魔王と銀竜②

 ズン――と体の芯まで響くような音をたてて地が震えた。


 しかし一向に予測していた“痛み”は襲ってこない。

 いぶかしんだアルは閉じていた眼を開いた。


「――え?」


 そこには胸部を大きな槍によって貫かれた銀色の竜の姿があった。わずかに虹色がかった不思議な光を放つ槍が、強硬な鱗すらものともせず背後から胸郭を穿ち、傷口から止めどない量の血液と魔力が流れ出ている。

 しかし致命傷にも等しい傷にもひるまず、竜は猛々しい咆哮をあげると長い首を背後にまわし火炎を吐く。


(……何かと戦ってる?)


 覆いかぶさるようにしてアルたちの頭上に陣取ったディルクウェットの巨躯によって、何が起こっているのかはわからない。

 ディルクウェットは、突然アルたちに襲いかかろうと竜化した。それを察したクリムたちが応戦しているのだろうか? いや、でも何か違うような――。


 そこでようやく、アルは自分たちが黒い靄のかかった半透明の膜のようなものの中にいる事に気がついた。


「これ……ウルドの使ってた、魔力の壁?」

「……違いますわぁ」


 忌々しげな声に視線を向けると、ロベリアが頭上を睨みつけていた。


「これは魔力を遮断する結界のようなものですわ。この中に入れられたら魔力探知にもかかりません。…………っく、外側がいけんを取り繕うだけの魔力しか残ってなかったくせに、こんな強度のものを張るなんて……!」

「待って……それじゃあ、ディルクウェットは……」


 不意を突いて襲いかかってきたわけではなかった。それどころか、魔力遮断の結界と自らの巨体によって何かからアルたちを隠そうとしている。

 しかし誰が、どうして? それにクリムたちは無事なのだろうか。


「彼らは無事だ。攻撃はここに集中している。しかし――これほどの力など……つ」


 ラーハルトがアルをかばうように前へ出る。

 ディルクウェットの肉体を貫いた槍の一本がその勢いのままにアルたちの頭上へ迫っていた。魔力壁が激しい火花をあげて光の穂先をぎりぎりでくい止める。


「騎士団の増援じゃ……ない?」

「まさか! いくら相手が魔族だとはいえ、すでに戦闘が終わっている状況で追い打ちをかけるような不心得者はいない!」


 苦悶の咆哮が響く。ディルクウェットの全身は無数の槍に貫かれ、傷の修復すら不可能なほどに弱り切っている。しかし銀色の竜は卵を守る親鳥のように見えぬ脅威へ怯むことなく立ち塞がる。


「ディルクウェット! アタシを出しなさい! 敵なら蹴散らしてやるわ!」


 まるで血を吐くようにロベリアが叫ぶ。

 しかしディルクウェットは頑として動かない。傷口から溢れ出した紅が大地を死の色に染めていく。


「アル様ぁ! お願いです! この結界を喰らってくださいませ! そうすれば助けに――」


 そこでロベリアがハッとしたように口を噤む。

 ディルクウェットの意図がわからない少女ではない。彼が残りの力を振り絞り、身を挺して守ろうとしているのはなのか。結界を破るということは、その想いを、行動を、無駄にすることだ。だからこそ少女は唇を噛みしめて堪える。


 もちろんアルもそのことは理解していた。

 しかし、納得できない。諦められない。せっかく全員が協力してここまでこぎつけたのだ。それを全部なかったことになんてできない――!

 アルは結界へと手を伸ばす。


「待って、て……ロベリア…………いま、これ、を…………」


 激痛が全身を貫き、ぐにゃりと視界が歪んだ。


(――あ? まって……まだ…………せっかく…………ロベリアの、家族、を……)


 アルの意識は闇に沈んでいった。

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