魔王と魔族討伐①
拝啓、ウルド様。
いかがお過ごしでしょうか。
私は今、ハリムの街の南にある山のど真ん中にいます。
エレオノーラとの勝負はビックリするほど完敗でした。
始めはいい勝負をしていたと思ったんですけどね、気のせいだったみたいです。気がついたら負けてました。
仕方がないから約束通りエレオノーラの言ってた魔族の討伐に駆り出されたわけなんだけど、ちょっと聞いてほしい。
クリムとエーファは今回討伐対象になってる魔族とは相性が悪いとかって留守番になりました。
ついでにエレオノーラが稽古をつけるんだとか。
いや、
そう文句を言ったら「あとで追いつくから心配すんな」って頭をぱしぱし叩かれました。
別に心配とかじゃないんだけど。
かれこれ十日経ってるんだけど、本当に来るんでしょうね?
昼間は移動、夕刻前に野営の準備とラーハルト相手に模擬戦やって、寝る前にロベリアに魔力の使い方を教えてもらってる毎日です。
ふっふっふ、まじめにやってるから驚いた?
褒めてくれてもいいのよ?
けれどこのラーハルト。教えるのが壊滅的に下手。『習うより慣れろ』って言うか、実践じゃなくて実戦派。模擬戦なんて、戦って、気絶させられて、戦って、気絶させられての繰り返し。何にも教えてくれないから、どうやって気絶させられないようにすればいいかはこっちで考えなくちゃいけないの。
ロベリアは少しずつラーハルトの動きについていけてるみたいで、昨日褒められてた。
動きとかしゃべり方がちょっと大げさで鼻につく時はあるけど、悪い奴じゃあなさそうなのよね。移動中とか野営の時はさりげなく気を使ってくれてるし、裏表があんまりない感じがする。
教え方がアレなのは、師匠がエレオノーラらしいから、そっちの影響が大きいのかも。
あ、私も褒められたのよ?
魔力運用の練習を始めてから少し体力と防御が上がったねって。
へへん。
ま、模擬戦じゃ一瞬で意識刈り取られるから頑丈になった実感なんてまっっっったくないんだけどなっ!?
それに比べて、ロベリアは教えるのとってもわかりやすくて丁寧で上手なの。
魔族は当たり前のように魔力を扱ってるから、そのやり方を教えるって随分難しいんじゃないかと思うんだけどね。
ほら、どうやって息をしてるのかって聞かれてもわかんないじゃない?
ロベリアは自分が他の魔族とは生い立ちが違うから、なんて少し複雑そうに言ってたけれど、あれはどういう意味だったんだろ。
この子、最近少しソワソワというか、ピリピリしてるみたいでちょっと心配です。私と話したりしてるとそんな素振り見せないんだけどね。
さて、そろそろ時間かな。
じゃあね、ウルド。元気でいてくれてると嬉しいな。
あと本棚の本読むのはいいけど、私の個人的な手記はもし見つけても絶対に読まないように!!
え、魔王城の隠し部屋にいるはずのウルドに手紙なんて書いて意味あるのかって?
うんうん、いいところに気がついた。
まったく意味なんてないねっ!
だってこれ、ぽかぽかと陽の当たる書斎でのんびりと手紙を書いてるっていう
あっはっはっはっは、我ながらヤバいなぁって思う!
だって山歩きホントきつい。訓練しながらとかどんな拷問よ。
寝てる間くらい現実逃避したいっての!
はぁ~あ……あとでロベリアぎゅっとしよう。
* * *
「…………ん」
「気がつかれましたかぁ、アル様」
幼い声に導かれ顔を上向かせると、星空を背にロベリアが心配そうに覗きこんでいた。
後頭部が柔らかい、どうも膝枕をされているらしい。
(……なんか身も蓋もない夢見てた気がする)
ラーハルトとの模擬戦による、う何度目かもわからない気絶である。
まったく、もう少し容赦というか手加減してほしい。これじゃあ訓練の意味がない。
いや、もしかして手加減しててこれなのか?
