魔王と魔王③

 上空からの魔力砲撃。

 完全に不意を突いた渾身の一撃は、狙い違わず男へと振りかかる。

 しかし男は片腕にもかかわらず、魔力波を受け止めた。


「これっくらいじゃ、やられてやるわけにいかねぇなぁ!」


 なおも不敵に笑う男とは対照的に、少女の右腕は崩壊していく。

 借り物の器、扱いきれない魔力――付焼きの刃が欠け落ちていくのは当然の理だった。


   * * *



 腕が崩れていく。

 とてつもない痛みと恐怖を伴って。


 いたい、いたい、こわい、いたい、こわい、こわい、こわい――


 アルは零れそうになる悲鳴を噛み殺す。

 一か八かを狙った策は通じなかった。

 男は攻撃を受け切り、唯一の武器である腕を失った一行はなす術もない――はずだった。


「ぁぐ、ぅぅう、い、ぎぃぃぃいいいぃぃ…………まぁだまだぁ!」


 アルは気力を振り絞る。

 このままでは終われない。ここまでやって終わりたくなんてない!

 もっと、もっと、これだけじゃない、もっと、魔力を!

 アルの叫びに呼応するように、魔力の出力が高まっていく。


 男の表情が驚愕に彩られ、伸ばされた腕が徐々に押し返される。

 男は相手の実力にあわせて力を小出しにする。それは彼が絶対的強者であるが故の弱点だ。

 今もアルの“腕”を目撃した瞬間に、それを受け止められる出力で対応している。

 だが、アルがその細い体に抱えていたのは腕の魔力だけではなかった。


「私を――私たちをなめたことを後悔しなさい!」


 堰き止めていた残りの魔力が一気に放出される。

 魔力の帯は倍へと膨れ上がり、今度こそ本当に男を呑み込んだ。

 爆風が吹き荒れ、周囲の木々をなぎ倒し、落下中のアルの身体が吹き上げられる。


「……ク、クカカカ……!」


 それでも男は生きていた。

 大きく球形に抉られた大地の中心に、半身を失いつつもなお立っている。


「アレでダメなの? ほんっとしぶとい――はアンタに譲るわ」


 アルの言葉に応えるように、一個の影が土煙の幕を貫いた。


「勇者らしいところ見せちゃいなさいな、クリム」


 アルへ意識を向けていた男は、完全に虚を突かれた。

 クリムの全霊を込めた一撃が欠けた半身へ突き刺さる。


「グ、カ――」


 男が初めて苦悶の声をあげる。


「おおおおおおお!」


 クリムは雄叫びをあげ、鍬を握る手にいっそう力を込める。

 刃先が黄金色の光を帯び、触れた個所を砂岩のように砕いていく。

 一息に腕が振り抜かれ、魔族の肉体は分断された。

 上下に分かたれた男の身体が、力なくその場にくずおれる。


――や、った……。


「やった……ぃやったぁあああああああああぅぅぉぁああああああああ、落ちる落ちてる! たぁすけてえええええええええええっ!!」


 歓喜も一瞬のことで、アルは悲鳴をあげる。

 眼下にあるクリムの家が摘まめるほど小さい。


「死ぬ! 死んじゃう!」


 突如、アルの周囲が風に包まれる。

 どうやらエーファが風の精霊術を使用してくれているようだが、心なし落下速度が落ちた程度でしかない。


(風の精霊術じゃ飛べないって言ってたもんねぇぇぇ!)


 大地が急速に迫ってくる。

 魔王城から放り出された時とは比べ物にならないほど暴力的な風圧が全身を打つ。


「まったく、締まらない子ですねぇ」


 耳元で名前を呼ばれ、柔らかな感触に抱き留められた。


「ウルド!?」

「はいはい、ウルドですよ」


 ウルドはアルの身体を両手で抱え上げ、微笑む。「よいしょ」と一声あげると、背中から一対の翼が現れた。

 大きく広げた翼で巧みに風を掴むと、がくんと速度が落ち、ふわふわと綿毛のように二人は降下していく。


「ふむ、魔力がほとんどないから羽が上手く動きませんね。まあ、気長にのんびり降りるとしましょうか」


 きゅ、とアルを落とさないようウルドの腕に少しだけ力が込められる。


「ウルド?」

「はい」

「終わったの?」

「はい。貴女の勝ちですよ」

「……ウルド……?」

「はい」


 すこし呆けたようにじっとウルドを見つめていたアルの瞳から、ぽろぽろと涙が溢れていく。


「ふわぁああああああああん……! 怖かった、怖かったよぅ……」


 片腕でウルドの首元にしがみつく。


「腕なくなっちゃうしぃ、痛いし……」

「はい」

「ウルドが死んじゃったかもしれないって思ってぇぇぇぇ……」


 アルの額へ、ウルドの頬が愛おし気にそっと触れる。


「ごめんなさいね、心配かけて」

「うわぁあああああああん!」


 幼子のように泣きじゃくる少女を、ウルドはしっかりと抱きしめていた。



   * * *



 足の裏の感触を確かめる。

 ああ、地面だ。地面大好き。

 ぐず、と鼻を鳴らす。

 泣いてないよ?


「アル!」

「エーファ!」


 エーファが抱きついてくる。


「よかった、無事で!」

「うん、エーファも」


 また流れそうになった涙をぐっとこらえる。

 空の上で散々流したんだ。今はみんなと喜ぼう。


「やりましたよ! わたしたち、あんなに強い魔族を倒したんです!」

「うん、私たち、サイキョーよね!」


 二人ぎゅっと抱きしめ合う。

 クリムと目が合った。


――お疲れさま、頑張ったね。…………ちょっとだけカッコよかったぞ。


 視線だけでそう伝えると、アルは腕を上げる。

 クリムは相変わらず感情の読めない無表情で応える。


 ぱん。


 心地の良い音が響いた。

 私たちは、勝ったのだ。



   * * *



 地面が震える。

 膨大な魔力の高まりに呼応し、空気中の魔素がパチパチと音をたてる。

 発生源は、アルの攻撃によってできた大地のくぼみ。


――え、まだ終わりじゃないの?

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