5 王子様失格

 校舎裏の物陰に隠れて様子をうかがっているが、振られた女子は、顔を覆ってしゃがみこんだまま、まだ泣いているようだった。小坂が言っていた通り、美郷は最低な奴だった。キスしてホテルまで行っておきながら、飽きたからってポイ捨てとは。

 こんな時、俺の小説の主人公だったら? そっとあの子に近づいて『どうしたの?』って、知らないふりして声をかけるな。

 でも現実の俺は? 物陰にしゃがんでいるので、寒くてだんだん足がしびれてきたが、勇気が無くて出るに出られない。


 しゃがんでいた女子がゆっくり立ち上がり、手をどけたので顔が見えた。驚いたことに、石沢さんだった。


 ふつふつと怒りがわいて来る。唯一、俺のことをサイテーとかキモいとか言わない子が、あんなひどい目に合わされて。どうする? どうする? 大丈夫って声をかけるか? 彼女なら、キモいとか言われないで話ができるはず。

 でも踏ん切りがつかない。前に出る勇気が出ない。白馬に乗った王子様になれるかもしれないチャンスなのに。小説なら、こんな時に言うべきセリフもちゃんとわかるのに。俺にそんなことが言えるのか?


 その時、教室掃除で出たゴミ袋を抱えた小坂がグラウンドからやって来た。ゴミ捨て場に向かう通路の真ん中には、涙をふきながら石沢さんが立っている。

「どうした? 石沢。何かあったのか?」

「なんでもない」

「誰かにいじめられたか? そんな奴がいたら俺に言えよ。ぶっとばすのは無理だけど、上履きに画鋲入れるくらいの仕返しなら手伝ってやるぜ」

 石沢さんが少し笑った。

「バカみたい」

「ちょっと待ってろ。これ捨ててすぐ戻ってくるから」

 小坂はゴミ袋を持って走って行った。石沢さんは、また涙をふいている。


「待たせた。ジャンケン負けてゴミ捨て押し付けられたんだけどさ。ゴミを捨てるそして女子高生を拾うって、何かアニメのタイトルみたいだな」

「人のこと、ゴミと一緒の扱いとかひどくない?」

「そうか? わらしべ長者みたいな感じなんだけどな。わらが素敵な御殿になったみたいな」

「意味わかんない」

「あのさ……」

「もう、ほっといてくれる?」

 石沢さんは強い口調で言うと、こちらに歩き始めた。しかし小坂も横に並んで歩き出す。


「腹へったからアイス食おうぜ。売店まだやってるだろ。おごってやる」

「……小坂君におごってもらう理由無いから」

「俺一人で食ってたら、悪いだろ」

「一緒に売店まで行く前提?」

「そう。決まってんじゃん。だってアイスおごるんだぜ?」

「ふふ。本当バカみたい」

 つい二人の様子に見入っていて、近づいてきたところで目が合ってしまった。


「あ、蓮? 何やってんだ、そんなところに隠れて」

「あ、えっと、隠れてたわけじゃなくて……」

「そうか? じゃ、なんでしゃがんでるんだ?」

「……西原君、そこで見てたの?」

 石沢さんの声が、少し震えている。

「えっと、見てたというか、その……」

「最低」

 低い声で一言つぶやくと、石沢さんは走って行ってしまった。

「石沢! おーい!」

 ああ、やっちゃった。また嫌われた。なんでこうなるんだろう。


 小坂は、立ち上がった俺の隣にやってきた。

「蓮、何があったか見てたのか?」

「ああ。たまたま通りかかったら見えちまった。美郷にひどいこと言われて振られてた」

「やっぱり。そんな事だろうと思った」

「知ってたのか? 美郷と彼女が付き合ってるって」

「薄々はね。またいつものお手つきしてるな、とは思ってた」

 寂しそうな顔をしている。


「お前、石沢さんのこと、好きなのか?」

「なんで?」

「さっき、すごく頑張って彼女を笑わせて、気を紛らわせようとしてたから」

「……そうだよ。好きだよ」

「悪かったな、邪魔して。もう少しで一緒にアイス食べられたのにな」

 小坂は、くくっと笑った。

「そうだよな。一緒にアイス食って、なぐさめて、あわよくば仲良くなれたかもしれねーなー! ちくしょー」

 また頭を抱え込んでぐりぐりされる。

「いてててて、やめろっての」


 手を離した小坂は、寂しそうにつぶやいた。

「女子って、なんでああいう奴のこと好きになるんだろうな」

「わからん。わからないけど、俺も美郷の奴ぶん殴ってやりたくなった」

「だよな。やっちまうか」

「いや」

 俺はグッと握った拳を見ながら言った。

「ぶん殴る役は俺がやるから、お前は石沢さんのところに行ってやれよ」

「なんでだ?」

「泣いてた彼女に、ちゃんと声をかけたのはお前だろ。俺は勇気がなくて行けなかった。王子様になる資格があるのはお前だ」

 小坂は、じっと俺の顔を見ている。

「お前、本当にいいやつだな。よしっ、行ってくる」

「行ってこい白馬に乗った王子様」

 行きかけた小坂は、思いついたように振り向いた。


「お前、本当に美郷を殴りに行くのか? 念のために言っておくと、あいつ空手の段位持ってるぞ」

「マジか?」

「マジだ。悪いことは言わん。やめとけ」

「……情報ありがとう」

「じゃ、行ってくる」


 校舎の向こうに走っていく後ろ姿を見送りながら、ふと思いついた。振られて泣いている女の子にイケメン主人公が声をかけるという展開なら、「あおとあおい」のプロットに組み込めるかもしれない。よしのんさんに提案してみる価値はある。

 早速メッセージを送ろうとスマホを取り出したところで、手を止めた。

 俺って、やっぱり最低かもしれない。女の子がひどい目にあって泣いているのを放っておいただけじゃなくて、それを小説のネタにしようとしてるなんて。


 手元のスマホが振動した。メッセージが届いたようだった。

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