幕間 ~竜種の双子~

「グリュー、遊ぶのです」

「遊ぶのです」

「は、はいっ。ツァイザリス様、ツェザリス様」


 魔族の少年グリューは幼い声に呼び止められ、反射的に返事をする。

 振り返れば、瓜二つな顔をした二人の少女がじっと見上げていた。

 身体が触れ合いそうな近さに思わず後ずさりつつ、ひきつった笑みを浮かべる。


「お、おはようございます…………何をして、遊びましょうか……?」


 双子の少女たちは、読み取りづらい表情で、これまた抑揚の少ない幼い声をそろえて――


「「殺し合い」」

「いやいやいやいや、ダメですダメですっ」


 必死に否定するグリューの様子にツァイザリスとツェザリスは左右対称に首を傾げる。


「なら切り飛ばし合い?」

「ならぎ取り合い?」

「「先に手足がなくなった方が負け」」


 寸分ずれることなく物騒な発言をする双子に「無理ですよぅ」とグリューは泣きそうな声を出した。

 ツァイザリスとツェザリス、この二人は年齢にして十歳程度で魔族の中でもひときわ幼い。体格は小柄なグリューよりもさらに頭一つ小さく、同年齢の人間と比べてすら線も細いだろう。しかしそんな少女らに対して、グリューは頭があがらない。

 なぜなら彼女たちが純血の竜種だからだ。

 ほとんどの魔族が動物から魔物を経由して変化していくなか、竜種だけは『竜種』として生まれ、竜種として育つ。魔族の中で唯一、種としての群れをもつ『種族』である。その強靭な肉体と魔力量はすさまじく、幼体ですら並の魔族をしのぎ、長命の竜種ともなれば魔王に届き得るのではないかとすら噂されている。

 年齢こそ彼女たちの倍はあるグリューだったが、魔物から魔族へと変化してようやく二年の身では敵うはずもなかった。


「なら、なんならいいのです?」

「なんならいいのです?」


 ツァイザリスとツェザリスがれたように翼を広げる。本人たちは無意識の感情表現なのだろうが、羽で撫でられただけで即死しかねないグリューとしては気が気ではない。

 だがこのまま沈黙していても待っているのは致死率激高な死亡遊戯だ。身体的にも魔力量でも絶望的な格差があるため、単純な勝負事では相手にならないどころか命にかかわる。どうにか平和的な遊びを提案しなければ――。


「……か、かくれんぼ……とか……」


 苦し紛れに絞り出した答えだったが、グリューは心の中で自分の膝を打った。これならば追いかけたり力比べをする必要もない。どこかに大人しく隠れている双子をのんびり探すだけだ。

 問題はすぐに切ったりいだりしたがるこの二人が納得してくれるかだが。


「どう、でしょう……?」


 冷や汗をかきながら反応を待つ。

 双子は無表情でグリューを見上げていたが、やがて「わかったのです」と言うなり姿を消してしまった。


「あ! 隠れる場所はお城の中だけですよ! グエン様や四天王の方たちの私室もダメですからねー!」


 慌ててグリューは声をあげる。

 はたして聞こえただろうか?

 魔の森にでも隠れられたら探し出せる自信がない上に、危険きわまりない。

 主に自分グリューが。


 魔族なのだから当然他の生き物に比べればずっと強い自覚はある。むしろグエンたちに出会うまでは自分が最強だと思いあがっていたくらいだ。

 まあ、そんなものは早々に砕かれたのだが。


 魔族になってたった二年だが、その中でグリューがつくづく思い知ったことが二つある。


 一つ目は、自分は魔族の中でも最底辺であるということ。出会う魔族は誰も彼もずっと格上で、魔の森の生き物は魔物のくせにとてもではないが敵う気がしない。五体満足で魔王城までたどり着けたのは、ツァイザリスとツェザリスが守ってくれたからに他ならない。


 二つ目――グエンは化け物である。

 四天王をはじめ、彼の周囲にいる魔族はどいつもこいつもとんでもない力を持っている連中ばかりだが、グエンだけは別格すぎる。きっと配下の全員が一斉に反旗を翻したところで歯牙にもかけないだろう。

 あれで魔王ではなく“いち魔族”だというのだから信じられない。それなら本物の魔王は、いったいどれだけ恐ろしい怪物なのだ。


 正直、縄張りに侵入されたからといって、あんなの相手に喧嘩を売ろうとした自分はどうかしていた。

 腰を抜かして地面にへたり込んだグリューにツァイザリスとツェザリスが興味を示してくれなければ、小石のように蹴飛ばされて長くもない生を終えていただろう。


――なーにやってんだ、お前ら?

