2 打ち合わせ

 よしのんさんの依頼があまりに意外だったので、放課後の図書館の机の上で、しばらくフリーズしていた。よしのんさんとコラボ小説? 胸きゅん小説を一緒に書く? フォロワーが数百人いる人気作家よしのんさんから、泡沫底辺作家の俺に申し込みがあるなんて、夢じゃないのか?


 よしのんさんの作品に「とても素敵ですね」とコメントした翌日に、俺の小説を読みに来てくれた。そして「続きが楽しみです」とコメントしてくれたと思ったら、コラボの申し込み。話がうますぎる。


> 私と一緒に、コラボ小説を書きませんか? 長編小説を男女それぞれの視点から交互に書いて連載していく、胸きゅん恋愛小説です。

 何度読み返しても、よしのんさんのメッセージにはそう書いてある。あれこれ考えているうちに、次のメッセージが来た。


よしのん> 水晶さんの、きゅんきゅん来るストーリー。何度も読み返したくなる文体。とっても素敵で大好きです。

よしのん> 一緒に小説を書いたら、きっと素敵な化学反応が生まれてくるはず。

よしのん> 大まかなプロットのアイデアをまとめたら、またメッセージしますね。

よしのん> ぜひ一緒にやりましょう。いいお返事お待ちしています。


 立て続けにメッセージが送られてくるし、プロットをまとめるとか、やっぱり本気のようだった。どんなきゅんきゅんプロットが来るんだ?

 よしのんさんが今手がけているのは、長編の連載を二本、それぞれ週二回ずつ更新。短編を月に一本ぐらい。それに加えてこのコラボ小説を始めるなんて。SNSを見ていると、都内で仕事をしながら、空いた時間に書いているようだが、とんでもなく忙しそうだ。

 メッセージが来なくなったので、SNSに画面を切り替える。


よしのんさんのツイート「昨日まで準備してきたプレゼン、うまく行きました! 今日は青山で打ち上げ」


よしのんさんのツイート「でも、Rule and Sinの続き書かないといけないので、一次会で帰る予定(てへぺろ」


よしのんさんのツイート「今日のコーデは、勝負服のスーツです」


 SNSに添付された写真は、顔以外の全身を鏡に映して自撮りしたもの。紺色のスーツに黒いヒールを履いた、大人っぽいスタイルだった。都内で働いている女性は、やっぱりかっこいい。

 見ていると、新しいツイートが追加された。


よしのんさんのツイート「もひとつ温めているコラボ企画が、もうすぐ始動できそうです。準備ができたらお知らせします」


 うわ! これってやっぱり俺に申し込んできた小説のことだよな。

 スマホの画面を、さっきのメッセージに切り替えて、ふたたびまじまじと見つめた。


***


「蓮、おはよっす!」

「あ、おはよう」

 同級生の小坂 湊こさか みなとが、教室に入ってきて席に着くなり、がっと俺の頭をつかんできた。

「なんだ、なんだ、目に隈ができてるぞ。また夜中までえっち動画見てたのか」

「違うよ」

 昨夜は、よしのんさんのメッセージを眺めながらあれこれ考えていたら、全然眠れなくなってしまい、すっかり寝不足だった。

「やり過ぎは体に毒だぞ。まあ、うちのクラスはえろい女子が多いから、ムラムラするのはわかるけどさ」


 隣の席でいつものように集まっていた女子達が、キッとこちらを睨んできた。

「サイテー。そこの二人キモいからこっち見るな」

「なになに? どうしたの?」

「西原と小坂が、スケベな目でこっち見てた」

「いや俺は関係ないから。変なこと言ってるのこいつだけだから」

「お前らなんかより、アニメの子の方がずっとかわいくて胸おっきいから。お前らなんて見るわけねえっての」

 それ、火に油を注いでるって。

「キモオタ! サイテー!」

「西原も変なラノベとか読んでて、本当キモい」


 カチンと来た。『ラノベだって、作者は真剣に書いてるんだから馬鹿にするなよ』そう大声で言えたら、どんなにスッキリするか。でもそんなことを言う勇気はない。

 『俺が書いている女子向けラブストーリーで、きゅんきゅんしている大人女子がいっぱいいるんだぞ。お前らもそれ読んだら、俺に惚れちまうんじゃないか』

 もっと言えない。絶対言えるわけがない。小説を書いていることは、恐ろしくて学校では誰にも言っていない。


「キモいんだよ。あっち行けよ」

「……小坂、俺、トイレ行ってくる」

「ええ? ここで敵前逃亡かよ」

「もう戻ってくんな。キモオタ」


 俺の小説に出てくるような清純きらきら女子って、絶滅危惧種なのかな……


***


 トイレに行ったついでに、自動販売機でパックのジュースを買い、すぐ横にしゃがんだ。教室に戻っても、隣の女子がうるさいだけだから、ここで小説投稿サイトとSNSをチェックすることにする。

 スマホを開けると大量のメッセージが来ていた。SNSでメッセージを送って来るのは、よしのんさんしかいない。


よしのん> 昨夜プロットを考えたので、コメントもらえますか?

よしのん> 大学生の碧と葵が、映画館で偶然出会って交際を始める。でも碧を好きな女性がもう一人登場して、誤解から嫉妬心をこじらせてうまくいかなくなる。

よしのん> 誤解から別れるまでは、お互い好きなのにすれ違いが重なって、どんどん離れて行ってしまう切なさを出して。

よしのん> どうしても諦められない碧は、クリスマスに仲直りを申し入れる。

よしのん> 大きなクリスマスツリーの下で、ピンクのバラの花束を持って碧が駆けつける劇的な演出で。

よしのん> タイトルはシンプルに主人公の名前を取って『あおとあおい』


 よしのんさんらしい、切ないすれ違いメロドラマだ。


水晶> とってもいいと思います。よしのんさんらしい展開ですね。


 すぐに返信が返ってくる。


よしのん> ありがとうございます! これを、葵の女性目線の話と、碧の男性目線の話を交互に、一章が十話、全体で十二章くらいにする想定。

よしのん> で、それぞれ一話ずつ交代で書いていく方式ではどうかしら?

水晶> すごいですね。いいですよ。


 とは返事したものの、俺に書けるかな。今まで高校生のカップルはいくつも書いてきたけど、大学生は書いたことがない。経験したことのない大学生の恋愛がうまく書けるかどうか。もっとも、高校生でも恋愛の経験が無いのは同じことだったけど。


「はあ、できるかな」

「西原君、どうしたの? 最近よく溜息ついていて、元気ないみたいだけど」

 目を上げると、石沢 結衣いしざわ ゆいが前に立っていた。いつも俺のことを攻撃してくるギャル達とは別の、ちょっとまじめなグループに属している同級生だ。

「なんでもない」

 飲み終わったジュースのパックをクシャッと握り潰して立ち上がった。どうせこいつだって、内心では俺のことバカにしているんだろうし。パックをゴミ箱に突っ込むと、教室に向かって歩き始めた。

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