第30話 竹刀を握った男たち
次の日の剣道場。朝イチで李仁と湊音は着いた。道場に入る前に湊音はピシッと背筋を伸ばし礼をする。李仁も慌てて頭を下げる。来たことはなかったわけではないが、作法をしっかりわきまえている湊音を見た李仁は緊張する。
「まずそこの窓全開にして、掃除機をかけてからモップをかける。子供たちがきたら雑巾掛けレースが始まる。あ、李仁はやらなくていいよ」
「でも……」
いつもは頼りない湊音だが、剣道をするとなると表情だけでなく佇まいまでもが変わってしまう。そして剣道用の袴をビシッと着て更衣室から出てきた姿もとても様になっている。
「やだっ、かっこいい……」
袴姿の湊音は見たことはないわけではない李仁だが、惚れ惚れしている。
そこに数人の小学生がやってきた。
「おはようございます!」
「おう、おはよう」
指導者の顔に切り替わっている湊音。次々と生徒が入ってくる。高学年の数人は湊音に近いくらいの生徒もいる。李仁もニコニコっと会釈するが見慣れない背の高い男に対して少し警戒心を持っているようだが挨拶はしっかりして更衣室に行く生徒たち。
「あ、李仁さんだ!」
そこに美守もやってきた。李仁は美守に目線を合わせるために屈む。
「美守くん、こんにちは。今日は見学に来たの」
「ようやく剣道を始める気になった?」
「うーん、まだ……」
何度か美守に剣道を誘われていた李仁。はぐらかしていたのだが……手を首に当てる。
「なんだ。てか首の包帯大丈夫?」
「……まぁねー。これ良くなったら体験でもするわ」
実の所、李仁は少し運動音痴である。ポールダンスを過去にしていたため腕力はあるがボールやバットや剣道の竹刀など自分の体を介してする競技が特にダメなようである。
美守は、フーンと言って手を振って着替えに行った。
李仁は立ち上がると何かを感じた。……息を飲む。目線の先にシバがいた。
彼の目つきはとても鋭く、ぐっと口を結んでいた。掃除中の湊音も気づいた。
「……こないだはすまなかった」
珍しくシバから謝ってきた。李仁達はびっくりする。李仁はうん、と言う前に着替え終わった生徒たちがシバの元にやってきて挨拶、そしてすぐに彼に飛びかかる。
シバは生徒たちを笑いながら抱えて軽く振り回す。さすが元剣道日本一、体力も警察時代とも変わらず劣らず。子供達に好かれやすく、道場で戯れあっている。
生徒たちに人気なのは本当か、と李仁はびっくりした。
「憎めないのよね、ああいうところ」
「……僕よりも仲良くなってる。羨ましいよ」
湊音は苦笑いしていた。
「よし、お前ら! 今日は見学者がおるからなー気合い入れて稽古するぞっ」
とシバが道場に響く声をだした。そして続いて生徒たちも
「はいっ!!!」
負けじと大きな声を出した。
道場では年配の師範、その助手的な立場に湊音、細かな指導はシバ、その他二人ほど剣道経験者の社会人や親たちもいたりする。
今は少人数で分散的に稽古をし、一人一人合った教え方をしている。
湊音も高校の剣道部顧問経験者ともあってまだ小さかったり経験の浅い生徒に対して持ち方や脚の踏み込み方などを、シバは経験を重ねた生徒を中心に若干荒いが的確な指導をしている。
「わたしはあの二人に抱かれた……のよねぇ」
と道場の隅で二人の姿を惚れ惚れと見つめていた。
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