11 ピンクのバラ

「忘年会に行くビジネスマンか、大人のカップルばっかりだな」

 東京駅から歩いてすぐ、丸の内のオフィス街に立てられた大きなクリスマスツリーは、高級感のあるイルミネーションで飾られていて、さすがに大人の街にふさわしい立派なものだった。


 雑誌を見て買ってきたタートルネックのセーターの上に、唯一持っていたジャケットを着て、精一杯大人っぽい格好をして来たが、どう見ても学生にしか見えない。周りに集まっている”デキるビジネスパーソン”の中では、完全に浮いているようで落ち着かなかった。


 地下鉄の駅を降りて、オフィスビルを通り抜ける時に見つけた花屋で、ピンクのバラの花束を買ってきた。初めて顔合わせするための目印。「あおとあおい」の作中で、再会の時に使われたキーアイテムだ。

 約束の時間まで、あと五分。落ち着かないので、よしのんさんのSNSと小説のコメントをチェックする。


よしのんさんのツイート「『あおとあおい』が恋愛ジャンルの日間ランキング八位になりました! トップランキング入りは応援してくれた読者様のおかげです! 本当にありがとうございます」


 きちんと結果が出て、本当に良かった。主人公がつらくなっていた時期は一時的に人気が落ちてしまったが、プロット通り仲直りして再び結ばれると、ぐんぐんランキングを昇っていった。そして最終話を投稿して完結すると、爆発的にPVが増えて、一気にトップランキング入り。いわゆる「完結ブースト」ってやつ?


小鳩さんのコメント「水晶つばささん! よしのんさん! 完結おめでとうございます!! 素敵な碧と葵のストーリーをありがとうございました」


えるさんのコメント「最後まできゅんとするお話をありがとうございました。これから何を支えに生きていけばいいのでしょう。お二人の次回作はいつですか?」


暁の星さんのコメント「完結おめ!」


さくらん坊さんのコメント「よしのんさんと水晶さんのラブラブ・コラボ完走、おめでとうございます。」


ぴーさんのコメント「最終回まで、お二人の愛が詰まっていて、最高でした」


 一時はどうなることかと思ったけど、終わりよければ全て良し。ツリーの下で花束を見ながら考える。よしのんさんが来たら、第一声でなんと言おう。

『僕が水晶つばさです。今まで嘘をついていてごめんなさい。立派な社会人なんかではなく、高校生です』

 こんなことで、よしのんさんに、わかってもらえるかな。


 時計を見ると、待ち合わせの六時ちょうどだった。

 顔は見たことがないけれど、いつもSNSで見ていたスタイルとファッションはとても綺麗だった。そんな人がピンクのバラを持っていれば、すぐにわかるはず。きれいなスーツの女性やドレスを着た人が通りかかると、この人ではないかと思ってしまうが、誰もピンクのバラは持っていない。

 だんだん動悸が激しくなってくる。俺の格好では釣り合わなかったらどうしよう。



 約束の時間から五分過ぎたが、ピンクのバラを持った人は現れなかった。もしかして、場所を間違えてるか?

 改めてスマホで場所を確認するが、確かにレンガ作りの美術館の中庭にあるツリーの下。イタリアンレストランの正面で合っているはずだ。もしかして、よしのんさんの方が違う場所に行ってるかも?


水晶> 待ち合わせのレンガ広場のツリーに来ています。よしのんさんは、今どちら?


 反対側にいるかもしれないので、少し周りをぐるっと歩いてみることにする。花束を見えるように持ち、中庭の植え込みを一周回って元の場所に戻ってきても、それらしい人はいなかった。メッセージに既読も付かないし、もしかして仕事で突発的に何かあって、出られなくなっているのかもしれない。


 夕食はレストランの席を予約していた。ここから歩いていく時間もあるから、待ち合わせから十五分余裕を持たせていたが、これでは間違いなく遅刻する。電話しておかないと。

「もしもし。あの、今日予約している西原ですが。ちょっと一緒に行く人が遅れていて、お店に着くのが三十分ぐらい遅れそうなんですが。はい。どうも済みません」

 良かった。遅れても大丈夫だと言ってもらえた。


 じりじりとしながら待っていたが、二十分たってもよしのんさんは現れなかった。周りにいた人たちは、どんどん相手が現れて立ち去っていく。入れ替わりに、六時半に待ち合わせの人たちが集まり始めているようだった。

 SNSのメッセージしか知らないから、直接電話をかけてみることもできない。一体どうしたんだろう?


 その時、恐ろしい可能性に気がついた。もしかしたら、遠くから見てこちらが高校生だとわかった途端、帰ってしまったのかもしれない。


 ショックで口の中がカラカラに乾いてきた。一言も話ができないまま、全て終わってしまった?

 もう一度スマホを見るが、メッセージに既読はついていない。きっとそうだ。いつも瞬時に返信をくれるよしのんさんが、こんなにメッセージを放置するなんてあり得ない。もしかしたら、バラを持たないまま時間前にここに来て、俺のことを見てがっかりして帰ったのかもしれない。


 唐突に「あおとあおい」の最終話ラストシーンを思い出した。


『こうして碧と葵の二人は手をつなぎ、見つめ合って口づけを交わした。それは永遠の幸せの約束だった』


 こらえきれず、涙がこぼれてきた。こんなの嘘っぱちだ。本当の俺の恋愛なんて、うまくいかないのが当然だったんだ。

 「かっこいい」と言ってくれた石沢さんの顔が浮かんでくる。君のお陰で頑張れたけど、結局ダメだったよ。いつまでも涙が止まらなかった。


 今度は、いつも俺のことをキモいとかサイテーとか罵っている女子達の憎々しい顔が浮かんできた。

 お前らの言う通りだったよ。結局、俺はサイテーの嘘つき野郎だったってことだ。小説でありもしない夢物語を書いて、いい気になっていたけど、現実はこんなもんだ。


 もう帰ろう。

 広場の出口に向かって歩き始めた。


 広場の出口には、色とりどりの花が並ぶ花屋があった。なんだ、ここで買えば良かったんだ。

 その花屋の店先で、ピンクのバラを買っている女性が目についた。

 包装もそこそこに、その女性は花束をつかむとツリーに向かって走ってきた。

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