10 あと一話

 最終話の原稿チェックは、図書館では終わらず自宅に持って帰ることになった。これで「あおとあおい」の全エピソードが完結する。最後の最後で誤字でもあったら格好がつかないから、三回読み直して、気になる言い回しを直して保存。

 クリスマスイブは、今週の金曜日。最終話をアップしたら、よしのんさんに「会いましょう」と申し込むんだ。


水晶> 小説も終わったことだし、一度会いませんか?

 いや、だめだ。軽すぎる。削除。


水晶> 今度、一緒に食事でも行きませんか?

 いやいや、もっとダメだ。ナンパじゃないんだから。削除。

 何て書いたらいい? どうすれば自然に会うことができる?


水晶> 小説の完成記念に、打ち上げをしませんか?

 これならいいかも。


水晶> 小説の完成記念に、打ち上げをしませんか? クリスマスイブに、東京丸の内のクリスマスツリーの下で待ち合わせして。


 向こうもこっちも顔がわからないから、何か目印がいるな。持ってても不自然じゃなくて、でもあんまり持ってる人がいなくて、遠くから目立つ物。スマホの画面をしばらく見ながら考える。

 そうだ! 『あおとあおい』の完結記念なんだから、二人のキーアイテムのピンクのバラの花束がいい。


水晶> 小説の完成記念に、打ち上げをしませんか? クリスマスイブに、東京丸の内のクリスマスツリーの下で待ち合わせして。目印はピンクのバラを持って。


 完璧だ。あとはこれを送信するだけ。ボタンを押すだけ。大したことはない。ちょっとクリックするだけ……。

 ……だめだ。勇気が出ない。会ったら何て言うんだ。それも一目見た瞬間に。


 冷たく見下ろされた石沢さんの顔が思い浮かぶ。あんな風に、直接目の前で軽蔑されたら耐えられない。せっかく小説書きとして、いい関係が続いているのに、全部ぶち壊してしまうんだぞ。二度とメッセージもできなくなってしまうかもしれないんだぞ。

 ブルっと震えがきた。


 今はまだ無理だ。最終話が公開されたら、送ろう。

 最終話を明日の昼十二時公開に予約して、布団にもぐり込んだ。


***


 教室の机で、最終話が予約通り公開されたのをスマホ画面から確認した。これで全て完了。緊張で何も喉を通らなそうだったので、昼は買っていない。

 スマホから目を上げると、石沢さんが席の横にやって来た。またいつものように、小坂とラブラブ・ランチだろう。


「ねえ、西原君」

「は、はうっ?」

 俺に話しかけて来た? なんで? いつも俺は無視して小坂を連れて出て行くのに。

「あの、話したいことがあるの。みなと君と一緒に来てくれる?」

「俺と? 小坂と一緒に? 俺、何もしてないぞ」

 あ、いま「湊君」って名前呼びになってたな。


「ごめんね。謝りたくて」

「はあ?」

 小坂にいきなり頭を殴られた。

「いてっ。殴るなよ」

「ゴタゴタ言わずに来いよ」

「湊君、乱暴しちゃだめだよ」

 石沢さんは、優しく小坂をたしなめる。

「わかった。悪かった」

 まったく、何なんだ?


 廊下の隅の理科準備室の前に三人で歩いて行った。ここなら、休み時間にはあまり人が来ない。

「あの、西原君のこと誤解してたみたいで、ごめんなさい」

「だから何のことだ?」

「あの日、私が振られた時、こっそりのぞいて笑ってたんだと思ってたの」

 ちらっと小坂を見る。


「でも湊君から、西原君も一緒になって怒ってくれて、しかも早く私のところに行けって背中を押してくれたって聞いて」

「そんなこと言ったのか、こいつ」

 小坂の顔をにらむと、目をそらされた。

「冷たく当たって、ごめんなさい」

 本当に申し訳なさそうに、深々と頭を下げている。


「湊君の親友だから、これから仲良くしてほしいの。許してくれる?」

「いや、そんな頭を下げられるようなことじゃないから。俺、クラスの女子にひどいこと言われるのは慣れてるし」

「私は西原君のこと、みんなが言うようなキモい人だなんて思ったこと、一度もないから。むしろかっこいいと思ってたし」


 うかつにもドキッとした。


「彼氏の前で、そんなこと嘘でも言っちゃダメだろ」

「嘘じゃないよ」

 確かに石沢さんには、一度もキモいと言われたことはない。もしかしたら、もしかして、本当に本心なのかも。女子からかっこいいなんて言われたのは、リアルの世界では生まれて初めてだ。


「ということだ。蓮も水に流してやってくれ」

「すっかり彼氏ヅラだな」

「彼氏なんだから、当然だろ」

 頭をつかまれる。

「いててててて、わかったから、やめろって」

「湊君、乱暴しちゃだめだってば」

 笑っている。

「じゃ、これからもよろしくな。結衣、ランチ行こうぜ」

「うん。じゃ西原君、また後で」


 仲良く階段を降りていく二人を見送った。『結衣、ランチ行こうぜ』か。すっかり彼氏彼女が板についてきたな。

 俺も、自信を持っていいのかな。年上でも、あんな風に仲良くなれるのかな。小坂みたいに、勇気を出してやってみないと結果は出ないってことだよな。

 スマホを出して、下書きメッセージを表示する。


水晶> 小説の完成記念に、打ち上げをしませんか? クリスマスイブに、東京丸の内のクリスマスツリーの下で待ち合わせして。目印はピンクのバラを持って。


 送信。


 送っちゃった。本当に送ったぞ。本当によしのんさんに、会おうって申し込んだぞ。

 すぐに返信が来た。


よしのん> ぜひ! 私も、直接会ってお話したいと思っていたところです。


 本当に会うんだ。

 思い切って進めてみると、胸の中のもやが晴れて清々しい気分でいっぱいになった。

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