魔王と精霊術師⑥

「何よ、この空気」


 最大に見栄を切った口上に対して、予想をはるかに下回る反応を受け戸惑うロベリア。

 それもそのはず、彼女が人質にしている少女こそ“今代の魔王”その人なのだから。


 だが、反応に困っているのはアルも同様だった。ひきこもって平穏に暮らすために城を(強制的に)飛び出し苦労しているのに、いきなり現れた魔族が「魔王が戦力を整えている」ともとれる発言をしたのだ。

 ふと、人間クリムたちから問いかけるような視線を投げかけられている事に気づき、ドッと冷や汗が噴き出る。


(知らない知らない。こんなヤツ会ったことないし、招集なんてしてないから!)


 弁解しようにも声は出せず、首を振ろうにもロベリアの腕に固定されてプルプルと震えているようにしか見えない。

 まさかハスタたちが彼女の言葉を真に受けて、自分たちを騙そうとしたなんて判断をされたら最後、もろともに火をかけられてもおかしくない。

 必死に表情で訴えかける。


(私は無実! むーじーつーだーかーらー!)


「お、いい反応してくれるじゃない。やっぱりってこうでないと」


 何を勘違いしたのか、ロベリアが弾んだ声をあげる。


(アンタに訴えてるんじゃないんだよ! いや、むしろ私を解放しろ!)


「さあて、挨拶もすんだことだし、寝起きの魔王様の土産に、その首もらおうかね。ああ、ついでにこの娘も、連れてってみるか。細っこくて食いではなさそうだけど、ツマミ程度にはなるだろうさ」


(だーかーら、ソイツは誰なのさっ! ってか魔王様ならお前が首絞めてるぞ! いや、今は魔王じゃないんだけどね!?)


 自称“魔王の部下”に、自称“元魔王の魔王”が人質にされたあげく“魔王のツマミ”としてさらわれようとしている現場がこちらです。


「嗚呼、何っということだ、魔王が復活していたなんて!」


 突然、ハスタが悔しげに膝をつく。

 あまりに突飛でわざとらしい行動に、一瞬茫然とするアル。


「そこに気づかないとは、ハスタ、一生の不覚!」


 え、なにこれ?

 あっけにとられていると、耳元から「くふぅぅぅっ」っと変な声が聞こえた。横目で見上げれば、ロベリアが頬を紅潮させている。

 コイツもなんなんだ。


「くっふっふっふ、絶望しなさい、人間! 本来なら、ここの住民すべての前で魔王様復活を宣言してやりたかったけど、まあいいわ。それは後でゆっくりと楽しむとして……さぁて、アタシを魔族とわかった上で招き入れた部屋だもの、当然、ある程度力を抑える封印くらいはかけているのでしょう?」

「ぐっ、まさかそこまで承知の上とは……」

「くふふふふふ、所詮人間程度の封印だもの。つきあってあげるのも強者まぞくの余裕というものよねぇ」


 人質そっちのけで繰り広げられるやりとりを見守るアル。

 本当なんなのコレ。

 ロベリアは気づいていないが、ハスタがわざわざこんな茶番に乗っているのである。アルとしては嫌な予感しかしない。そしていつの間にか三人とも部屋の外の廊下に出ている。背中は嫌な汗でぐっしょりだ。


(う~……、この状況、なんっか既視感があるような……?)


「おのれ、そこまで力の差があると言うなら、せめてその娘を放しなさい!」

「やーぁよ。アタシは慎重なの。負けるなんてこれっぽっちも思わないけど、さっきの小僧みたいに手の早いのがいるしね。人間なんかに手傷を負わされた、なんてことになったら他の魔族に侮られちゃうでしょう? それにこっちの方がじゃない」


 調子に乗った魔族。

 封印のかかった部屋。

 いつの間にか、見覚えのあるが入り口に置かれていた。


――あ。


「でも、いいわよ、この子助けてあげても? もちろん、ハスタあんたが首を差し出すっていうんならだけどね」

「あ、じゃあいいです」

「え?」


 ハスタの言葉を合図に、角灯から巨大な焔が吹き上がる。紅蓮の炎は瞬く間に広がり、床から壁の本棚を伝い天井まで瞬を深紅の絨毯で覆った。


「「ぎゃああぁぁぁっ!?」」


 アルとロベリアが同時に悲鳴をあげる。


「ちょっと、こっちには人質がいるのよ?! 家に火をつけるなんて……」

「あなたは随分と力の強い魔族のようだ。このまま取り逃がせば人間われわれの被る被害は計り知れません。それが一人の犠牲で済むのならば、その娘も本望でしょう。あ、ちなみに家と家財はちゃんと保護してあるのでご心配なく」

