6 きゅんの法則
着信したよしのんさんからのメッセージに、ゆっくり返信したかったので、学校を出て駅前のファーストフード店にやってきた。もちろん、プロットの提案をするつもり。
よしのん> 碧に言い寄ってくる女性の回、どうですか?
水晶> あの、プロットで提案があるんですが。
よしのんさんのアイデアでは、碧に好意を持つ女性が、キャンパスで突然告白してくることになっていた。しかし、どうしても不自然になってしまってうまく書けない。
水晶> 碧のことを好きな女性がもう一人登場して、葵が誤解するという展開ですけど。
水晶> ここは、ひどい男に振られて泣いている女性を見かけた碧が、どうしたんですかと声をかけて、話を聞いている設定にしてはどうでしょう?
水晶> 碧の優しいキャラが際立つのと、女性が碧を好きになるきっかけとして、自然な展開になると思うのですが。
しばらく返信がない。変な提案したので、怒っているのかもしれない。
よしのん> それ、すごく良いです!
よかった、受け入れてもらえそうだ。
よしのん> 女性がひどい状況で泣いていたら、碧の優しさにきゅんときますし、後で葵の誤解が解けた時に、理解はするけど許せないというジレンマになるし。
よしのん> 水晶さん、さすがです! そんなプロット考えつくなんて。やっぱり人生経験のある人はすごいなあ。
まただ。俺が大人だと信じきっているメッセージにドキッとする。人生経験なんて全然ない高校生だと知ったら、どう思うだろう。今は社会人のふりをして、いいもの書いていくしかないけど。
水晶> では、その線で書いてみますね。
よしのん> はい。出来上がり楽しみにしています。今日はもう、お仕事は終わりですか?
何と答えようか。この間は残業にしたけど、いつもいつも残業ばかりでは『社畜』って感じだよな。しばらく考えてから返信する。
水晶> 今日はもう退社しました。たまには早く帰ってジムにでも行こうと思って。
よしのん> いいですね! 私も渋谷のジムに通ってたんですよ。最近全然行ってないですけど。
青山で働いている女性は、渋谷のジムに行くのか。SNSを開くと、また顔の映っていない自撮りファッション写真が上がっていた。黒いハイネックセーターにロングパンツ。セーターにくっきりと浮かび上がる体のラインは、とてもスリムでスタイリッシュだった。
一度、実際に会ってみたいな。
***
自宅に帰ってきて、新しいプロットで書き始めたが、ついつい公開済みのエピソードの評判が気になってしまう。最近はフォロワーがどっと増えて、コメントが読みきれなくなっていた。キリのいいところまで書けたので、今日はもうコメントを読むことにする。
小鳩さんのコメント「水晶つばささん! 碧がイケメン過ぎます。早く続きが読みたいです」
さくらん坊さんのコメント「好きなシチュばかり詰まってます」
えるさんのコメント「一日の疲れが浄化されていきます。これで明日も頑張れます」
暁の星さんのコメント「尊い! 尊い!」
ぴーさんのコメント「水晶さんとよしのんさんって、付き合ってるんですか? こんなに息がぴったり合った、きゅんきゅんストーリーを書けるなんて、素敵すぎ」
えっ。
付き合っているんですか、とフォロワーさんに指摘されたのは初めてだった。確かに男女それぞれのきゅんとくるセリフを、お互いに相手のキャラに語っているのは、側から見れば付き合っているように見えるかもしれない。
水晶のコメント「よしのんさんとは、仲はいいですが付き合ってはいませんよ」
もし、これを機会に付き合って下さい、と申し込んで交際が始まったら、それこそ胸きゅんラブストーリーだ。
週末に都内で、よしのんさんと会うところを想像する。肩までかかる長い髪。清楚なワンピース。年上のおしゃれなお姉様と青山でデート。
イチョウ並木の下、手をつないで歩くとか? うわああああ。
ベッドの上で、ゴロゴロと悶えた。小説ではいくらでも書くけど、自分の身で想像するとたまらない。
ジタバタしているところにメッセージが来た。
よしのん> 『あおとあおい』恋愛ジャンルのランキング十八位まで上がって来ましたね!
え、そんなに上がっているのか?
今まで自分が書いていた小説では、そんな上まで来たことは無かった。よしのんさんの作品でも最高で二十位くらいだったと思う。スマホで確認すると、よしのんさんの連載が十八位、俺の連載が二十位になっていた。
よしのん> やっぱりすごいです。水晶さんが書く素敵なエピソード、私も読んでてきゅんきゅん来ちゃうんですっ!
おだてられているだけとわかっていても、こんなこと言われると、こっちがきゅん死する。顔がニヤけて戻らなくなっているし。
コラボ小説って、本当に楽しいぞ。
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