魔王と精霊術師②
「騙したな!?」
「…………ん、俺に言ってる?」
アルの全力の叫びに、クリムが視線だけを向けて問い返してくる。
かすかに片眉をしかめているのは、耳元で大声を出したからだろう。
少し悪いことをしたと思いつつも、それどころではない少女は少年へとかみつく。
「当たり前でしょ! アンタの知り合いが光翼騎士団の重役で、先代勇者の仲間の一人よ! 出来過ぎじゃない!? それにアイツ、私の正体知ってたし。私、自分が魔王だなんて一言も言ってない! さっきの説明だってそこは注意したもん! ゼッタイ! うっかり漏らしたりしてないもん! ぅうぅぅぅ……や、やっぱり来るんじゃんかった……お家で寝てたらよかった……」
「いや、ハスタのことは俺も初めて聞いた」
「ウソだ! もう騙されないからな?!」
淡々とした感情の読めない少年の口調に、アルは信じられるかと返す。
するとクリムが指先を向ける。
(何さ、どんな証拠があったって、信じないんだから………………あぁ、うん……)
指し示された先には、エーファと呼ばれた少女が茫然とした表情でハスタを見つめていた。
明らかに何も知らされていない状態から、突然重大な事実を大量に公開されて脳の処理が追いついていない様子である。
(こいつ、弟子にも勇者にも大事なこと黙ってやがったな)
ハスタの意図は不明だが、少なくともクリムは自分を騙したわけでも裏切ったわけでもないらしい。その事にアルは安堵のため息をつく。
そして、崖っぷちどころか地面に直撃寸前で一気に引き上げられた反動からだろう、心の調律が絶望から安心に振り切れたアルは――
「ククク……いかにも、私は今代の魔王。さすがは先代勇者の仲間といったところか。だが、それがどうした?」
なぜか強気に出た。
「勇者でない貴様に“魔王”は倒せん。それは先の魔王と勇者を目の当たりにした自身がよく分かっているであろう。さあ、この館ごと吹き飛ばされたくなかったら、とっととここから私を出せ」
朝一番の活動で肉体的に限界まで疲労し、村の入り口での出来事から今まで精神的にもほぼ垂直の乱高下を繰り返していたために、アルの中で感情と理性の調整がちょっと……いや大分おかしなことになってしまっていた。
「さあ、さあ、さあ! 猶予はないぞ。さっさと破滅か、平和的な解決を選ぶがいい!」
若干タガが外れて、楽しくなってきている魔王様であった。
自分がこの中で最弱である
「エーファ」
魔王の脅しを前に、老人は穏やかな口調のまま弟子へ呼びかける。
栗毛の少女は一つ頷くと、腰に下げていた小型の角燈を取り上げた。昼間だというのに硝子の中には指先ほどの小さな火が灯されている。
エーファは静かに角燈の小窓を開く。
おそらく精霊術だとアルは察する。しかし、ハスタ本人であればいざ知らず、その弟子の、ましてやあんな小さな火など問題にならない。
(ふふん、あんなの勇者の力であっさり消されるでしょ)
この状況下で、
クリムもその点に気がついて「大丈夫かなぁ」と心配げな視線を向けるが、舞い上がっているアルは気がつかない。
「あーっはっはっは、私を止められるもんなら止めてみろ………………へぅ……?」
言葉と勢いを急速に失ったアル。その眼前では、巨大な鳥が羽ばたいていた。
角燈からまろび出た火種が急速に燃え上がり、深紅の火鳥を形作ったのだ。
「エーファは不器用でまだまだな所もありますが、ごらんの通り火の精霊術に関してはちょっとしたものなのですよ」
「い、いいい家の中でこんな大きな火精霊を遣うなんて何考えてんの?!」
「あっはっは、大丈夫ですよ。この部屋全体に保護と封印をかけてあります。被害と言えばお嬢さんと盾になっているクリムが焦げるくらいですな」
「ぜんっぜん大丈夫じゃないね!?」
――こいつ、勇者を犠牲にすることにためらいがなさすぎないかな!?
