魔王、置いてかれる

「置いて行くってヒドくない!?」


 アルは一人、彼方で繰り広げられる戦闘を眺めながら、てふてふと歩いていた。


 村を出発した時点では、馬に乗っていたのだ。

 無論、乗馬経験も運動神経も皆無な魔王様なので、エーファの後ろに乗せてもらって。

 クリムも馬に乗れるのかと思ったが、アイツは自分の脚で走って馬と並走していた。ホント勇者っておかしい。


 振り落とされないよう、エーファの腰にしがみついているうちにクリムの家が見えた。

 同時に魔物もどきたちが森から大挙して押し寄せている様子も。

 それを見たクリムが急に加速し、アルたちを置き去りにしてしまった。

 慌てたエーファが、あの数との戦闘では危険だからとアルを馬から降ろし、少年を追いかけたのだった。


(うっわ、エーファつよい)


 遠目だが、一瞬で小型の魔物が灰になったのが見えた。

 クリムもたった一人で複数のケモノをやすやすと打ち倒し、森へ大群を一挙に追い返してしまった。


 勇者一行が強すぎる。

 いや正確には、弱体化した勇者と元勇者一行だった術師の弟子だけれど。


 現役でなのだから、先代の勇者たちはいったいどれだけの力を誇っていたのだろう。

 つくづく敵対しなくてよかったとアルは胸をなでおろす。


(けどこれなら、ほんとぉ~~~に、置いていかなくてもよくなかった?)


 アルがあそこにいても何ができるわけでもなし、むしろ炎にうっかり巻かれてしまいかねないのだが……。

 それでも、とアルは唇をかむ。

 今は結果としてクリムの家を防衛する形になっているが、もとはアルの都合に彼らが同行してくれた故の現状だ。その本人が後方で指をくわえて傍観しているというのは、忸怩たる思いがある。

 そもそも本来の目的は城に戻ってウルドを救出することだ。襲撃されたのなら、一刻も急がなければならない。


(こんなところで足止めされてる場合じゃないのに!)


 無論、アルもあの場所には愛着がわいている。破壊されて冷静でいられる自信はない。

 それでも――

 

 意識ばかりはやるが、しかし身体はのろのろと進まない。

 アルの体力は、ここまでの道程、疾走する馬から落ちないよう全力で耐えていたことですっかり空になっていた。

 へたり込みたいところを何とか気力だけで足を前に出している状態である。


 ぶるる。


「ひゃあ!?」


 突然横合いからの音に驚き、よろよろと尻もちをつく。

 あわあわと見上げれば、エーファが乗っていったはずの馬が戻ってきていた。

 真っ白な体毛に茶色のたてがみをした馬は、アルの隣に寄りそい、低くいななく。

 どうやら乗れと言っているらしい、と気づいたアルは、いそいそと鞍に手をかける。


「よ……よ~~~……っ……んぃぃぃぃ……」


………………ダメだった。

 村を出た時はエーファが引っ張り上げてくれたが、一人では馬上まで体を持ち上げられない。

 半ば鞍にぶら下がるような格好でジタジタと唸っていると、突然体が浮いた。

 世界が一回転した次の瞬間、すとん、とお尻が鞍の上に降りていた。

 見かねた馬がアルの首根っこをくわえて背中に放り投げるようにして乗せてくれたらしい。


 助かった。ありがとう。でも怖いから次からは止めてね。


 ぶるる。

 馬はゆっくりと歩き出す。

 走りださず、揺れも少ない。

 それでもクリムの家へとまっすぐ向かっていく。


 アルの意思と技量を読み取ってくれる、とても頭が良く紳士な馬だった。

 よし、ルドルフと呼ぼう。

 落ちないよう全身でルドルフの背に抱きつくアル。


 家の付近で、再度いくつもの火の手が巻きあがっては消える。

 多分、家が襲われたことにクリムは焦っていたのだと思う。

 表面上はまったく変化はなかったが、なんとなく。

 でなければエーファがあれほど驚きはしなかっただろう。


「あなたが来てからのクリム君には驚かされてばっかりです」


 クリムを追う直前、エーファが眼鏡の位置を両手で直しつつ口を尖らせ、そう呟いた。

 その言葉の真意は出会って日の浅いアルにはわからない。

 ただわかるのは、あの淡白で何事に無頓着な少年にも“大切なモノ”はあったのだということだけだ。


 安堵した半面、胸の奥底を焦がすような感覚が湧き上がってくる。

 その感情が何かを探ろうとするも、突如放たれた咆哮に中断させられる。

 森の木々を押し倒し、屋根にも届かんばかりの魔猪の姿を認めるや否や、アルは叫んだ。


「ルドルフ!」


 乗り手の意思を正確に酌んだ駿馬しゅんめは、全速で戦場へと疾駆を始めた。

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