魔王と魔物の森②

 魔物の一撃を剣で受け止め、対峙するその姿は、まぎれもなく幾多の物語で描かれた英雄そのものだった。

 思わずアルの瞳から涙があふれそうになる。

 勇者が来たのであれば、もう心配はない。彼はウルドをもたやすく倒してしまう実力だ。テノビグマは人間にとって脅威ではあるが、所詮は魔物。勇者の前では取るに足りない相手でしかない――


 と、テノビグマの前腕を受け止めていた剣に、ピシリと亀裂が入ったかと思うと、そのままぽきりと折れてしまった。


「勇者ぁ! 剣折れたぁ!!」

「大丈夫!」


 思わず叫んだアルへ、即座に返答する勇者。

 しかし、間髪入れずその頭上にテノビグマの第二撃が振り下ろされる。

 勇者は片腕をあげ――


 ボキ


 攻撃を防いだ腕から、異音が響いた。


「勇者ぁ!! ボキっていったぁ!!」


 ありえない出来事に、アルは悲鳴をあげる。

 アルは勇者の戦闘を直接見たことはない。あくまでウルドから戦った感想を聞き、その痕跡を目の当たりにしただけである。そこから彼の実力を想像したに過ぎない。

 だとしても、眼前の勇者は弱すぎた。話半分どころか、何十分の一程度の能力ちからでしかない――そう、まるでのような。


「……ウルドから『勇者の力』を抑制する指輪をもらった」


 そーれーだーっ!

 魔王城から出る際、ウルドが勇者に手渡していた真っ黒な指輪を思い浮かべ、アルは歯噛みする。


「何やってくれてんのよ、ウルドぉ……!」

「力が強すぎると人間たちから避けられたり、仲間を集めるのが難しくなるだろうからって」


 ちょっとわかる。

 彼の力はあまりに人間たちと隔絶し過ぎている。無力なヒト共からすれば、勇者の力など魔族と大差ないだろう。さすがに忌避はされなくとも、勇者への助力など必要ないと判断される可能性は高い。

「もうアイツ一人でいいんじゃないかな」なんて思われては、魔王打倒の仲間を募ることなど不可能だ。

 かといって勇者の性格では、わざと弱く見せるような器用な真似などできるはずがない。だからウルドが、その対応策として力を抑制する指輪を渡した理由は理解できる。

 が、今はそんな事を気にしている場合ではない。


「とりあえず、その指輪外しちゃいなさい!」

「つけたら取れなくなった」

「ウルドぉぉおおおおぉぉぉぉぉッ!!」


 呪いの装備をつかまされていた。


(そこまで徹底する!? おかげで全滅しそうなんだけど!!)


 頭を抱えるアルに対して、勇者は「問題ない」と短く呟く。


「ウソだ!」


 全力で否定され、勇者は思わず「えぇ……」と声を漏らした。


「だって、勇者が魔王城ウチに来た時、ウルドも大丈夫って言ってうまくいかなかったもん! 私しってる! ドヤ顔で自信満々なこと言ったら大体失敗するんだから!!」


 従者ウルドの失策が主人アルに割と深刻な傷を植えつけていた。

 勇者はそれでも「大丈夫」と微かな息とともに吐き出し、一歩踏み出す。

 途端、彼を中心に不可視の波が広がり、周囲を打った。


 勇者の発した気迫に、アルは息を飲み、テノビグマがわずかに後退する。

 しかし怯みはしたものの、巨躯の獣は咆哮を轟かせ、敵意も露わに勇者をめつける。

 次の瞬間、勇者はテノビグマの懐に入り、残った剣の刀身をその口内へ突き込んでいた。

 勇者を迎撃すべく繰り出された両腕は、彼の身体を捕らえることなく地面に垂れ、それに引きずられるようにテノビグマの巨体が崩れ落ちていった。

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