第31話 とくになにもなく

「人がおるところのほうがええやろ」

 剣道の稽古終わり、湊音と李仁とシバは行きつけの喫茶店の奥の席に座った。

 実はここはシゲさんの兄弟がやっている喫茶店であり、且つ店主の真津マスターは美守の新しい父親である。

 2階には湊音の元妻、美帆子が事務所を構えている。美守も店内のカウンターで昼ごはんを食べているが、3人はカウンターから離れた奥の席に座らせてもらったのである。

 席にはランチが運ばれており、まずは無心になってシバはバクバクと食べている。食べ方は豪快である。

 湊音も李仁も少し戸惑いつつも食べる。


 それぞれが食べ終わり、シバはブラックコーヒー、湊音はカフェオレ、李仁はアイスティーが置かれた。

 他に数組客はいるが、この奥の席は喫茶店の中で込み入った話をする人や、占い師が客とアポイントを取り占いをするのによく使われているとのこと。

 セールスや、悪いことには利用させないというマスター。


「こないだも喫茶店で話せばよかったか?」

 シバは笑ってる。李仁は少し俯く。

「首は悪かったな。大丈夫か?」

「苦しさはないわ。アザは残ってるけど」

「すまんな、すまん」

 思ったよりも楽観的なシバ。


「あの、シバ……」

 湊音がシバを見る。


「なんや」

「……あの、さ」

「俺らが関係持ったことやろ」

「うん」

「……もう手は出さん、お前には。警察沙汰になったら面倒だから」

 シバはコーヒーを啜る。


「なんで私たちに執着するの」

 と、李仁。

「ん? しゅーちゃくなんかしとらん。まぁ他の所よりかは居心地いいし、新しいところ行くよりかは仲のいい気の知れたヤツといるとええからな」

「……」

「もうええやろ。湊音とは絶対二人きりにならんようにする。心配するな」

「……」

 李仁は黙ったままである。湊音は彼の手を握る。

「李仁、僕も絶対にシバと二人きりにならない。約束する。剣道場のパートナーとしては彼が一番信頼おける人なんだ……それ以上の関係にはもう戻らない」

「……」

 黙ったままの李仁を見てシバは苦笑いしている。

「湊音、すげぇ愛されてるなぁ。羨ましいよ。まぁ李仁、こないだの夜に湊音を無理やりやったのはすまんと思う。もうそういう、そのー挿入行為しとらんのにな」

 語尾はカウンターにある美守に気を遣って少し小声になったシバ。


「まぁこれからもたまーにこうやって3人でここで飯食おうや。なっ」

 シバは席を立ち、カウンターに行き全員分の会計をし、なにかマスターから箱をもらって店から出て行った。


「……」

 李仁の目から涙が出ていた。湊音は紙布巾で拭ってやる。

「核心のついた話はできなかったね……」

「そうね……」

「李仁?」

「ミナくん……約束、絶対守ってね」

「……ああ」


 カウンターにいた美守がもう大丈夫かと察し、二人の席にやってくる。


「マスターがケーキ出してくれるらしいけど食べる?」

 さっきシバが受け取ったのはケーキの入った箱のようだ。

「李仁さん、元気ないよ」

「そんなことないわ。ケーキ戴こうかしら」


 美守は頷く。李仁も少し笑顔が戻ったようだ。

 コーヒーと紅茶のおかわりと一緒にケーキも持ってきてもらい、3人でケーキを食べた。

 甘いチョコケーキ。



 そして家に帰り、李仁は湊音を思いっきり抱きしめた。湊音も抱き返す。

 玄関先で何度も何度もキスをし、その後寝室でも何度も抱き、キスをした。

 李仁はずっと無言で湊音を無心に愛した。もちろん最後まではしないが、もう離さぬよう……。



 ピコン!


 湊音のスマホにメールの着信音が。湊音はづそれに気づいてベッド脇に置いてあるスマートフォンに手を伸ばそうとするが李仁が許さない。

 また


 ピコン!


 立て続けに



 ピコン!


「なんか緊急の知らせかもしれん」

「緊急のって、なによー」

「李仁ーっ、離してー」

「離れないっ! チュチュ!」

 だが何とかキス攻撃を交わして湊音はスマートフォンをのぞいた。シバからであった。李仁は後ろから覗く。

「シバから?! ……なによっ」

「待て待て、てかメールの中身一緒に見ていいから」

 と二人がメールの中身を見る。


『悪りぃ! しばらくお前らの家に泊めさせてくれ』

「は?」

「えっ……てか二件目……」

 李仁と湊音は驚きながらも次のメールを見た。


『もう家の前に来る! まじごめん!』

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