ううん、それはそれで問題だわ。
それはそれとして――
むっくりと上体を起こして、ロベリアを手招きする。
「?」
首を傾げつつも律儀にとてとてと正面に回って来た少女をアルはキュッと抱きしめた。
髪はふかふかとして、体温は少し低いけれどほんのり温かく、柔らかい。
すごく、いい、抱きごこち。
(………………ちょおっと臭いがあるのは仕方ないね。多分私も似たようなものだろうし)
ここにはお風呂なんてないから、川や湧き水のある場所を見つけた時に水浴びをするか、湿らせた布で身体を拭くしか汚れを落とす方法がない。二日三日汚れたままなんて当たり前だ。
「アアアアアアル様ぁ?」
うろたえた声をあげつつも、大人しくじっとしているロベリア。
アルはしばらく少女の赤毛に頬を重ねる。
「よっし、気力回復~。ありがと、ロベリア。ごめんね、臭くなかった?」
「いいいいいいいえ、こちらこそ、というか何というかぁ…………アル様は汚れていてもとても良い香りですわぁ。それを理解できない愚か者は燃やしてやりますのぉ」
「うん、それはやめて」
物騒な発言をやんわりと制止する。そんなに誰にも彼にも匂いをかがせたくはない。
ロベリアは顔を真っ赤にして少しふらついている。
んんんん? あれ? もしかして、息を止めるほど臭かった?
飲み水がもったいないけれど、身体を拭くくらいはした方がいいかもしれない。
「らいじょうぶれすの! なんなら、お命じくだされば汚れくらいお舐めしますわぁ!」
「うん、それは本当にやめて」
割と深刻な酸欠かもしれない。
のぼせたような状態でうわ言を口ずさむロベリアをどうにかなだめ、ようやく二人は一日の締めである魔力運用訓練に入った。
内容は少量の魔力を
ロベリアが小さな手をアルに差し出すと、仰向けた手の平から小石ほどの真っ黒な魔力の塊がぷかりと浮かんだ。
アルはゆっくりと手を近づけると、黒い塊に触れる直前、魔力はひゅんと指先に吸い込まれてしまった。
「うっく」
体内に魔力が飛び込んだ感覚に、アルは小さく呻く。なんというか、ちょっと大きめな食べ物を噛まずに無理やり飲み込んだ感じだ。
本来なら指先からゆっくりと少しずつ吸収していくのだが、加減を間違うと今のように塊のまま取り込んでしまう。少量とはいえ魔力に慣れていないアルにはそれだけでも負担になる。
「だ、大丈夫ですか、アル様ぁ?」
「だいじょうぶ」
しっぱい失敗。最近はうまくいってたのに。やはり夢見が悪かったせいでちょっと動揺してるのかもしれない。
深呼吸をして、ロベリアが再び出した魔力球に手を近づける。
「指先に穴、というか口のようなものがあると想像してくださいませ。そこから水を少しずつ飲んでいくような、あるいは空気を細く長く吸っていく感じですの」
ロベリアの助言に従って、指先に意識を集中させる。
一気に吸い込むんじゃなくて、ゆっくり、少しずつ――。
球形をした魔力の輪郭が微かに揺らぎ、煙が風に流れるように次第に細く細く崩れる。糸のようにほぐれた魔力は指先へと溶け込むように吸い込まれていく。
「それにしても――」
ロベリアが少しためらいがちに口を開いた。
できるだけ意識しないでも魔喰ができるように、練習中はあえて雑談をするようにしている。
「アル様が
――このままなら、お前のせいでクリムたちはみんな死ぬよ。
つきりとした痛みと共に、エレオノーラの言葉が蘇る。
首元に刃がかすかに食い込む感覚。
ためらわず武器を手放す仲間たち。
口からこぼれた力ない降伏の言葉。
胸を締めつけられる苦い苦い――
唇を噛みしめそうになる後悔を振り切り、そのとおりだよ、とアルは苦笑する。
