魔王と銀竜①

「あんた、自分の立場を分かっていっているのかしらぁ!?」

「……………………えぇ…………いったい、なにぃ……?」


 ぎゃんぎゃん、とロベリアが怒りまくっている。

 ディルクウェットの状態を確認しに行ったのだが、何があったのだろう。少女の声の感じからして、危険な状況ではなさそうだが――。

 アルはラーハルトに抱きかかえてもらい、ロベリアの元に向かうことにした。

 エーファとエレオノーラはクリムの手当てしている。本人の表情と反応が乏しいせいでわかりづらいが、彼女たちの見立てではずいぶんな重傷らしい。いくら頑丈で傷の治りが早いといっても、今は下手に動かさない方がいいとのことだ。

 もっとも、それはアルも同じ事なのだが。


「…………ロベリア……どうし、たの?」

「アル様、聞いてくださいませっ。この男ディルクウェット、アタシたちに敵対した分際で、頼みごとをしようというのですわぁ」

「…………たのみ、ごと……?」


 全身の痛みに顔を少ししかめる。ラーハルトはだいぶ気をつけてくれているが、それでもわずかな振動にですら激痛がはしる。頭もくらくらするし、そろそろ意識も限界だ。早く休みたいが、ロベリアたちをこのままにしておくわけにもいかない。

 視線をおろすと仰向けに倒れたままのディルクウェットと目があった。嵐の中乱れ狂う業火のような瞳は、綺麗な紅玉のように澄んでいる。傷も、腐り落ちていた部位も、外見上はすっかり癒えているようだ。

 ディルクウェットはぎこちなく身体を起こすと、アルの前に膝をついて頭を垂れた。


「――感謝する」

「……あ……うん……どう、いたしまして」


 憎悪のこもった雄叫びばかりぶつけられていたから、理知的で落ち着いた声音に戸惑ってしまった。


「その……頼み、って……?」

「ソイツ、自分の子供を探してほしいんだそうですの」

「子供?」


 ディルクウェットには双子の娘がいるのだそうだ。里が壊滅した日、乳母が生まれて間もない赤ん坊を連れて逃げたのだという。


「場所はわからないが、二人の魔力は感じられている」


 魔力は感じるけど場所はわからない。そんなことがあるのだろうか? それとも魔族の親子だからこその、繋がりのようなものでもあるのかもしれない。


 ――私にはそんな感覚はわからないけれど。


「ふん。頭が正気に戻ったのなら、自分で行けばいいわぁ。アタシたちがそんなことをする義理はないもの」


 ロベリアが口を尖らせて顔を背ける。

 どうにも少女はディルクウェットに対して必要以上に突き離す態度をとってしまっているようだ。血の繋がった叔父であり、少し苦手ではあったが嫌いではなかった相手、しかし里を滅ぼした両親の仇でもある。そんな複雑な事情がある以上、彼女が平静でいられないのも仕方のないことなのかもしれない。


「……それ、受けてもいいわ」

「アル様ぁ?!」


 驚きのあまりアルに飛びつきかけたロベリアをラーハルトが制止する。うん……いま体当たりされたら普通に死んじゃうからね、私。

 

「私は……魔王城いえを魔族たちに占拠されて、そこから大切な家族を助け出すために旅をしてるの……。そのついででいいなら、アンタの子供を探してあげる」

「……感謝する」

「けど、条件があるわ」

「…………」

「――あんた、一緒に来なさい」


 ロベリアとラーハルトの視線がアルへと集中した。

 ぎょっ、という擬音が文字通り音として存在したなら、さぞ盛大に鳴り響いたことだろう。


「……言ったでしょ。私たちは大量の魔族を相手にしなきゃいけないの。人手は多い方がいい」


 ディルクウェットは顔を伏せたまま沈黙している。地につけた拳がほんの微かに震えた気がした。


「……………………すまない。それには応えられそうにない」

「そう……ならいいわ」


 自分の娘の捜索をわざわざ他人に託しているのだ。きっとこの地を離れられない理由があるのだろうとは思っていた。だから断られたからといって頼みを拒否するつもりはない。


「でも、こっちはぜったい答えて。?」


 暴竜と化していたディルクウェットはその名にふさわしく、形をもった災害そのものだった。だが、意識を狂乱に支配されてもなお、里を戦場にしようとはしなかったことがアルにはずっと気になっていた。

 それに、垣間見たロベリアの記憶――その中でのディルクウェットという男の為人ひととなり。そして、“里が壊滅したあの日”に感じた違和感。


「……私が長としての役目を果たせなかったのは事実だ」

「そんな曖昧な言葉はいらない。私はアンタに責任を求めてるんじゃない。真実を聞いてるの。……アンタが自分の里を壊したの?」

「…………違う。里を襲ったのは私ではない」


 ビクリ、とロベリアの身体が震えた。


「じゃあ、いったい何が……」

「――魔王殿。ひとつ忠告を」

「……なに」

「貴方はとても高潔で大きな器を持っている。いくら我を失っていたとはいえ自身を害そうとした私のような者すら許し、その頼みを叶えようとしてくれるほどに。魔族らしからぬ、などというつもりはない。その精神性はとても尊いものだ。しかし、これだけはゆめゆめ忘れるな。すでに決着がついているからといって――油断はするものではない――!」


 ディルクウェットの姿が一瞬にして膨れ上がり、巨大な銀竜へと変じた。

 アルは何が起こったのか理解ができなかった。

 銀色の巨体が自分たちを押し潰そうと迫ってくる。

 私は何かを間違った?

 ディルクウェットはすでに暴竜ではない。戦いは終わったはずだ。

 なのに、なぜ――?

 背中に強い衝撃がはしり、激痛に思考と呼吸が一瞬途切れる。

 地面に転がったアルにロベリアとラーハルトが覆いかぶさる。しかしいくら鍛え抜かれた騎士と魔族とはいえ、この質量を相手に耐えられるものではない。


 迫りくる死を前に、アルは強く目を閉じた。

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