――尻尾モフモフ。

――モフモフ。


 尻尾にまとわりついて離れなくなった双子を呆れたように眺めていたグエンに「んじゃ、お前も来い」と首根っこを掴んで強制的に連れて行かれ、いつの間にか魔王城に入ることになるなんて、あの時は想像もしていなかった。


 今じゃ牙もすっかり抜けて、双子のお守り役だ。

 とはいえ『直接的』な遊びに付き合えるわけもないので、そちらはグエンがもっぱら対応していたのだが、どうやらここ最近は調べもので部屋にこもっているらしい。だからか少々双子の鬱憤うっぷんが溜まってきている。

 幼いせいで加減のわからない竜種を平然とあしらうなど、グエン以外にできないので仕方ないといえば仕方がないのだが……。


「なにかいい方法考えなきゃなぁ……」


 雑用係に飼い犬替わり。自分がその程度の扱いなのはようく理解している。

 だがまあ、別に不満はない。命の危険はあるが生きている以上はどこにいても同じ事だし、衣食住についてはずっと恵まれている。

 それに、振り回されて気苦労ばかりかけてくる双子だが、別に嫌いではない。どころか何故か親近感すら抱いている。グリュー自身、どうにも不思議なのだが、いくら頭をひねっても心当たりがない。


 何はともあれ今は――と気持ちを切り替え、グリューは鼻をひくつかせる。

 特技というほどでもないが、探し物は得意だ。

 どうやら、ツァイザリスとツェザリスはちゃんと城の中に入ってくれたらしい。


「見つけやすい場所にいてくれればいいんだけどなぁ――」


 あの二人に限ってそれはないよな、とグリューは苦笑した。



   * * *



「おー、シロイヌじゃんか。どした?」


 豪奢な両開きの扉から顔を出したのは四天王の一人、刻死無双こくしむそうだった。

 グリューは内心で胸をなでおろす。もとになった動物の種が近いせいか、刻四無双は四天王の中でも接しやすい。

 シロイヌとはグリューの尾がふさふさとした白色であることから刻死無双がつけたあだ名だ。あまりに安直すぎて「それは本当にあだ名か?」と第三者には言われたりもするが、つけた本人は心底良い名だと思っているらしく、それを理解しているグリューも素直に受け入れている。


「ええ、ちょっと…………って、大丈夫ですか?」


 もともと肉食獣然として目つきの鋭い刻死無双だが、今はくっきりと刻まれたくまと充血した眼が加わって、血に飢えた狂戦士の如き様相になっている。


「あー……ちぃっと行き詰っててな……」


 牙をむき出して呻く刻死無双。その背後には他の四天王の面々が卓を囲っているが、似たり寄ったりの有り様だ。

 よほど重要な会議でもしていたのだろう。


「勇者の居場所がわかったからその対応と、俺たち五人の呼称を決めてた」


 …………そこ同列で扱っていいものです?


 後者の議題については、どうやら誰かが「四天王なのに五人いる」という点に突っ込んだらしい。

 言動に少々癖のある面々だが、さすがに魔族の天敵である『勇者』への対応をおざなりにするはずがない。おそらく『呼称』は前座。そして今は本題である勇者対策に難航しているのだろう。この面々がこれだけ頭を悩ませているということは、それだけ勇者が厄介ということか。


「……勇者については一瞬で解決したのですが……呼び名を決めることがこれほどまでに困難とは……」


 勇者が前座で『呼び名こちら』が本題だった。

 呻いたのは枢闇黒すうあんこくことバーゲストだ。普段はきちんと切りそろえられた金髪と整った顔立ちで貴公子然とした魔族なのだが、衣服はくたびれ髪も乱れて見る影もない。


「モウ……三日目、カ」


 糺連砲凍きゅうれんほうとうが力なく呟く。いつもは山のような巨躯が心なしか縮んでいるように見える。

 

