勇者たちの戦闘
シン――
直前までの狂奔が嘘のように静まり返っていた。
いきなり現れた乱入者に、魔族たちは驚愕と警戒を込めた視線を向ける。
黒髪の少年――クリムは息を大きく吸い込むと、
「わっ!」
普段の少年からは信じられないほどの大声を発した。
音は圧力となり、群れ全体を駆け回る。
クリムの出現に呆けたように静まっていたケモノたちは一転、一斉に森へと逃げ出した。
「ふぅ」
背を向けて走り去る群れに、クリムは「うまくいった」と軽く息を吐き出す。
一撃目は屋根からの落下で力を上乗せできたが、弱体化した今では地に足をつけた状態で大群を相手取るだけの衝撃を発生させることはできない。一か八かで脅しのために大声をあげてみたが、何とかなったようだ。
気が抜けた隙をついて、群れから小さな影が複数クリムへと躍りかかった。
反射的に叩き落すが、数が多く捌ききれない。
クリムの攻撃をすり抜けた小蜘蛛の
ギィイイイイイイイィィィ――
瞬間、クリムを取り囲んでいた小蜘蛛の群れが燃え上がった。
「もう、ク、クリムくん、無茶しすぎ!」
角燈を掲げた少女が、馬上から声をあげる。
「ん」
クリムから謝罪と開き直りの混じった、どこか悪戯を見つかった猫のような表情を向けられ、少女――エーファは「むぅ」と眼鏡の位置を直す。
危機一髪ではあったが、クリムが先行していなければ彼の生家は跡形もなく蹂躙されていただろう。執着心がないと思っていた少年にも守りたいものがあるという事実は、付き合いの長いエーファとしても驚きであり、それ以上に嬉しくもある。
だから、ついつい許してしまいそうになるが、そうはいかない。無鉄砲に突撃していったことには、とても怒ってもいるのだから。
「援護できなくなるから、むやみに突出しちゃダメ!」
クリムが小さな頃から勇者の力の片鱗を目の当たりにしているエーファにとって、弱体化の程度は深刻だった。
馬に並走できる脚力と体力はさすがだが、すでに息が切れている。
先ほどの奇襲にしても、地を蹴り、屋根に手をかけ家屋をよじ登ってから飛び降りたのだ。軽業師並みの身軽さではあったが、かつては一階建ての民家など易々と飛び越えていた。
怪我も完治には程遠いはずだ。
弱体化と負傷、両者のことをちゃんと考慮して行動しろと暗に含めて釘をさす。
(……通じるかな? 通じてるよね? 魔族の前でこっちの弱点をいう訳にもいかないし)
エーファは一抹の不安を抱えて横目でクリムを確認する。
その視線に少年は小さく頷き、怪我した腕をぐるぐる回して「大丈夫、痛くない」とはっきり答えた。
「もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
思わず叫んでしまった。
違う! あってるけど、間違ってるよ、クリムくん! こっちの意図をある程度読み取ってくれたのは、えらい! 成長したっ。お姉ちゃんとっても嬉しいっ。でもね――
「どうしてキミは、褒められることと怒られることを一緒にやるのかなぁ!?」
「う???」
突然幼馴染から叱られて、目を白黒させるクリム。
平時であればほほえましい光景だったかもしれないが、ここは敵前である。
二人の意識がそれた隙を逃さず、残った小蜘蛛が一斉に動き出す――
「もうっ」
「!?!?」
エーファが指を振ると、虫たちは一気に燃え上がり、あっという間にすべてが灰になった。
「隙だらけに見えたんだろうけど、わたし、
たちどころに眷属を失い、少女の視線にたじろぐ蜘蛛型魔族。その目前に、深紅の羽が一枚舞い降りた。
刹那、羽が爆発的に燃え盛り、蜘蛛を炙る。
「グ、ギ……」
蜘蛛は咄嗟に後退するが、次々と羽は降り注ぎ、獄熱の雨へと形を変えていく。
上空には火の鳥が魔族を睥睨するように羽ばたいていた。
「火ノ精霊、カ」
クリムをかばった初撃に紛れて、あらかじめ羽を地面や眷属たちの身体に貼りつけておき、エーファの合図でそれらが発火したのだ。
術師が厄介だと判断した蜘蛛は、自身の魔力を一点に集中し、口腔から魔力弾を少女へ放つ。
漆黒の凶弾はしかし、標的へ届く前に、少年の鍬の一振りによって消失した。
魔力の消滅。その事実に蜘蛛は瞠目し、相手の正体を理解する。
「オい、半端者! イるんダろウ!? 勇者、ダ!」
蜘蛛の怒鳴りに呼応するように、火の鳥よりもさらに高高度から、ヒト型の何かがクリム目掛けて飛来し、勢いのままに衝突した。
クリムは鍬を盾にしたが、弾き飛ばされ、家の壁を突き破ってしまう。
「くっふっふ! 関わる気はさらさらなかったんだけどねぇ。勇者が相手なら話は別だ」
飛来した魔族――ロベリアは地に降り立つと艶やかに笑った。
瓦礫を押しのけ、クリムが家から出てくると、そこへエーファが駆けつける。
ギィイイイイイイイイ――!!
蜘蛛が金切り声をあげる。
すると森の木々をなぎ倒し、屋根にも届こうかという巨大な猪が現れた。
「はんっ、まだ隠し玉があったのかい。周到なことだね。――さあて、改めて」
魔族二体に、魔物一頭。それに相対する、今代の勇者と精霊術師。
ロベリアは思いがけなかった事態に心底愉快そうに笑い――
「はじめようか」
高らかに戦闘開始を宣言した。
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