魔王と魔王④

「ああ、もう! ホンッとしつこい!」

「まあ、あれだけの力を持った魔族が身体の大半を失った程度で終るわけありませんよね」


 叫ぶアルに、ウルドが冷静に返してくる。


「両腕なくなって、上下に身体が分かれたら普通は死ぬもんでしょ!」

「相応の魔力が残ってるなら、首だけでも再生しますとも」

「ほんとぉぉぉぉに魔族って何でもアリね! じゃあ、私の腕も元通りになるんだ、やったぁこんちくしょう!」


 やけくそ気味に喜んでみたが、それで状況が良くなるわけでもなし。

 魔力感知のできないアルでもわかる。

 先ほどまでの男は本当の本当に手を抜いていたのだと。


「落ち着きなさいな。アレがどれだけ手加減していたとしても勝ちは勝ちです。僭称ですが、まがりなりにも魔王を名乗っているのです。そこを認めないほど器の小さい男でもないでしょう」


 あくまで落ち着き払ったウルド。

 ホントでしょうね。

 男の姿がゆっくりとくぼみの縁から現れる。失ったはずの両腕も、分かたれた胴体も、すべて復元している。


「いやあ、負けた負けた」


 呵々、と男は心底愉快そうに笑う。


「こんなにボコボコにされたのはいつ以来だ、百か、二百か?」

「知らないわよ、そんなこと」


 ボコボコでボロボロなのはむしろこっちだ。


「まさかこっちの攻撃を利用されるなんてな。破れかぶれの面白突撃かと油断したぜ」


 男の言う通りだった。

 “腕”の魔力だけでは、不意を突いたところで防がれる可能性を拭えなかった。だからアルは、もう一つ布石を打つことにしたのだ。

 男の魔力をさらに喰う。そのために無謀な行動を示して攻撃を誘った。

 放たれた魔力波をクリムが勇者の力で相殺しつつ受け止め、アルが全力で吸収する。可能な限り吸ったら、クリムがアルを中空へ放り投げ、奇襲を仕掛ける。一連の行動を覚らせないために、ウルドに魔力感知阻害を、エーファにも無理を押してもらって幾重にも炎の精霊術を行使してもらった。


 破れかぶれの突撃と評されても間違いではない。すべては一か八かの賭けだった。

 もし男が魔力波を放たず近接攻撃で仕留めようとしたら。男の魔力感知能力が想定より鋭かったら。クリムが魔力波を受け止められなかったら。アルが魔喰を行えなかったら――数えればきりがない『もしも』の綱渡りだった。

 無意識とはいえ三度魔喰を行使していたことと男の腕が呼び水となり、初めての意図的な能力の発動にもかかわらず予想に比して上首尾に行えたのは幸いだった。だが、それでも身体が吸収しきれず残ってしまった魔力波が、クリムにも相殺しきれずその場で爆発を起こしてしまった。

 男が上空のアルに早く気づいたのも、彼女の魔力に反応したのはもちろんだが、本来跡形もなく二人を呑み込むはずだった攻撃の手応えに違和感を抱いためだ。

 しかし、いくつかの綻びを見せつつも綱を渡り通した彼女らを、男は素直に称賛する。


「いやいや、戦闘でこんなに楽しませてもらったのは初めてだ」


 そんなにご機嫌なら、私たちを見逃してくれないかな。


「クカカ、いいぜ?」


 ダメもとの呟きだったが、男はあっさりと了承する。


「ただし、条件付きだ」

「何さ?」

「鍛え直して、俺んとこに殴り込みに来な」

「は?」

「期間は、半年か、一年か――まあ、いいや、五年くらいは待ってやる」

「適当だな!?」

「もしかしたら暇を持て余した配下ヤツが勝手に抜け出してケンカ吹っ掛けに行くかもだが、まあそれは諦めろ」

「ホンッとテキトーだな!」


 そこ一番引締めとかないといけないトコでしょうが!


「期限がくるまで俺たちは森と魔王城にこもって、進軍もしねぇ。森の結界もそのままにしといてやる」


 その間にお前たちは、人間を説得して軍隊をまとめるなり自分たちを鍛えるなりして攻めに来い、と男は凶悪な笑みを浮かべる。


「本当でしょうね?」

「ウソはつかんさ。何ならここで、俺を倒してくれても構わんぜ?」

「冗談……」


 だよな、と男が喉の奥で笑う。


「お前らの実力じゃあまだまだ役者不足で、本気を出すまでもねぇ。人間どもの遊戯盤にならうなら“始まりの町ふりだしに戻ってやり直せ”ってとこか」


 どうやら男が見逃すつもりでいるのは確からしい。しかし――


「なら、その腕に溜めてる魔力は何なのよ!?」

「言ったろ、フっ飛ばしてやるんだよ。なに、遠慮すんな。ちょっとした親切だ」

「バッカじゃないの!?」


 見ただけでわかる。今までのどの攻撃よりも出力が高い。


「そんなのくらったら死ぬじゃない、バーカ、ばーか!」

「すっかりしてやられたんだ。これくらいの意趣返しはしてもいいだろ?」

「そんなわけあるか!」


 意外と根に持つじゃないかよ、自称魔王サマ!

 なおも怒鳴ろうとしていたアルの首根っこをウルドが捕まえ、自らの後方へ下がらせる。


「私と勇者様は“力”を使って威力を減衰させます。眼鏡っ娘は後ろで風の精霊術を展開。それと、アル」

「は、はい!」

「貴女は、私たちの壁を抜けた魔力を吸収してください」

「う、うん」

「心配しないで、害のあるほどの魔力を抜かすつもりはありません。できる範囲、貴女の傷を癒せる分を取りこめられれば十分です。むしろ、魔力を吸収し過ぎることの方が問題です!」

「わ、わかった……!」


 できなくても大丈夫と言われ、アルの肩から少しだけ力が抜ける。

 アルたちの周囲を半透明な黒色の繭が覆い、正面に光の壁が展開される。


「準備はできたか? んじゃ、いくぜぇ」


 チリチリと男の周囲を鬼火のように青い炎が浮かんでは消える。強力な魔族ほど、魔力が特定の属性を持つようになる。これまでただの魔力攻撃しか行っていなかったが、火こそが本来の属性なのだろう。


――つまり、それなりにホンキってことよね。


「やっぱりお前、私たちを生かしておく気ないだろう」と改めて文句を入れようとしたが、それよりも先に男の腕から魔力が放たれた。家屋すら飲み込むほど広範囲に及ぶ漆黒の魔力光が青白い焔をまとい、一直線に向かってくる。

 痛みこそないものの壁にでも叩きつけられたような衝撃がアルたちを襲い、一瞬にして目の前が真っ白になった。足から地面の感触が消え、浮遊感に包まれる。

 前後左右上下の感覚が消え失せ、意識が霧のように砕け薄れていく。


「そういや、名乗ってなかったな! 俺はグエンだ! 生き延びてたら、また殺し合おうぜぇ!」

「――っっとに、勝手な事ばっかり!」


 カチン、とわずかだが意識こころが固まった。

 何も見えないし、自分が今どんな状況になっているかもわからないが、腹の立つ声のした方へ腕を伸ばす。

 魔力ちからが流れ込んでくる感覚。


――もっと、もっと。


 誰かが叫んだ気がした。

 アルは声の主に答える。


 あのね、私、やられっぱなしって、大っ嫌いみたい。


 取り込んだ魔力が急速に抜けていく。同時に強い衝撃が襲ってきて、アルの意識は途絶えた。

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