7 ときめきと罪悪感

「おはようさん」

「うーす」

 校舎裏であんなことになった翌朝、教室に着いた時には、石沢さんはまだ来ていなかった。美郷のやつもまだだ。

 小坂は、自席で浮かない顔をしている。


「昨日、一緒にアイス食べられたのか?」

「ああ。チョコおごってやった」

「良かったな」

「良くねえよ。ずっと泣きながらアイス食べてる顔見てるとか、こっちも食ってる気がしねえ」

「お前、本当にいい奴だな」

「わかってくれるのは、お前だけだぜ」

 また頭を掴んでぐりぐりされた。

「いててて。なんでほめてるのに絞められるんだよ」


「おはよう。小坂君」

 見上げると、石沢さんが横に立っていた。ちらと俺の顔を見たが、明らかに冷たい表情で無視される。

「お、石沢、おはよう」

「ねえ、小坂君。ちょっと来て」

 小坂と目が合うと、にこやかな顔になる。

「お、おう。蓮、悪いな」

「いいよ。王子様の出番だ」

 石沢さんと小坂は、一緒に教室の後ろに歩いていくと、何やら楽しそうに話をし始めた。立ち直りが早くて良かった。でも、唯一ちゃんと相手をしてくれていた女子にガン無視されるようになるのは、正直つらい。


「あー美郷君、おはよー」

 今度は美郷が教室に入って来たのを見て、隣の女子達がざわめいている。

「おはよう」

 軽く手をあげて歩いていく美郷を、憎しみを込めて睨みつけてやるが、全然こちらには気が付かない。あれだけひどいことしておきながら、よく平然と石沢さんの前に現れるな。罪悪感とか無いのかこいつは。

 小坂と石沢さんは、そそくさと後ろのドアから出て行った。やはり顔を合わせたくはないのだろう。

 


「ねー、美郷くーん。今日帰りにカラオケ行くんだけど、一緒に行かなーい?」

「行かないよ」

「えー、いいじゃん。行こうよ。由美も来るよ」

「お前らだけで行ってろよ」

「ちぇっ。今度は来てね」

「今度な」

 美郷は自分の席に座って、側に寄って来た男子と話し始めた。


「美郷君て、なかなか付き合ってくれないよね」

「高嶺の花って感じ」

 どこが。付き合ったら最低な野郎だぞ。グッと拳を握りしめたが、小坂の「空手の有段者」という言葉を思い出して躊躇する。こいつらみたいな、サイテーな女ならいくらでも泣かせてやればいいのに、なんでよりによってまじめな石沢さんを……

「こっち見んな、西原。朝からキモい」

 いきなり口調が変わった隣の女子達に凄まれた。

「ご、ごめん。見てないから」

「なんで美郷君以外は、こんな奴ばっかなんだろな、うちのクラス」

「ほんと。あっち行けよ」


 授業が始まるまで、どこかへ行ってよう。スマホを持って立ち上がり、廊下に出たところでメッセージが来た。


よしのん> 私のフォロワーさんから、二人は付き合ってるんですかってコメントが来てました。

よしのん> 違いますって書いても、また別な人が聞いて来るから笑っちゃいますね。


 SNSと違って、小説のコメントは他人の書き込みまで読まないから、違う人が何度でも同じことを書いてくるのだろう。特に人気のよしのんさんだと、男性ファンも多いから嫉妬してくるやつもいそうだ。いつもの自動販売機の横にしゃがんで返信を打つ。


水晶> こちらにも来てました。仲はいいですが付き合ってはいません、て答えてます。

よしのん> そうですよね! 仲は抜群にいいですよね、私たち。


 もし本当に、付き合って下さいと申し込んだら、どんな返事をされるのだろう? 社会人の水晶つばさとしてなら、いいですと言ってくれるかもしれない。でも高校生の西原蓮では?


よしのん> 水晶さんは、お付き合いしている人がいますよね、きっと。あ、もう結婚されてたりして。


 スマホを見ながら固まってしまった。付き合っている人がいるか、なんて質問して来るのは、気にしているからに決まっている。よしのんさんは俺のこと、いや水晶つばさのこと意識しているのかな。

 この質問は、何て答えるのが正解だろう。


水晶> 今は付き合っている人はいません。結婚もしていないので大丈夫です。


 あ、変な文章で送っちゃった。大丈夫って何だ? 

 しばらく時間がたってから返信が来た。


よしのん> そうですか。


 よしのんさんらしくない、シンプルな返事だった。変な文章を送ったから戸惑ってるのかな? すぐに追いかけてメッセージが来る。


よしのん> 結婚もしていないので大丈夫です、なんて、ドキドキしてしまいました。水晶さんて本当に大人の余裕って感じで、かないません。


 そういうつもりじゃなかったんだけどな。すごい罪悪感……

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