しんどいのも痛いのも大っ嫌い。そもそも私は部屋にひきこもって本ばっかり読んでるだけの小娘だったのだ。陽の光なんて浴びる気もなかったし、今すぐにでもその暮らしに戻りたい。魔王退治だって、ウルドがお城に残ってなくて、誰かがやってくれるって言うんなら諸手を挙げて丸投げする。
だけど、それでもここにいるのは、こんなダメな自分に付き合ってくれる友人たちがいて、そんな彼らが犠牲になってしまうのが怖くなったからだ。
それを口にすれば「兵や部下などいくらでも使い潰しなさいませ。それが王というものなのですから」とロベリアやウルドは言うのだろう。彼女たちは、
それができないから私は王じゃないんだよ――なんて言い訳を頭の中でしてみる。
だがそんな薄っぺらな言葉で二人は納得しないのはわかっている。きっとクリムやエーファも同じだろう。
なら、せめて少しでもマシになろうと思ったのだ。十数年間ずっと家にこもりっぱなしで運動不足の小娘が
だからってこんな所に送り出したエレオノーラへの不満はなくならないけどねっ。
本当にちゃんと来るんでしょうね?
どうせならこんな山の中で汗と土にまみれるよりも、クリムたちと一緒に街で訓練したかった。あっちなら少なくとも寝る場所にも食べ物にも困らない。
エレオノーラ曰く「
……………………よくわかってるじゃないか、ちくしょう。
「よし、成功」
魔力の玉を取り込んで、アルはホッと肩の力を抜く。
「手からでしたら魔喰は問題なく行えそうですわねぇ。アル様、そこの木で試してみてくださいませ」
「木に? できるの?」
練習でモノに対して魔喰を使うのは初めてだ。それに、人間と同じで魔力をほとんど持っていない動物や植物には効果がないと思っていたけど……。
「効果が薄いだけで、まったくないわけではありませんのよ。魔力依存の低いヒト種などでも“活力”を奪うくらいはできるはずですの」
「元気を吸い取るってコト?」
春から夏にかけては魔物だけではなく動植物が活性化する。それは単純に温かくなったからという理由もあるが、季節にあわせ大気中に増えた魔力が影響を及ぼしているためだといわれている。魔物や魔族でなければ魔力を吸収することはできない。だがそれは“意図的に”できないというだけで、人や動植物もごく微量ではあるが自然に魔力を取り込んでいて、それが活力の素になっているというのだ。
つまりヒト相手であっても、魔喰を使えば牽制程度の効果はある。
「そのとおりですわぁ。何者であっても生きている以上、魔喰は有用ですの。特にこの地域は魔力が濃いので、はっきりと効果が表れるはずですわぁ」
ロベリアの指示に従って、一番近くにあった木の幹に右手を当てる。樹皮はごつごつと硬い。これだと手から“息を吸う”感覚を意識するのは難しそうだ。
(なら、
指から、手の平から、水を吸い上げるように少しずつ魔力を呑み込んでいく。
手を離すころには、目の前の木は枯れたように
「うっわぁ……」
予想以上の効果に思わず声が出た。
「魔力濃度が低い場所なら葉っぱに艶が少々なくなる程度だと思ったのですがぁ。この辺りは魔力依存がかなり高いということですわね」
「それって、魔物化してるってこと?」
「このくらいなら魔力の多い植生にありがちな範囲だと………………いえ、でも確かにこの山だけ魔力が高すぎる? 昔は…………どうだったかしら…………」
なんとなく投げかけた疑問だったが、ロベリアは口元に手を当てて考え込んでしまった。いつになく深刻な表情に、アルは何か余計なことを行ってしまったのかと心配になる。
その様子に気づいたロベリアが「きっとアタシの気のせいですわぁ」と苦笑する。
