第15話 誤解

 朝。


「起きて!!」

 李仁は誰かに起こされる。花金で昨晩は酒を飲みすぎたと自覚はあるが頭が痛いのと眠気で目が開かない。


「まだ……寝させてぇ」

 手探りで自分が何も身にまとっていないことに気づく。最後の記憶は部下の麻衣と激しく抱き合いキスしたこと……。


「起きなさい!」

 声がさらに大きくなり荒くなる。……麻衣の声ではない。


 一気に李仁の視界が明るくなる。

「早く起きなさい! 李仁」

 目の前に誰か経っていた。


「早く家に帰らないと! 李仁」

 それは麻衣でなくて……。


「大輝!!!」




 大輝に用意されたスウェットを着て、朝ごはんを目の前に李仁は抜け殻のようであった。目の前にコーヒーを差し出される。



「湊音くんには連絡したけど寝てるみたいだから。今でも電話に出ないってことは李仁のこと一晩待ってたんじゃないの?」

「……かもね」

「かもねじゃない!」

 李仁は頭をかく。少しずつ何か記憶を思い出す。大輝はずっと怒りながらも色々と李仁の身の回りを片付ける。


「フラフラして李仁が僕の美容院までやってきてドア叩いてきたのは覚えてる?」

 大輝は李仁に問い詰めると李仁は思い出しながら頷く。


「……うん」

「もう店閉めて新人さんの練習してたから泥棒かと思った。んでドアを開けたら香水と酒とタバコの混ざった匂いのあなただった」

「う、うん……部下の女の子とお酒飲んで誘惑されて路地裏でキスしてエッチしようとした……」

 大輝はそれを聞いて呆れる。


「李仁はいつも男の人とその場で尻ふりふりして誘惑して引きこむ方だったのに女の子にも誘惑されてしちゃうようになったのか」

「……昔のこと言わないでよ。てか大輝もよく路地裏で私と!!」

「まぁそんなこともあったけどー、十年も前って、じゃなくて! そういうことをしたの?」

 李仁は首を横に振る。


「あー、色々思い出したわ……あったから誘っておきながら私が下着に手をかけた瞬間に足が震え出して。もしかして初めて? って聞いたら……」

「あーバージン……だったわけか」

「私は経験者としかやったことなかったから目を覚まして慌てて路地裏から出てタクシー止めて乗せて帰らせて……って……ううううっ」

 李仁はどんどん思い出す。昨晩のことを。部下の麻衣とは未遂であったこと、フラフラになりながら歩いて近くにあった大輝の美容室に行き倒れたこと。


「あああああああっ! もぉっ、私のバカ!」

 李仁はお酒に強いのについ深酒し、女の人に誘惑されても負けなかったのについ手を出してしまったことを悔やむ。


 大輝はスマホの着信を確認しながら李仁に笑った。

「湊音くんからよ。電話出る?」

「で、出ない……大輝、うまく言っといて」

「電話には出るけど李仁の昨晩着ていた服はタバコと酒と女物の香水の匂い、シャツは口紅とファンデーションべったり……」

「……出るわ」

 李仁はスマホを手に取り電話に出る。


『李仁……どうしたの? 大丈夫なの?』

 不安げな声が聞こえてきた。

「ごめん、その……今は大輝の家。その……」

 何か言い訳をしようと李仁は言葉を考えるが思考能力は低下していた。


『いいよ、大輝くんのところなら……僕今から剣道場で稽古しに行くからゆっくりしてて。帰りは迎えにきて欲しいけど』

 心配そうな声から少し落ち着いたような湊音の声がして李仁は反対にエッ? と思ってしまった。


「……わかった。昼ごはんちゃんと作るから」

『もう用意したから李仁はやらなくていいよ』

「ミナくん……」

 李仁は電話が終わり、肩をガクッと落とした。


「さすがミナくん、いい奥様してるぅ。過去に何度も浮気されてたから免疫ついてたかもねー」

 大輝は笑いながらバナナを頬張る。


「私のしたことが……」

「てか大丈夫なの? 李仁」

「なにが?」

「その昨晩のバージン部下」

 李仁は確かに……とふとスマホを見るとメールが届いているのに気づいた。開くと案の定、麻衣からだった。


『課長……おはようございます。昨晩は申し訳ありませんでした。無事家に帰りましたか? 』

 心配しているメールであった。


「できる部下じゃん」

 大輝はメールを覗き見る。李仁は隠す。

「確かに新人の割には気が効くのよ」

 そしてメールはもう一通。


『路地裏でキス、うれしかったです。課長、また飲みましょう』

 李仁は頭を振ってメール画面を閉じた。それもまた大輝は見た。


「あーら、まだ李仁と? 危ないわよー」

「……う、うるさい! もう飲む場所変えなきゃ」

「てか飲みにいかなきゃいいのよ……て李仁、ミナくんいるのに見せて飲んでるの?」

 そう聞かれ李仁はビクッとした。


「い、いいじゃない。飲みたくなるわよ……」

 ふと頭の中で湊音がシバと連絡とっていることを思い出す。

 珍しく口籠る李仁を見て大輝はおかしいと感じる。元恋人ならではの勘の鋭さ。


「李仁、教えて。あなたは酒に呑まれることはなかった。それに飲み歩く、そして女に手を出しそうになる……なにがあったの?」

 大輝はいつもとは違う李仁に違和感を抱き問い詰める。


「……大輝……」

 李仁は大輝に観念し、抱きついた。








「そういうこと……李仁」

「そう……なんだ」

 ベッドの上で元恋人同士の二人は重なり合う。李仁は涙し、元恋人の大輝に抱かれる。年下だがとても甘えていたあの頃のように。


「大丈夫だよ、李仁……」

「大輝……」

 李仁は昼まで大輝と一緒にいた。

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