魔王と八日目の目覚めと珍客①

 目が覚めたら、ここ数日ですっかり見慣れた天井があった。


――あれ?


 アルは布団の中で、寝起きのぼんやりとした頭をかたむける。

 昨日はどうしたんだっけ?

 いつ布団に入ったのか記憶がない。

 身体も妙にけだるい。

 むぅ~、と目をぐしぐしこすりながら思い出そうとしてみるも、頭がはっきりしない。


 ふと、良い匂いが鼻先をかすめた。

 どうやら朝ごはんの時間らしい。

 いつもならズルズルと惰眠をむさぼってから部屋を出るのだが、今日はお腹がすいている。


――よし、ご飯を食べよう。


 と、上体を起こそうとするが、身体が動かない。


「う、ん?」


 わけがわからず、じたじたと手足を振ってみるが起き上がれない。

 何かが胸の上に乗っているらしいと気がついて、視線だけを向ける。

 真っ黒なケモノがいた。


「あれ、お前」


 なめらかな漆黒の長毛、所々混じった純白の房毛。昨日、魔物の森で出会った、きれいなケモノだ。

 こいつが乗っかっているせいで、起きられなかったようだ。


――ああ、そうだ。勇者を追いかけて森に入って、テノビグマに襲われて…………それからどうしたんだっけ?


 アルは少しだけ昨日の出来事を思い出す。しかし寝起きだからか、まだ頭はもやがかかったようにふわふわしている。

 そもそも、このコはどうしてウチにいるのだろう。


――連れて帰っちゃったのかな。それとも勝手について来た?


 とりあえずいろいろと考えるのは朝食をとってからだと判断して、ケモノへ声をかける。


「……ねえ、動けないからどいてくれる?」


 ちなみに、この「動けない」は「急に動くとケモノが危ないから」ではなく、単純に猫一匹程度の重さで身動きが取れなくなっているのである。

 なんとも徹底的に非力な“魔王”であった。

 ケモノは言葉がわかるのか、ひょいと床に飛び降りた。

 一瞬、情けないものを見る目を向けられた気がするが、気のせいだろう。


 ぐいぃっと身体を伸ばして、あくびを一つ。

 目をこすりながら寝巻のまま部屋を出る。


 パンのふんわりとした匂い。

 お肉の焼ける芳ばしい香り。

 野菜がたんまり入ったスープのほんわかと甘みのある匂いもする。

 どうしてだろう。今日の朝食は豪勢なようだ。

 お腹がくるくると鳴る。

 扉を開ける。


「勇者ぁ、おはよ~」

「おう、ちょうどいい時に起きたな」

「ぅむん?」


 勇者とは違う、聞きなれない声に目を向けると、調理場に長身で筋肉質の男が立っていた。


「もうすぐできるから座っているといい」

「はわ……うぁ……」


 アルの記憶が一瞬のうちに呼び覚まされる。

 それは昨夜、アルの命を狙ってきたゼグ=カルアであった。


「ひぁあああぁぁぁーーーーーーーー!」

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