「それよりも、お見事でしたぁ。お身体の方は問題ありませんかぁ?」
「うん、大丈夫そう」
「だいぶ魔力に馴染んだようですわねぇ。これなら魔力をどんどん取り込んでも平気なはずですわぁ」
「え、ホントに? 胸やけしない?」
「はぁい。防御や攻撃に活用するには別の練習が必要ですけれど、体内の魔力が多いほど疲れにくくなりますわぁ」
「んー、小さな塊でも一気に飲むと“うっ”てなるんだよねぇ」
アルがどことなく薬を嫌がる子供の用に顔をしかめた。
「ですが、アル様。巨大魔猪は一瞬で吸収してましたわよぉ?」
「えっ、うそ」
ロベリアが言っているのは、前に勇者の実家で魔族たちと戦った時のことだ。
頭に血がのぼってた時のことだから全く覚えてない。
ということは、それも慣れればどうにかなるのだろうか。
「あと考えられるのは……塊で飲み込んだ魔力――というか、一息に大量の魔力を取り込んだときに今のアル様が“つっかえてる”と感じるのは、変換が上手くいってないせいかもしれませんわねぇ」
「変換?」
「ようはちゃんと吸収できてないということなんですけれども」ロベリアは少しだけ考えるそぶりをして「魔族の魔力にはそれぞれに属性がありますの。アタシやグエンが本気の魔力攻撃を行ったときに炎が生まれるのは、属性が火だからですわぁ」と続けた。
魔力とは、それ自体に属性はなく、非常に移ろいやすいものらしい。
「例えば、密閉したビンに入れられた魔力があると考えてくださいませ。その魔力はまったく属性を付加されていない、いわば“無”の状態ですの。そのビンを焚き火のそばに持っていけば中の魔力は火の属性へと変わり、川なら水の属性へと変化する。そんなふうに思っていただければよろしいかとぉ。それと同じことが
“変換”とは称しているが、実際は自身が変えているのではなく、取り込んだ時点でその魔族の属性に変化している、と言った方が正しいらしい。
アルが魔力に慣れていないために、その変換がまだうまくいっていないのではないか、というのがロベリアの考えだった。
「魔喰は通常の魔族とは比べようもないほど莫大な魔力を一瞬にして吸収する技ですので、なおさらなのでしょうねぇ」
魔猪との戦闘時、魔喰でその巨躯を一瞬にして呑み込んだアルは、続けてその魔力を放出して昆虫型の魔族を消し去っている。
しかしこれは意図的に行ったのではなく、実は思わず吐き出してしまったといったほうが正しい。
魔喰は魔王のみが持ちうる唯一絶対の能力である。だが魔王城を追い出されるまでアルはこの力を使えず、その存在すら知らなかった。そんな彼女が魔喰を行使できたのは、クリムやエーファが窮地に陥ったことで感情が暴走したが故である。
我を失ったことで魔王としての本能が肉体に刻まれた
つまり、取り込めず溢れた魔力が“砲撃”という形となっただけなのである。
「そりゃあ、一軒屋ほどの魔猪をまるまる飲み込もうとしたって、できずに吐き出すわよね」
本来ならすんなりとお腹にいれるためによく噛むものだ。けれど、一切の咀嚼をせずに飲み込めば、そりゃあ消化もできないしお腹ももたれる。アルはこの“噛む”という行為ができてないのだ。
「少しずつ吸っている分には問題ないようですので、やはりこちらも慣れなのでしょうねぇ」
「なるほどね。……ちょっと話が変わるけど、エーファが火のついた角燈を持ってるのって、魔力の属性に関係あるの?」
「ご慧眼ですわぁ、アル様」
ロベリアが感心したようにポンと手を合わせた。
ちょっとこの辺りウルドに似ているかもしれない。
それとも、人にものを教えてるとみんなこんな感じになるんだろうか。