「くそっ、四天王以上のかっこいい呼び名なんて思いつかねーよっ!」


 敵対した魔族の大群に囲まれた時にすら見せなかった刻死無双が絶望の叫びをあげる。


「お三方。おそらくはこれが生みの苦しみと言うものです……ここを乗り越えれば、きっと妙案が……」


 いまにも力尽きそうな程に声を震わせながら毒酸幻だいさんげんが弱音を漏らした三人を鼓舞する。


「魂の真名を得るには……まだ時の試練が必要……」


 天崩てんほうが冷静に言葉を紡ぐ。が、よくよく観察してみればうつらうつらと舟をこいでいる。


 ここに集っている五人は、グエンを除けばグリューが旅の中で出会った魔族の中で最上位に位置する。伊達に“魔王の腹心”を名乗っていない実力者たち――なはずなのだが、どうしてただの呼称を決めるのにそろいもそろって息も絶え絶えになっているのだろう。

 グエンも何を考えているかわからないところはよくあるが、実力者とはこういうものなのだろうか。


「ええと……五人衆とか五大将軍みたいなのじゃ、ダメなんですか?」


 グリューの何気ない発言に、微妙な沈黙が流れた。室内の全員がソワソワと視線を泳がせている。


(あー、これ、始めの方に真っ先に出たけど却下されたんだろうなー。で、結局いい案が出てこないからそっちで妥協したいんだけど、多分安直とか厳しい評価しちゃったせいで採用できなくなったやつだ)


「い、いや、もっと、こう……葬焔グエンの配下に相応しい魔族としての呼称があるんじゃないかと……ね?」


 バーゲストが躊躇ためらいがちに声をあげる。それに「お、おう」「そう、だな」など力のない声が続く。

 どうにも袋小路で沼にはまりこんでいるらしい。

 グリューとしてはこの部屋を調べさせてもらいたいだけなのだが、この雰囲気の中で我関せずと家探しをするわけにもいかない。


(こういうのは考え過ぎず、パッと適当な単語をつないだほうがいいと思うけど……)


 例えば、とグリューは先ほどのバーゲストの言葉を反芻してみる。

 葬焔……配下……魔族……五人……。


「――葬魔五刃そうまごじん


 ポツリと呟いた単語に、室内の空気がザワリと波打った。


「シロイヌ……いま、なんつった……?」


 格上の魔族たちから一斉に血走った眼を向けられ、グリューはしどろもどろになって答える。


「す、すみませんっ。僕みたいな雑魚魔族が余計なことを言いましたっ!」

「あ? なに言ってんだ。どんな理由でも葬焔と敵対して生きてる時点でテメェはスゲーんだよ。強いとか弱いとかそんなモンは気にすんな」


 グリューからすれば雲の上の相手から予想もつかなかった言葉を不意打ちでかけられ、一瞬思考が飛んでしまった。

 つい緩みそうになってしまう口元を必死に引締める。


「おう、シロイヌ。ボッとしてねーで、さっきのをもう一回言ってみろ」

「は……はいっ。ええと『葬魔五刃』です。『葬る』『魔』に『五つ』の『刃』……って枢闇黒様の言った単語をつなげただけなんですけど……」


 痛いほど張り詰めた雰囲気にグリューの声は尻すぼみになってしまった。

 これは失敗したかもしれない。誰かの提案と被ってしまったのか、それとも何かしらの禁句が混じってたのか……。


「シロイヌよぉ……やるじゃねぇか!」


 バン――と肩を叩かれた瞬間に口から心臓が飛び出そうになった。


「なるほど。確かに我らは葬焔の片腕であり『五指』です。それを刃に例えるとは。これならば、葬焔の『腹心』であり敵を葬る『魔の刃』であると二つの意味を同時に持たせられる。おお、なんと……なんと素晴らしい!」


 枢闇黒が天井に向かって快哉を叫び、他の幹部たちも口々に太鼓判を押してくる。本来なら喜ぶべきところなのだろうが、数日間缶詰だった部屋と面々の惨憺さんたんたる有様を目の当たりにしていると、むしろ「ものすごく評価してもらってるところ悪いんですけど、本当に大丈夫ですか? これただの思いつきですよ? 徹夜明けの勢いでわけわかんなくなってません?」と真剣に心配になってくる。今なら誰の案ともかぶらなければ『びっくり五人組』とか言っても採用されそうだ。


