第8話 李仁の秘密
その頃李仁は大雨の中、書店回りをしていて雨が弱くなった頃に本部に戻った。
「課長、お疲れ様です。タオルどうぞ」
「ありがとう……雨降るならグレースーツ着るんじゃなかった」
李仁のところに部下の恵山早苗がタオルを持ってきてそのタオルで濡れたスーツを拭く。
グレーのスーツは所々濡れてシミになっている。
「課長、岐阜店の様子は……」
李仁は東海地区を中心に展開しているエメラルド書店の本社で働いている。
最初はアルバイトであったが本の配置やレイアウトや発注などとても優秀であったため、当時バーテンダーとしても働いていたが本部に異動になまたことでバーテンダーはやめて今では課長職についているが書店にいた経験と人脈と人懐っこさで書店周りもいまだにしている。
「そうだね……もうあの建物自体古いから解体の方向に向かっているらしい。あの跡地に再び商業施設建つかは未定」
「だとしたら岐阜店のテナントを探さなくてはいけません」
エメラルド書店の岐阜店は李仁がアルバイトをしていたところである。
駅前のモール内に入っていたが建物の老朽化で解体の噂が流れ、それを調査しに行ったところ噂は本当であったようだ。
「同じ市内でもモールと同じ規模のところは無いし、隣市だともう他の書店がそれぞれ入っている……独立店舗も建てるにはリスクがかかる」
「ですよね……ただでさえネットで本が簡単に買える時代だから」
「それなのよねぇ……」
仕事中はおねえ言葉を封印している李仁だがつい口から漏らしてしまうほど考え込む。
李仁は自分が働いていた店だからこそ愛着があるが完全撤退も考えなくてはいけないのである。
「早い時期から岐阜店の店員には異動や転職を促しておいたけど引っ越しのできない主婦や駅近ということで働いてた学生バイトさんはエメラルド書店の後が、なかなか見つからないと言ってた……」
頭を抱えて悩む彼のもとに新人社員の真衣がコーヒーを持ってきた。
「課長、おつかれさまです」
「ありがとう、真衣ちゃん……温かいコーヒー嬉しいわ」
「いえ……」
真衣は頭を下げて給湯室に戻る。その彼女を追って恵山も入る。
「真衣さん、私知ってるんだから」
恵山が給湯室の扉を閉めて唐突に真衣に話しかける。お局的な恵山の威圧に新人社員である真衣はたじろぐ。
「あなたが課長……李仁さんに恋心抱いてるの」
「そ、そんなっ!!」
「図星だー」
真衣は顔を真っ赤にする。恵山はさらに問い詰める。
「見ててもわかるわよ……視線は李仁さん。態度も丸わかり……まー本人は気付いているのか無いのか」
「……そんなことはないです」
「言っとくけど、李仁さんとは私長年店舗でバイト一緒にしててね、彼が入ってきた時から知ってるの。ゲイで既婚者だから……」
「えっ」
真衣は知らなかったようだ。李仁は指輪をしておらず、特に今は飲み会がないため、プライベートに関しては話していない。
「ゲイ……はともかく、既婚者……」
「そうよ。相手は男。同性婚ー。まぁ昔から彼はそういう子だって知ってたから……」
「……」
「失恋ね、残念……まぁ他の女子社員も狙ってるようだしー、既婚者と知ってても」
恵山は笑う。
「じゃあチーフは……」
と言う真衣に
「ば、バカ言うんじゃないよ。昔から知ってる仲だけどそんなんじゃないわよ」
と恵山は少し焦ったように言う。彼女は李仁より少し年上で、バツイチの子持ち。結婚出産もあったため数年のブランクがあり、いつのまにか後輩だった李仁にキャリアを追い越されてしまった。
「まぁともかく、新人中はうつつぬかさずにね。李仁さんはいいけども変な男に捕まらないように」
「は、はぁ……」
恵山が給湯室から出て行った。真衣は一人になり、とあることを思い返した。
先日一人で行った近くのバー。初めての給料でぜひとも言ってみたいと思って行った彼女。
その時、奥のカウンターに李仁がいたのだ。真衣がいたことも気づいてないようだ。
『声、掛けようかな……でもプライベートだし』
と思ったら、李仁の様子がおかしかったのだ。
一人泣いている、お酒を飲みながら。
真衣はハッとして見ないフリをした。だが目が合ってしまったのだ。いつも職場で見る顔ではない。李仁は目を逸らした。
真衣も目を逸らした。
その日の次の日、職場で声をかけた真衣だが李仁に
「昨晩のことは内緒で」
と微笑まれたのちに仕事を頼まれてしっかり話すことはできなかったと思い出したのだ。
「李仁さん、なんで泣いてたんだろう……」
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