3 初めての投稿
「よしのんさんの第一話のつかみは、さすがだな。一気に話に引き込まれる」
今日は学校帰りに駅前のファーストフードに寄っている。よしのんさんが書いた、女性の
コラボ小説は、公開前に何話か書き溜めて、お互いに読み合うことにしていた。主人公同士の呼び方や自称、場面設定の細かい描写など、実際に書いて合わせてみないとわからないことがあるから、だそうだ。非公開のサイトを使って二人だけで共有している。
さて、この続きで、碧がヒロイン葵に偶然再会するシーンをどう書くべきか。
普段一人で書いている時と違い、相手がすぐそこで見ているような感覚があって新鮮だった。一時間ほどで予定の文字数を一気に書き上げて共有サイトにアップし、よしのんさんにメッセージを送ると、間もなく返信が来た。
よしのん> 素敵です。グッと二人が近づいた感覚がリアルに出ていて、とてもいいですね。
気に入ってもらえて良かった。最初の読者からすぐに反応が返ってくるのは、楽しい反面、緊張もする。
よしのん> 一つ質問していいですか?
水晶> はい。どうぞ。
よしのん> 碧が、会ったとたんに次の約束のことを話し始めたのは、どういう流れを意図してでしょうか?
話の流れが不自然ってこと? 言われてみれば、確かに唐突かもしれない。
水晶> そうですね。ちょっと展開が急過ぎたかもしれません。一旦相手のことを聞く質問と会話を入れます。
よしのん> あ、お気にさわったら済みません。全体としてはとっても良い感じで、水晶さんらしくて好きです。
やっぱり大人の女性は素敵だ。すごく気をつかってくれている。「サイテー」しか言わない、うちのクラスの女子とは大違いだ。
水晶> 指摘してくれて、ありがとうございます。これからも気がついたことがあったら、どんどん言って下さい。
よしのん> 水晶さんも、誤字やおかしな点があったら遠慮せずに指摘して下さいね。二人でいいものにしていきましょう。
うわっ! 何だ、このすごくいい感じ。コラボって楽しい。いつも小説では書いていたけれど、異性に優しくされてドキドキするってこういうことだったんだ。本当に心臓が動いているのを感じる。
よしのん> 水晶さんは、まだ仕事ですか?
何て返事しよう。もう六時だから、普通のサラリーマンなら帰る時間か。でもそれじゃヒマそうかな。
水晶> これからプロジェクトの会議があるので、もうちょっと残業ですね。
よしのん> 大変ですね。お体に気をつけて。私はもう上がるので、家に帰って続きのパートを書いたら連絡します。
水晶> はい。ではまた後で。
よしのんさんのクオリティに負けないようにいいもの書かないと。思わずニヤけてしまう。
「好きですとか、二人で、とかいいなあ」
隣の席の女子高生が振り向いた。しまった。声に出てた。
***
今朝の通学時間に、よしのんさんが第一話を小説投稿サイトにアップして、SNSで宣伝を始めた。僕も、追従して宣伝のつぶやきを流しておいたので、その結果を昼休みに確認している。
小説には、結構な数のコメントが付いていた。やっぱりよしのんさんは固定読者の数がすごい。ランキング上位とまではいかないが、数千本投稿されている恋愛小説のジャンルで、よしのんさんの作品はずっと百位以内につけているから、大したものだ。このコラボ小説も、俺が足を引っ張らなければそれくらいはいくはず。
よしのん> 今日の第一話、すごく評判が良くてよかった!
水晶> 見ました! さすがはよしのんさんです。
よしのん> いえいえ。一緒にプロットを考えてくれた水晶さんのおかげです。
水晶> 次はこちらの第二話ですね。今、公開します。
あらかじめ下書きとして保存しておいた、自分の第二話を公開にする。
毎週水曜と土曜に、朝と昼の一日二話ずつ公開することにしていたが、よしのんさんの第一話を読んだ人は、次に水晶つばさの第二話を読まないといけない。お互いに行ったり来たりするので、読者が面倒くさいと離れてしまうリスクもあった。なので、SNSで小まめに宣伝することにしている。
よしのん> 第二話、読めました。SNSで宣伝します。
こちらもすぐに宣伝のツイートを出す。
水晶> こちらもOK。なんだか、本当にプロジェクトをやっている感じがしますね。
よしのん> 本当にそうですね。水晶さんは、いつも仕事でやっていて慣れているから、安心してついていけます。
ドキッとした。本当は高校生で、プロジェクトなんてやったこと無いって知られたら、どう思われるだろう?
よしのん> あ、すごい反応が返ってきてますよ。
ちょっと後ろめたくなり、背中に嫌な汗をかいてきた。
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