「精霊術も理屈はおんなじですわぁ。同じ属性がそばにないと基本的には使えませんの。風や土であれば常に周りに存在してますので、何の準備もいらないんですけれどねぇ」
「そっか、火は自分でおこさないといけないし、水だってドコにでもあるわけじゃないもんね」
砂漠のように火種も水もない場所では、一切その属性の術は使えないことになってしまう。
だから自分の得意な火属性をどこでも扱えるように、エーファは角燈を持ち歩いてるのだ。
「術師に土や風の属性使いが多い理由ですわねぇ。修得と使役が比較的楽なので、見習いは基礎として真っ先にその二つを覚えるらしいですわぁ。そのままずっと扱うこともあって、必然その二つが得意になるものなんですけれど、どうもエーファは苦手なようですわねぇ」
師匠であるハスタも「火の精霊術はちょっとしたものだけど、他はまだまだ」と言っていた。
「もしかして砂虫倒したとき、エーファとロベリアが作った精霊術がものすごく強かったのって、属性が同じだったから?」
「はぁい。ちょっと
「んー、魔力って何でもできるって印象があったんだけどなぁ。けっこう得手不得手や相性みたいなものがあって、そこまで万能ってわけじゃないんだね」
「どうでしょうねぇ。歴代の魔王の中にはありとあらゆる魔法を使いこなし無から物質すら作り出した、なんて話もありますし……」
そういえば、魔王が作り出した魔剣の伝説とかそんな本を読んだことがある。
「じゃあ、やっぱり魔力って万能?」
「あくまで魔王限定で、ということかもしれませんわねぇ。なんたって“魔の王”ですので。アル様もいずれはお城くらい魔力で作ってしまえるようになるかもしれませんわぁ」
「む、それはいいわね」
自分の理想の部屋とか建物が簡単にできる。クリムの家でトイレや風呂を一つ作るのにずいぶんな時間と手間がかかるのを体験しているアルにとって、それは実感のこもった「すごい」だ。そう考えれば、魔力を練習することに期待も膨らんでくる。
「……でも、まずは魔力の運用できるようにならないとだよねぇ」
はぅ、とため息をつく。まともに魔力を取り込めないのに、何かを造りだすなんて夢のまた夢だ。
ちょっとずつ上達はしているんだろうけれど、地味なのだ。はっきり「できた」とわかる成果があれば、もう少しやる気も出るのだが……。
「むぅ~……あっ、ねぇねぇ。今度は魔力の塊じゃなくて、火、出せる?」
「火? 火属性の魔力ですかぁ? ええと…………はい」
突然の提案に戸惑いつつ、ロベリアは手の平に小さな火を生み出す。
アルはそこに両手を近づけると「んっ」と魔喰によって火を吸い込んだ。
「ん~……はっ」
しばらく止めていた息を吐き出すと同時に、今度はアルの手の平から火の玉がぽうんと出てきた。
ロベリアは、アルが火属性の魔力放出を使ったのかと目を丸くしたが――
「これは……アタシの魔力ですわね?」
「うん」
魔力は体内に取り込んだ時点でその魔族の属性に変換される。だから、アルが放出した魔力はアルの属性に変化しているはずだ。実際、魔猪やグエンの片腕を喰った時に攻撃として使用された魔力は変換しきれていなかったとはいえ無属性にまで中和されていた。
いや――とロベリアは否定する。最後の最後、グエンが一行を吹き飛ばそうと放った攻撃に対しては、火属性を帯びた魔力をそのまま打ち返していた。つまり、その時と同じことを、アルは実践したのだ。
「へへぇ、どう?」
「ええ……とても驚きましたわぁ。理屈では正直ありえないことですもの。どうやったんですの?」
「えっとね、酒場でご飯食べた時に、隊商の人たちが大道芸やってたじゃない」
