魔王と精霊術師④

「ただいま戻りました」

「おかえりなさい、二人とも」


 食堂にはいくつかの食器が用意され、クリムとハスタがすでに席についていた。

 アルも手に持っていた小さな籠をエーファに預け、クリムの隣に腰掛ける。

 “村”だっていうのに随分と広かった。もう足はくたくただ。


「お疲れさま、アル」

「人も多いし、遠いし……疲れた。お腹もすいた」


 そんなアルにエーファが苦笑する。


「すぐ食べられる用意しますね。……く、クリム君、食器の準備ありがとう」

「うん」

「そ、そうそう、これあげる。用意ができるまでちょっと待ってね」


 言いつつエーファが籠から小さな布包みを取り出し、クリムに渡す。

 帰りがけに屋台で買ったお菓子だった。

 クリムが短く礼を言って受け取ると、エーファは照れくさそうにして籠の中から料理を並べていく。


「アルは?」

「私はもう食べた…………おいしいわよ」


 クリムに気にせず食えと、手を振る。

 彼の手の中にある菓子は、大きさは小石ほどで見た目もそっくりそのままである。小麦粉と卵にハチミツをを混ぜあわせ油で揚げただけの簡素なものだが、表面はさっくり中はフワフワもちもちとしており、噛んだ瞬間サクサクの内側から小麦粉の芳醇な香りと蜜の風味が広がるなかなかの逸品だ。

 一口大で食べやすく、うっかりアル一人でほとんどを食べてしまったのは秘密である。


「エーファ、僕にはないんですか?」

「お師匠はどうせ見てただけでしょう」

「若者の働きぶりを見守っていたんですとも」

「くだらない事言ってないでお茶淹れてきてください」

「あっはっは、辛辣!」


 からからと笑いつつ厨房へと立つハスタ。

 彼の座っていた席に、そっと最後の揚げ菓子を置くエーファ。

 その様子をアルはぼんやりと眺める。

 初めこそ気ままな師匠と従者を兼任する弟子という、ありふれた師弟だと思っていた。だが、エーファの話を聞いた後ではまた違う関係に見える。親子、あるいは祖父と孫といった肉親のような。

 詳しくは聞いていないが、二人は赤の他人同士らしい。それでもこんな関係が築けるものなのだろうか。


(それを言えば、私とウルドも似たようなもの? 私が生まれた時から一緒だけど、別に親子じゃないし。っていうか、魔族って子供できるのかな)


 あれこれと考えているうちにエーファがてきぱきと買ってきた料理を皿に盛りつけて、食卓に並べていく。

 瓶や小鍋などの容器を持参すれば食事処の料理を持ち帰れる、とはよく考えたものだ。自宅でも店の味が楽しめるし、混雑していたとしても関係がない。または弁当としての需要もあるだろう。なかなかにうまい商売である。


(まあ、かさばる上に重いんだけどさ)