「うわ、マジ?」


 人質までとった魔族が本気で引いていた。


「ちっ、こんなの、アタシの力で部屋ごと吹き飛ばして…………あ、あれ、魔力が出せない? ちょっと、どんな強度してんのよ、ここの封印!?」


 目に見えて焦りだすロベリア。

 どうやらあれだけ余裕ぶっていたくせに、完全に力を抑えられているらしい。


「伊達に歳は取っていませんとも。さあ、助かりたいなら、先に人質を解放しなさい。そうすれば命ごいを聞いてあげましょう」


 いつの間にか立場が逆転していた。


「ああ、ちなみに、どうしてあなたが魔族だとわかったかという質問についてですが、あの賞牌メダルを持っていたからですよ」

「どういうことよ!?」

賞牌メダルは確かに騎士団員の身分証明として各人が所持していますが、あのだけは誰も持っていません」

「で、でも、騎士が持ってたのよ!?」

「これはね、騎士団の中でも特段性格の悪い男が作った目印なんですよ」

「……え?」

「この短剣ね、意味としては見た形のまま“バツ”なんですよ。ぺけ。つまり偽者」


 この賞牌メダルを所持している者は“偽者”である。注意すべし。しかし、害はさほどないため、情報収集のために泳がせておけば面白そうだから様子を見るべし。

 隊長格以上しか知らされていない情報ではあるが、一介の騎士にも「該当の印が刻印された賞牌メダルを所持した者が現れた場合は、近隣の最上位者に報告すべし」との達しが下っている。


 つまり、この魔族、いいように踊らされていたのである。


「せ、せっかく慣れない諜報員まがいのまねしたってのに……。酔っ払いの相手までして、クソつまんない話聞いて、ようやく情報を手に入れたと思ったのに……。しかもアイツ、金ほとんど持ってなくて、私の懐からもお酒代払うハメになったのに……それなのに……」


 散々コケにされたと知り、失望と怒りに震えるロベリア。

 若干、その境遇には同情を禁じ得ない。

 めげずに魔族は声を張り上げる。


「アタシが応じなかったら、コイツも焼けるのよ?!」

「それはそれでやむ無し! さあさ、このまま人質もろとも丸焦げになるか、大人しく降伏するか選びなさい!」


 完全に形成と立場が逆転していた。いろんな意味で。

 まあ、アルの命が風前の灯火である状況は何ら変わっていないが。


「ほら、アンタも何か言いなさいよ。このままじゃ味方にやられるわよ!?」

「いやあ、私にそんな価値はないわよ。多分。命ごいするだけ無駄だって……」

「どうしたの?!」


 チロチロと生き物のように這い寄る炎を前に、アルの精神は動転と絶望を通り越し、少し前から諦観の域に達していた。

 私が死んだって誰も困らないもの、魔王だし。

 むしろ好都合、みたいな?

 どうせこれは、あのくそジジイハスタの独断だろう。

 クリムはもしかしたら扉の向こうで助けようとしてくれているかもしれないが、この焔を突破できるとは思えない。


――はああぁぁぁ……やだなぁ……。


 傍らで「くぅぅ……」とロベリアが歯噛みする。

 ふと、アルは疑問に思う。

 コイツは何をしてるのだろう? 自分アルに人質としての価値はないと、ハスタからすでに宣言されている。人間相手に降伏することを良しとしないのであれば、魔族ロベリアが報復としてアルを火に投げ込んでもおかしくはない。しかし、朱に照らされたその表情からは、人質を手放すという選択肢が微塵も感じられないどころか「こんなことになってしまったけれど、コイツをどうしよう」という困惑と焦りが浮かんでいる。

 そんなことを考えているうちに焔は目と鼻の先まで迫っていた。

 いよいよダメかとアルは両目を強く閉じる。


「――ふぅ、存外、甘い魔族でしたね」


 声がした。

 氷の器を指ではじくような、澄んでいながらもどこか冷たい感じのする声。

 けれど、アルにとっては耳に馴染んだ、とても優しい声。


「だ、誰よ!?」


 ロベリアが周囲を見渡す。


「こちらですよ、


 声は足元から。そこには漆黒のケモノが優雅に座っている。


「ウルド……?」


 アルの問いかけに、ルーがかすかに微笑んだ気がした。


この子アルを火に投げ込もうとしたら、問答無用で消し飛ばしてやることろでしたが――悪ぶってるだけのお子様でしたか」

「なに、アンタ……この部屋では魔族の力は封じられてるはずでしょ? その魔力はなんなのよ……」

「簡単です。貴女より私の方がずっと強いと言うだけのこと」


 事もなげに述べられたケモノウルドの言葉に、ロベリアは絶句する。

 アルは、動揺で緩んだ腕から抜け出し、部屋の隅へと避難する。


「さて、このままではアルが焼けてしまいます。今回は貴女のその甘さに免じて、命だけは助けてあげましょう」


 ウルドの頭上に漆黒の玉が現れる。

 それはパリパリと黒色の雷をまとい――

 ロベリアへ向けて炸裂した。

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