3 ありがたみのわからない人

 駅前から、遊園地入口につながるゴンドラに乗り込んで移動し始めると、石沢さんが興味津々でよしのんさん、じゃない百合さんに話しかけてきた。

「百合さんは、西原君とどこで知り合ったの?」

「あ、えっと……」

「お、俺の中学の同級生の知り合いで。そいつの妹と百合さんが同級生だったから、たまたま」

「そうなんだ。じゃ家も近くなの?」

「うーんと、そう、かも?」

 石沢さんに見えない側の背中を、拳でど突かれた。

「うがっ」


「最近、引っ越したので、今は蓮君の家とは、ちょっと離れているんです」

「そうなのね。でも二つ年上の先輩と付き合うとか、いいなあ。私も憧れるな」

「ぜんぜん、先輩らしいところは無いですけどね」

「そんなことないだろ」

「なんかあったっけ?」

 ニヤニヤしてるけど、先輩ヅラしたら絶交って言ったの、お前だろ。


「中三と高二でしょ。そんなに年が離れていて、いつもどんな話してるの? 趣味が一緒とか?」

「えっ」

 心臓がドキリとして顔が固まった。百合さんの笑顔もひきつっている。

 条件その二、小説を書いていることは秘密。

 秘密の代わりに何を趣味にしているか、あらかじめ決めておけばよかった。電話やメッセージは頻繁にしているが、いつもコラボ小説の事しか話していない。

「蓮の趣味って言ったら、ラノベかアニメくらいだろ? そんなのに付き合ってくれるのか?」

「え、いや、趣味に付き合わせたりは、してないかな。な?」

「そ、そうですね。私は小説とか全然読まないので」

「ふうん。じゃあ、いつもはどこでデートしてるの?」

「えっ」

 また二人で固まった。何しろクリスマスに初めて会って以来、直接会うのは今日で二度目だ。


「え、えっと、デートでって言うと……」

「と、東京に行ったかな」

「東京のどこ? 原宿とか?」

「ま、丸の内……」

「まるのうち? 何かあるんだっけ?」

 今度は背中を、ギュッとつねられた。

「うぎっ」

「クリスマスのイルミネーションを見に行ったんです」

「ああ、イルミネーションね! すごくきれいなんでしょ? いいなあ。ねえ、湊君。今年は私たちも見に行こうよ」

「ああ、いいよ。お、着いたぞ」


 ゴンドラの終点、遊園地入口に着いたようだった。やれやれ。まだ始まってもいないのに、こんなに疲れるとは。今日一日こんな会話の綱渡りを続けていたら、心臓と背中が持たない。

 百合さんも、ちょっと疲れた表情をしていたが、俺と目が合うと小さく舌を出してニヤリとした。うまくやっているでしょ? 内心でそう言っているのがわかる。

 ありがとう。百二十点の彼女を演じてくれているよ。


***


「ねえ、湊君。あそこのテラスでちょっと休憩しようよ」

「そうだな」

 ジェットコースターにティーカップ、巨大海賊船にバーチャルシューティングと、散々遊びまわって疲れてきたところだった。スタンドでそれぞれの飲み物を買って、テラスのテーブルに座る。条件三に従って、百合さんのジュースは俺のおごり。

 さいわい、アトラクションで遊んでいる間は、きゃーきゃー大騒ぎするのに忙しく、石沢さんの興味津々の質問攻撃も無かったから、ぼろは出さすに済んでいた。


「ねえ、湊君。おやつ出していい?」

 テーブルに座るなり、石沢さんがバッグの口を開けて何が出し始めた。

「良いんじゃね」

「あのね。せっかくのバレンタインデーだから、チョコレート作ってきたの。これは湊君にプレゼント」

「おお、ありがとう。手作りチョコか」

 お約束通り、石沢さんからチョコレートのプレゼント。百合さんにも、きっとこうなると事前に言っておいたけど大丈夫かな。

「いっぱいできちゃったから、こっちの箱は、西原君と百合さんも一緒に食べて」

「すごいな。ありがとう」

 テーブルの上に置かれたもう一つの箱には、手作り感あふれるトリュフが六つ並んでいた。


「あのね。私も、蓮君にプレゼント持って来たよ」

「おおっ」

 えらいぞ、百合さん。条件三は、現地でかかるお金は全部俺持ち、だったけど、このチョコレート代も含むんだよなきっと。

「はい。これ」

 きれいにパッケージされてリボンのかかった箱。リボンを取って、金箔を押したような箱のフタを開くと、見るからに高級そうなチョコレートが六つ入っていた。


「買ってきたやつか」

「ええっ? 文句があるなら返して!」

 しまった、失言した! 百合さんはムッとした顔になり、俺に渡した箱を取り戻そうと手を出してきたので、もみ合いになる。

「これ高かったんだよ! 日比谷のコレゾの地下で一番人気のパティシエの! 昨日も、すごい列に並んで買ってきたんだから」

「わ、わかったよ。ごめん。ごめんてば」

 箱を持った手を反対側に伸ばしてよけるが、背中から抱きつくようにして取りにくる。


「返せ、こら〜。私だって食べたかったんだから」

「悪かった。一個あげるから」

 箱の中から一粒つまんで、百合さんの口元に渡すと、ぱくっと食いついてきた。

「むぐむぐ。うーん美味しい。このありがたみのわからない人からは、全部没収します!」

 チョコの箱を持っている俺の手首をつかんで、後ろから抱きついている百合さんを見て、小坂と石沢さんは大笑いしている。

「ほんと仲良いな、お前ら」

「え?」

 肩越しに百合さんと目が合う。お互いの顔が、十センチもないくらいに接近しているのに気がつくと、百合さんは真っ赤になって手を離し、飛びのいた。

 俺も、こんなに女の子の顔を間近に見たのは、生まれて初めてだった。しかも紛れもなく美少女の百合さん。心臓がドキドキして止まらなくなっていた。

 小説で書いていた「胸の鼓動が止まらない」って、こういうことだったんだ。

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