魔王と新しい出会い②

「…………おばあちゃん?」


 茫然としたアルの呟きを受けて、クリムは「うん」と頷く。


「おばあちゃんって、死んだんじゃなかったの?」

「なんで?」

「なんでって、旅に出て何年も戻ってきてないって……」


 そこまで口にして、はたと気づく。そうだ、クリムは「旅に出た」としか言っておらず、生死については何も触れていない。アルはてっきりそれを比喩か、あるいは事実をぼかして言っているものだとばかり思っていたが、この少年がそんな遠回しなことをできるはずがないのだ。


(つまり本当に旅に出てただけ……?)


 いや、いや、いや、老齢で旅に出て長年音沙汰がない時点でもうダメだと思うじゃないか。

 そもそも二十代の女性を「バアちゃん」なんて呼ぶからややこしいのだ。


「だって、バアちゃん、百越えてる」

「は?」


 なに言ってんだコイツ?

 そんなわけないだろうとまじまじとクリムを見つめるが、どうにも冗談で言っている様子はない。

 おまけにエーファも神妙な顔で、


「あの、ほ、本当に信じられないんですけど……聞いた話ではお師匠に近い歳なんだとか……」


 んんんんんん?

 ちょっとちょっと、エーファまで変なことを言い出したよ。

 “バアちゃん”ことエレオノーラは、赤みがかった茶髪も陽に焼けた小麦色の肌も瑞々しい。意志の強さを証明するような鋭い目元にはしわ一つなく、緑色の瞳は活力に満ちている。その容姿はどう多く見積もっても二十代半ばを越えているようには見えない。

 そんなアルの視線に気づいたエレオノーラはひらひらと軽く手を振った。


「外見のことなら気にすんな。気合入れりゃあどうにかなるもんさ」


 うーわ、これ割と本気で思ってる顔だ。

 魔族じゃあるまいし、何年も歳取らないとかあるわけ――


(いや待てよ。案外ヒトもそういうことはできるのかも?)


 なんて納得しかけたが、エーファがものすごく微妙な表情でふるふると首を振っている。

 どうやら、そういうことはできないらしい。


「あ、あの……さんはどうしてここに?」


 このままでは話が進まないと判断したエーファが、エレオノーラに声をかける。

 ノラというのはどうやら愛称らしい。


「南の山の方で厄介な魔族が出たらしくってね。光翼騎士団の仕事なんだが、人手不足だってんで冒険者組合に応援の要請が来たんだよ」


 現在、あちこちの地域で魔物や魔族が活発化しており、その対処に追われて光翼騎士団の多くが駆り出されているらしい。相応の人員を裂かなければならないが人では払底している。そこで冒険者の中で上位の実力を持つエレオノーラに白羽の矢がたったのだとか。


「くそ暑い中ようやく街に着いたら、知った顔と変な魔力の魔族が仲良く歩いてるじゃないか。保護者としては身元の確認を兼ねて挨拶しておこうかってねぇ」

「……挨拶のために拉致するなんて聞いたことないわよ」

「あたしにしては穏便な方法だぞ?」

「拉致が穏便なんて聞いたことないんだけど!?」


 クリムたちが駆けつけてこなければ、殺意がなかったとしても確実に怪我人が出るところだった。

 まったくどいつもこいつも血の気が多い奴ばかりだ。少しは私を見習ってほしい。


(これじゃあ、魔族で元魔王だっていうのに私が一番平和主義者じゃない。っていうか、そういえば会うヤツ会うヤツみんなにケンカ売られるか命狙われてない?)


 その時、かちりとアルの中で思考が変な位置にはまった。


 クリムは魔王城に押しかけて部屋にまで殴り込みかけてきたし、フクロオオカミやテノビグマといった魔物もどき、それに魔族ゼグにも襲われた。

 村では光翼騎士団に囲まれるし、ハスタとエーファに燃やされそうになるし、騎士団と住人にはりつけ火あぶりにされそうになるし、ロベリアには人質にされるし、やっぱりそこでも燃やされそうになるし、クリムの家に帰ったら魔族と魔物総出で襲撃かけられるし自称魔王なんてのも出てくるし今も冒険者エレオノーラに拉致されて剣突きつけられるし――


「あー、嬢ちゃん? どうした?」


 突然、表情を失ってブツブツと独り言を垂れ流し始めたアルに、さすがのエレオノーラも困惑した声をあげる。


「ア、アル?」

「アル様ぁ、落ち着いてくださいませ、ね、ね?」


 エーファとロベリアが慌ててなだめるが、思考が滑落を始めたアルは止まらない。


「クリムもエーファもロベリアも一緒に旅してるけど、二人にも襲われてるんだよね。私の周り敵しかいなくない? 私そんなに嫌われてる? いないほうがいい?」

「ぇえと、あれはお師匠の指示もあったし、仕方なかったというか、そのぉ……ほ、ほらっ、村で磔火あぶりにされそうになったのはアルの妄想ですから。敵ばっかりじゃないですよっ」

「指摘するのはそこじゃないわよぉエーファ!」

「……私、ひきこもって静かに暮らしてたかっただけなんだよねぇ。でも、いまお城占拠されて住む場所もないしさぁ。……あ、そっか、ここに穴掘って埋まってればいいんだ。地面の中は涼しいらしいし、静かだし、誰の邪魔にもならないよねぇ――」

「アールー! 落ち着いてください! 大好き大好き大好き、トモダチトモダチ! ほ、ほら、聞いたことありません? 昨日の敵は今日の敵――じゃないっ、今日の友っ! 宿敵と書いて親友! 色々ありましたけれど、今はお友達ですよー!」

「アル様ぁ、大丈夫ですのっ。今はアル様一筋ですから! ずっと一緒にいますから! ご実家もすぐに取り返してやりますとも! だから地面掘るのをやめてくださいませっ。こんなところに埋まってたらあっという間に砂虫のお腹の中ですわぁ!」


 いよいよ足元の砂をかき分け始めたアルを必死に止めるエーファとロベリア。

 その様子をエレオノーラは呆れたように眺め、ガリガリと頭をかく。


「あー、こりゃ大分溜まってたなぁ。ま、城暮らしのお嬢様じゃ仕方ないかね。クリム、アイツらが落ち着くまで、これまでの説明をしておくれ」


 クリムが「ほっといていいのか」と言いたげな視線を投げかける。

 それを見たエレオノーラは「へぇ」と口元を軽く綻ばせるが、「適材適所さ」と少年の頭をポンポンと叩いた。


「エレオノーラ、もとはと言えばあなたのせいでしょう!? のんきに座ってないで少しは手伝ったらどうなんですのぉ!」


 炎天下の砂漠にロベリアの悲鳴のような怒声が響き渡ったのだった。

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