 アルはパンを詰めた小さな籠を下げていただけだが、エーファの方は汁物で満ちた鍋や料理の詰まった瓶が大量に入った籠を抱えていたのだ。

 細腕で平然と巨大な荷物を持ち歩くエーファに「もしかして人間って魔王わたしより強いんじゃ……」と密かに愕然としたのだった。


 やがてハスタが茶を持ってきて(本当に自分で淹れてきた!)、遅まきな昼食が始まった。


「どうですか、お嬢さん。さすがに城のそれに比べれば粗末でしょうが」

「やめてよ、その言い方……ま、ウルドうちの料理がいっちばんなのは当然だけどさっ」


 えへん、と胸を張るアル。


「でも、こっちもおいしいわよ。見たことない料理もあって面白いし。特に、これ」


 アルは、皿に載った甘藍キャベツの塊を示す。味付けしたひき肉を数枚の甘藍キャベツでくるんだ料理で、かぶりつくと中から驚くほど大量の肉汁が出てくるのだ。


「は、初めてだとビックリしますよね。そのまま食べてもいいですけど、崩してスープみたいにしてもいいですよ」

「へえ」


 言われるままに切り分けると、肉汁があふれ、中身がほろほろと崩れていく。

 なるほど、ちょっとした具だくさんなスープのようだ。これなら食べやすいし、途中で味を足して変化を楽しむのもいいかもしれない。

 感心していると、何かに足をツンツンとつつかれた。


「ひゃっ!?」


 すわネズミか何かかと、小さく悲鳴をあげる。

 恐る恐る卓の下をのぞき込むと、見覚えのある真っ黒なが。


「ルー、アンタいつの間に……!」


 ひょいと抱き上げる。

 神出鬼没なケモノは、アルが睨むのも意に介さず食卓に並べられた料理を興味深げに見ていた。


――コイツ、もしかしてお腹すいたから出てきたんじゃ。


「おや、これは懐かしい」


 ハスタがルーを見つめて声をあげる。


「この子のこと知ってるの?」

「昔の仲間が似たような動物を連れていましてね」

「仲間って、先代勇者の時の? それ百年前でしょ……」

「ええ、さすがにそいつはずっと前にに行ってしまいましたがね」

「一緒にいた子は?」

「さあ、いつの間にか姿をくらまして、それ以来見ていません」

「ふうん。さすがにルーがその動物だっていうんじゃないわよね」

「どうでしょう、似てはいますが。何分、昔のことで細かい特徴はさすがに覚えていません」


 結局、ルーは獣なのか魔物なのか。

 魔物なら百年くらい生きているかもしれないが、それだけ時間が経てば魔族化している可能性の方が高い。

 百年前にも似た子がいたってことは、希少な動物なのかもしれない。


「いいえ、は魔物ですよ」

「え!?」


 声をあげるアル。

 しかし、クリムやエーファは当然のように頷いている。


「保有魔力がただの獣にしては高すぎます。間違いなく魔物の一種でしょうね」

「え、え、みんなわかってたの?」

「ま、まあ。そんなにわかりやすい魔力もってますし……」


 ためらいがちに答えるエーファ。


「正直、アルよりも魔力強い」

「うっさいな!」


 相変わらず一言余計なんだよ、クリムは!

 どうせ私はこんな小動物にも負けるくらいに貧弱な魔王ですよ!

…………でもそうか、お前ルー、私より強いのか。


 がっくりと肩を落としたアルの頭をルーがペシペシと叩く。

 これは慰めているのか、「ようやくわかったか」という意思表示なのか……。

 見かねたエーファが料理のいくつかを皿に載せてルーに与え、話題を変える。


「そ、そうだ、お師匠。先代の勇者様はどんな方だったんですか?」

「ふむ? 特段珍しいものでもありませんよ。がさつで血の気が多くて魔物と見れば殴りかかって、難しいことを考えるくらいならとりあえず拳を振るう人だったくらいです。おはようのかわりに魔物を殴り飛ばし、こんにちはのついでに野盗を投げ捨て、おやすみの頃には村の入り口に獣も魔物も人間の荒くれ者も一緒くたに積み上げられているなんて日常の風景でしたとも。」

「なにその山賊みたいな勇者」


 やけくそのような脳筋特化ぶりである。

 珍しくないどころではない。

 いやでも、クリムもまっすぐ魔王城に攻めてきたし……。


「勇者なんてみんな攻撃思考だと思いますけどね」

「確かに」


 ハスタの言葉に全力で頷くアル。


「そ、それにしても、まるで勇者様を昔から知ってたみたいな言い方ですね」


 この場合の“昔”は仲間になる前から、という意味だろう。


「なにせ同じ村の出身ですから」

「そ、そうなんですか!?」

「ええ。同い年だというのに私がハイハイしている頃からすでに直立して自分より大きい獣を追いかけまわしていた、なんて村の大人たちからよく聞かされていましたよ。常々変な奴だと思っていましたが、決定的だったのは十歳とうになる頃に村に出没したテノビグマとフクロオオカミの群れをたった一人で、しかも投石と拳だけで撃退した時ですね。あれで、もしかしたらこいつは勇者なんじゃないかと」

「むしろそれまで『変な奴』で済ませてた村人アンタたちがすごいわ」

「世界は広いんだからそんな奴もいるだろう、と」

「いないわよ」


 そんなのがポンポンいてたまるか。

 魔王アルなど先だってその両者にエサにされかけ、さらには生後一年が過ぎても一向に立って歩こうとしないため「こいつは四足歩行の魔族なのだろうか」とウルドに本気で疑われたことまであるのだ。