「いやー、助かったぜ。これでようやく勇者の方に取り掛かれるってもんだ」

「そういえば、対応はすぐに決まったって言ってましたけど?」

「おう。枢闇黒の旦那が掴んだ情報で、ハリムの街にいるらしくってな。誰と誰がちょっかいかけに行くかをクジで決めた」


 ちょっかいて。勇者の扱い雑すぎじゃないだろうか。

 言葉にはせず苦笑いを返していたグリューだったが、ふと、刻四無双の言葉に引っ掛かりを覚えた。


「二人で行くんですか?」


 グエンを頂点として集まってはいるが、我らは魔族である。共闘をするよりも個々の強さこそを誇っているはずだ。

 グリューの言わんとすることを察した刻四無双が、声を潜める。


「双子には内緒にしとけ。どーもハリムの街付近の山に暴竜が出たって噂があるらしい」


 状況次第では勇者だけでなく暴竜を目当てにした冒険者や騎士団、はてはその暴竜すらも相手取る可能性を考慮しての『二人』のようだ。

 ツァイザリスとツェザリスには秘密に、というのは、双子の故郷である“竜種の里”が暴竜によって壊滅したらしい、という話を意識してのことだろう。それがハリムの街付近の山岳地帯にあったとも言われているが、これはあくまで彼女たちを連れていたグエンによる推測にすぎない。

 グエンが双子と出会ったのも、隠れ里の壊滅からそれなりの年月を置いて別の場所でのことだったらしい。ツァイザリスもツェザリスも自身のことを誰にも語ろうとはしないので、真実はわからない。歳にして三つ四つ頃のことだから記憶にない可能性もあるだろう。

 何にせよこれは、いまいち思考と行動が読みづらく最近鬱憤を溜めこみ気味の双子が、この情報を聞いた時にどういう行動を起こすか予測できないが故の用心だ。


「あ」


 そこまで理解したところでグリューは本来の用事を思い出した。

 会議室ここにやって来たのは、この室内から双子の匂いが強くしていたからなのだと――。

 急いで刻四無双たちに注意を促そうと口を開いた瞬間、何者かに身体を掴まれた。



   * * *



「な――」


 刻四無双は眼前で起きた出来事に、頭が追いつかず一瞬茫然とする。

 竜種の双子がどこからともなく現れて、シロイヌグリューさらって行ってしまった。


「あいっつら、どこに居やがった!?」


 廊下へ飛び出すが、もう影も形もない。


「オソラク、イツノ間ニカコノ部屋二潜ンデイタノダロウ」


 糺連砲凍きゅうれんほうとうの言葉に、グリューがやって来た理由を遅まきながら理解する。


「あんの馬鹿、さっさと要件を言えってんだ!」


 悪態をつきはしたが、あの双子の侵入と隠密に気づけなかった自分たちにこそ非があるのは十分すぎるほどに自覚していた。


「しゃーねぇ。天崩てんほう、追いかけんぞ」

「え、ボク?」

「クジで勝ったのは俺ッチと手前ぇだろうが。双子が今の話聞いてたんなら、どうせハリムの街に行ったにちげーねぇ。アイツらの速さに追いつくのはキチィが、最悪、面倒を起こす前に捕まえられりゃあいい」


 ようやくひと眠りできると安堵していたところに休みなしの労働を突きつけられ絶望の表情を浮かべた天崩だったが、状況が状況である。数秒の逡巡の後、不承不承頷く。


「ってわけですまねぇ、旦那方。葬焔の大将にはうまく言っといてくれ」

「…………行ってきます」


 疲労と眠気のあまり普通の口調になっている天崩に、枢闇黒たちは同情の視線を向けたが、やむなしと彼らを送り出す。

 この二人が葬魔五刃で最も速度に秀でているのだから。


 こうして二人の竜種と三人の魔族が、ハリムの街へ向けて魔王城を発った。

 時期にして、アルとロベリアが暴竜討伐へ向かった数日後のことである。

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