いし、ツンデレだし、年下で妹キャラだし。お前らなんて、逆立ちしたって敵わねえぞ」

「おい! なに見せてるんだよ。やめろよ」

「おっと、可愛い彼女を見せびらかしちまって悪かった」

「う、嘘だこんな写真……」

 杏奈たちには、相当ショックだったようだ。


「もう一枚あるぞ」

 今度は、俺がチョコレートを一つつまんで、よしのんさんの口の前にあーんしている写真。「返せこら」と言っているのを黙らせるために、一個返したところ。それ以上でも以下でもない。

 写真で見ると、妙にニコニコしているから、よっぽどこの高級チョコが好きだったに違いない。

「げえー」

「バレンタインデーの、こいつらのいちゃつきっぷり、見せてやりたかったな。いいか。美少女の方が、男を見る目があるんだよ」

「うぐぐぐ……」

 杏奈たちは、それ以上罵倒してくることはなく、ぷいっと向こうを向いてしまった。


「おい小坂。お前、いつの間に盗撮してたんだよ?」

「いいじゃん。美少女は国の宝。みんなで愛でないと」

「まったく、油断もスキも無いヤツだな」


***


 昼休みになると、いつものように石沢さんが小坂の席にやってきた。二人でランチに行くのだろう。俺もいつものように、小説投稿サイトのフォロワーさんたちの作品をスマホで読みながら、焼きそばパンをかじっている。昼休みは売店が混むので、前の休み時間に買っておいたやつだ。

 いつもと違ったのは、じっとスマホに見入っている俺の顔を見て、石沢さんが何かを思いついて話しかけてきたこと。


「ねえ、西原君て、結構本読んでるよね」

「え? そんなに言うほど読んでないけど」

「そう? いつも文庫本を持ち歩いてるか、スマホでなにか読んでる印象だけど」

 よく見てるな。買った本を読んでいるよりは、投稿サイト見てる方が多いけど。


「あのね、西原君にちょっと相談があるんだけど」

「相談?」

「そう。私ね、ナルちゃんから頼まれていることがあって」

「ナルちゃんって誰?」

成瀬 桜なるせ さくらさん。ほら、一番後ろの席の」

 確かに成瀬さんという子はクラスにいるけれど、全く話をしたことがなかった。


「ナルちゃんてね、文芸部で小説を書いてるんだって。で、その作品を読んで感想を聞かせてほしいと頼まれたの。部誌に発表する前に」

「ふうん。文芸部ね」

 文芸部の子がうちのクラスにもいたんだ。知らなかった。まあ、小説を書いたら、公開前に知ってる人に読ませて、感想を聞きたいってのはよくわかる。


「でも私、あんまり小説とか読まないから、役に立つ感想なんて言えそうになくて」

「別に、気にしなくていいんじゃないのか?」

「ううん。やっぱり、ちゃんとわかる人に読んでもらった方がいいと思うの」

 石沢さんは、俺の前の席に横向きに座って、こちらに身を乗り出して来た。


「で、読書家の西原君を見込んでお願いなんだけど、彼女の小説を読んで感想を言ってあげてくれないかな?」

「ええ!? いや、ぜんぜん話もしたことない奴に読まれて、感想言われるなんて嫌だろう」

「そんなことないよ。西原君みたいに、たくさん本を読んでる人の感想の方が、ずっとためになると思うから」

 いやいやいや、口もきいたことない同級生の作品読んで、感想を言うなんて、そんな怖ろしいこととてもできない。


「ナルちゃん! ちょっと来て」

 石沢さんは、俺の抵抗はお構いなしに、教室の後ろにいる成瀬さんに声をかけた。振り向くと、成瀬さんは弁当箱を広げようとしているところだったが、黙って立ち上がりこちらに歩いて来る。

「ね、ナルちゃん。このあいだ言ってた、部誌に載せる作品を読んでほしいって件、西原君にも頼んでいい?」


 おいおい、強引過ぎるだろ。こっち見てる成瀬さんの目が、すげえ冷たいんだけど……

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