「素手で魔物もどきを倒すなんて『拳の勇者』みたいね」


 あの本の勇者も武器を持たず、魔族相手に大立ち回りをしていた。

 思い出すと続きが読みたくてうずうずしてきた。

 ウチに帰ったらさっそく読もう――そう心に決めているとハスタが、


「おや、ご存知でしたか」

「え? クリムの家にあった本で読んだのよ」

「ああ、そういえばあげたんでしたねぇ」

「ほほほ本をあげたんですか?!」


 エーファが悲鳴をあげる。


「昔の話ですよ」

「いや、でも……本ですよ!?」


 エーファがうろたえている理由が、アルにはわからない。

 彼女にとって書物は生まれた時から身近にあったものだったからだ。

 しかし実は“紙”自体が貴重で、製本や装丁に相応の手間と予算がかかる。さらに同じものを複数作るとなればするとなれば、一頁一頁手書きで写本をしなければならない。それだけの時間と経費により、本一冊が庶民の生活費のおよそ一月分に匹敵していた。(ちなみにクリムの生活水準ならば半年分)

 生活に困ることはまずないとはいえ、家事を取り仕切り、もとは村娘であるエーファが驚嘆するのは無理もないことであった。


「と言っても、自分で書いた本を自分で製本しただけですからねぇ」


 本一冊買うよりは安いだろうが、それでも――と釈然としない表情のエーファ。しかし、過去のことにあれこれ言ったところでとため息をつく。

 が、今度はアルが声をあげる番だった。


「ちょっと待って、アンタが書いたって言った?」

「ええ」

「『拳の勇者と姫魔王』を?」

「もちろん」


 ぐらり、とあまりの衝撃に身体が揺れる。

 まさかこんなところに愛読書の作者がいたなんて。

 まさか、


「まさかあんなに面白い本を書いたのが、こんなに胡散くさいジジィだったなんて……」

「あっはっは、ご愛読ありがとうございます!」

「じゃあ、これから話そうとしてたのって」

「ああ、本の内容とかぶっちゃうかもしれませんね」


『拳の勇者と姫魔王』は全五巻からなり、アルが読んでいるのはまだ一巻の前半である。

 この物語は、魔王城へと乗り込んだ勇者が魔王本人と会話する場面から始まり、そこから時系列が遡り、勇者が村で生活していた頃が描かれている。


――先の展開が知りたい、もしかしたら本に書いてないような裏話が聞けるかもしれない…………でも、前情報なしでちゃんと本で読みたい…………。


 物語への興味と本読みとしての矜持が入り乱れ、ぐるぐると思考が渦を巻く。

 やがて――


「ネタバレ、ダメ、ゼッタイ」

「なんで手、挙げてるんです?」


 散々もだえ迷った苦悩の証である。



   * * *



「そういえば、お師匠を訪ねてきた方がいらっしゃると門衛さんたちから聞きましたが、何かご存知ですか?」


 エーファの確認に、食後の紅茶を片手にハスタは首を振る。


「いいえ、私は何も聞いていませんよ。あなたたちが出ている間も誰も来ていませんし」

「そうですか」

「名前か特徴は聞いていますか?」


 その人物は名乗りはしなかった、ただ、燃えるような赤毛の美女であったらしい。また、騎士団の章が刻印された銀色の賞牌メダルを所持していたとも。


「その裏側には交差した短剣が刻まれていたそうです」


 ハスタは「ふむ」と顎に手を当てたが、すぐに興味を失ったようで、


「まあ、それは訪ねてくればわかるでしょう。それよりも、あなたたちの仲間になると言う話ですが――」


 ハスタの言葉をさえぎるように、扉をたたく音が響いた。


「ああ、間が良いのか悪いのか。どうやらが来たようですね」


 応対のためにエーファが部屋を出ていく。

 自分たちはどうしようかとアルとクリムが目を見合わせていると、


「ちょうどいい、二人も同席してください」


 ハスタが柔和な笑みを浮かべて声をかけてくる。


「なにせ、門衛の方たちの言う通りなら、光翼騎士団の関係者のようですので」


 騎士団それ絡みのどこが魔王わたしにとってちょうどいいって言うんだ。

 どうせ拒否権はないのだろうと悟ったアルは、ため息の代わりにクリムの服の裾をキュッと握り、宙を仰ぐ。


――ああ、絶対な事にならないんだろうなぁ。

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