ご飯――というか酒盛りですっかりできあがった男たちが、一発芸と称して各々の特技を勝手に見せ始めたのだ。様々な人間が集まっていることもあり、手品だの大道芸だのと多種多様多彩だった。中には細長い剣を
「そうそう、剣の人いたよね。それと、生きた魚を呑み込んで、それをそのまま鉢の中に戻し――」
「アル様」
がっしりとロベリアに両肩を掴まれた。
「魔喰を文字通り“口から食べる”こととして先に例えたのはアタシですし、先ほどのアル様の発想と技術は本当に素晴らしいと思うのです。ですけれどぉ――」
わずかな逡巡を瞳に表したのち、ロベリアはきっぱりと告げた。
「さすがに淑女の行動の例えとしては印象がよろしくありませんわぁ」
ぶっちゃけ汚い。
「――やっぱり?」
とりあえず、着想元はともかく技術的には有用なのでそちらも伸ばしていこうという結論にはなった。
* * *
夜半、パチパチとはぜる火の粉が少女の幼い顔を照らしていた。
ロベリアは傍らに眠っている主を起こさないよう、静かに枝の一本を使って焚き火をかき混ぜる。一見ぼんやりと火を眺めているようだが、意識は周囲の暗がりへと油断なく伸ばしている。
「――ずいぶんと時間がかかったのねぇ」
背後の暗がりから音もなく現れたラーハルトに、視線も向けずロベリアは声をかけた。
「いやぁ、番をさせてしまってすまない。そろそろ目的地も近づいたから念のため探索の範囲を広げたので、時間がかかってしまった。お詫びに今晩は僕がずっと番をしよう」
「別にかまわないわぁ。アタシは魔族だから数日徹夜したところで問題ないし。なによりアル様の安全のためだもの」
ラーハルトは毎夜、周囲への探索と警戒のために見回りを行っていた。
火の番はロベリアとラーハルトが交代制で行っている。アルも参加するとは言ってくれたが、やんわりと断った。主にそんな雑用をさせるつもりはない。それに、日中の行軍と訓練で体力を使い果たした彼女に、夜の番は不可能だろう。
「…………目的地は“隠れ里”かしらぁ?」
「ああ、やはりわかるかい」
「そうね。こんなナリでも竜種だし。それに、見捨てた故郷の場所くらい覚えてるわぁ」
「……すまない、そんなつもりで言ったわけではなかったんだが」
ふん、とロベリアは小さく鼻を鳴らす。
変な所で気を使うやつだ。騎士とはこういうものなのだろうか。
「それでぇ、何かめぼしいものはあった?」
ラーハルトは肩をすくめる。
「どこを探しても生き物の気配がない」
ここ数日、山から小動物の姿を見ていない。事前情報があったとはいえ、樹木が青々と茂っているのにそれを糧とする動物や魔物が存在しない様子を目の当たりにすると、言いようのない不気味さがある。まるで生活のあとを残したまま突然住人が消えた街だ。
「ここまでは報告にあった通りなんだけどね。ただ――木々に僅かだが変異を確認した」
ロベリアの視線が険しくなる。
それは植物を変質させるほどの魔力を持つ『何か』がいるということだ。
「そろそろ、相手のことを教えてほしいわねぇ。もうここまで来たら逃げようもないでしょう」
「これは騎士団の任務だ。僕としては、キミたちが逃げ出したって別にかまわないと思っているんだけどね」
「御託はいいわぁ。それで?」
「我々の討伐対象は――暴竜だ」
バキン、と手の中で乾いた音がした。
見れば、火箸代わりにしていた枝が粉々に砕けている。
ロベリアは歯をくいしばり、木片を焚き火へ投げ込んだ。
「ディルクウィット――」
血を吐き出すような痛みと共に、少女はその名を口にする。
「アレが、アイツが、生きてるって言うの……」
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