自分の方こそ先に盾にしているのだが、そこは当然棚上げにしている。
「…………ところで、お師匠? わたし、以前、師匠が元勇者一行かどうか訊ねたことがありましたよね。その時は否定してませんでしたか? あの子が、その……ま、魔王だっていうことも聞いてないですし」
「別に否定はしていませんよ、秘密だと言っただけで」
「…………何か考えがあったんですよね?」
「こういうことはあっさりとバラしてしまうよりは、時期を見た方が驚くと思いまして。ほら、実際、皆声も出なかったでしょう。あっはっは」
「ええ、まあ。すっごくビックリしてお師匠の信用がまた下がりました」
「うん、またって言うことは僕の信用ちょくちょく下がってるって言うことかな? そのあたり後で話し合いま……あ、エーファ、火が近いです、師匠ちょっと焦げてます」
「クリム君ごと火をかけるとか、ないです」
「わかった、わかりましたから。とりあえず火力弱めるか離してもらえますか。このままだと僕、干乾びるからね?」
今のうちに逃げられるんじゃないか、とアルは思ったがすぐにその選択は頭の隅へ追いやる。
師匠と漫才を続けつつも、エーファの栗色の瞳はしっかりこちらを捕らえたままだ。何か行動を起こそうものならたちまち火の鳥がアルに襲い掛かるだろう。……先にハスタを燃やしてからかもしれないが。
ちらりと焔の化身をうかがうと、翼を広げて威嚇された。「ひぅぅ」と消えそうな悲鳴をあげ、クリムが腰掛けている長椅子の陰に頭を引っ込める。先ほどまでの威勢はすでにない。
「ハスタ、エーファ」
「ふむ? どうしました、クリム」
「アルは魔王じゃない。戦う必要はない」
突然魔族に助け舟を出した少年に戸惑うエーファと、興味深げに見つめるハスタ。
「あと、これ以上脅すと、アルが泣く」
「な゛い゛て゛な゛い゛も゛ん゛……」
これ以上説明の必要がない声音で抗議をしてクリムの頭を小突くアル。
少年はその反応を意に介せず続ける。
「これからアルと旅に出る。だからしばらくはここに来れない」
「え?!」
エーファが小さく叫び、火の鳥がひときわ大きく燃えた。
その炎に炙られ「あっつ!?」と悲鳴をあげる
「どどど、どういう、ことかな?」
少女の動揺に合わせて炎が大きく揺らめき、小さな火の粉が周囲にまき散らされる。
そこから距離を取りつつハスタは、冷静に問いかける。
「今日はそれを伝えに?」
「いや――」
クリムは軽く息を吸うと、一瞬だけアルへ視線を向ける。
「仲間になってほしい」
「なぁっ?!」
今度はアルが叫ぶ番だった。
勇者一行と言えば、対魔王の急先鋒である。現に進行形で戦闘状態一歩手前だ(原因はアルが煽ったせいである)。そんな相手を仲間に引き入れるなんて何を考えているのか。
「それは、一緒に旅に出てほしい、と?」
ハスタの言葉にうなずくクリム。
老人は両目を閉じ、しばし沈黙する。口元は笑みを形作っているが、これまでの愉快そうな様子とはどこか異なっているとアルには感じられた。
「…………やれやれ、数十年ぶりに顔を見せたと思えば、そういうことですか」
老人の口から零れ落ちた言の葉に、アルは首をかしげる。
(数十年? クリムとは数か月ぶりだって……)
しかし、その思考は中断される。
ハスタが瞳をアルへと向けていた。そこには試すような、測るような、あるいは憐れむような、不可思議な光が揺らめいている。
胸の奥にザワザワとした不安を感じ、アルはクリムの陰に頭を引っ込める。
「……なかなか興味深いことになっているようですね。そのあたりも含めて、ゆっくりと話をしましょうか。とにもかくにも、まずは昼食にしましょう」
老齢の精霊術師は、好々爺然とした笑顔に戻り、そう締めくくったのだった。
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