魔王と巣作り②

 大 完 成 ! !


 ついに出来上がったよトイレ!

 そしてお風呂!


 夕日を浴びて悠然と立つ施設を目の当たりにして、アルは興奮を抑えきれず小躍りする。


 トイレは、家畜小屋の外壁にくっつける形で専用の小屋を建てた。

 高床式で、床下――用を足すための穴の下――に受け皿として木くずや刻んだ干し草を敷き詰めた大きな桶を設置。それを家畜小屋の方から取り出せるようにする。そうして適当な時に桶をたい肥置き場へ持っていき、空になった桶を再びトイレの床下に戻すのだ。

 いちいち家を出て小屋に行く手間はあるが、家畜の目の前で用を足すか、自室で桶にかの二択に比べればずっとマシだ。

 桶の運搬は当然、勇者。


――重くて運べないからね、私じゃ! トイレ掃除くらいならしてあげなくもない。汚いのはさすがに嫌だし。


 そして風呂。

 水の運搬の都合があるから川辺に設置。構造は簡単で、長方形の箱状に木を組み浴槽を作る。浴槽内に足を伸ばして入れる広さを確保した上で、中に仕切りを立てる。仕切りの高さは浴槽の中ほど。中に水を張り、仕切りの向こうに火にかけた石を入れて水を熱していくのだ。

 石は河原から大きめのものを集め、作業の間、焚き火に放り込んでおいた。


 自分の描いた図が実際に目の前に存在していることに、アルはこれまで経験したことのない満足感と興奮に震える。


「やるじゃない勇者! 褒めてあげるわ!」


 高揚した気持ちのままに、ぐりぐりと勇者の頭をなでる。

 アルより背丈の小さな少年は、真っ赤な夕日の中、撫でられるまま無表情に「ん」とだけ返事をした。


「さあて」


 待ちに待った入浴だ。

 城にいたころは面倒くさくてそこまで好きではなかったが、入れないとなると無性に恋しくなってしまった。


 さっそく衣服を放り投げて湯船に飛び込む。

 あふれたお湯がざっぱんと気持ちのいい音をたてて地面に広がっていく。


 水を大量に川から何度も汲まなければならない手間と、火を使う都合もあって小屋を建てることは断念した。あと単純に資材や時間が足りなかったのもある。

 だから浴槽は地面に直接置かれ、その周囲を柵につたや葉っぱを編み合わせた簡単な目隠しで囲っただけだ。


 雨が降ったら入れないとか、石鹸が欲しいとか、まあ不満なんていくらでもあるけれど。何もなかったころに比べればずっとずっとマシ。これから少しずつ良くしていけばいいのだから。


 ゆっくりと足を伸ばし、首までとっぷりとお湯につかる。


「ふああぁぁぁ」


 思わず声が漏れた。

 湯船から腕を持ち上げると、肌の上をさらさらと水滴が流れていく。


「どう?」

「ちょうどいいくらい」

「そう、陽も落ちたからもう一個入れておく」


 言って勇者は、器用に二本の枝で挟んだ大きな焼石を仕切の向こうに入れる。

 空はもう暗くなり始めていた。

 火照った肌にはちょうどいい風だけれど、湯はそれほど時間もたたずぬるくなってしまうだろう。

 この量の水を温めるのに、結構な数の石を用意し、それを十分に熱するのにかなりの時間と労力が必要だった(やったのは勇者だが)。

 日常的に利用するには効率が悪すぎる。


「うーん、お城ではどうやって沸かしてたんだろう?」


 魔王城ウチの浴場は常に温水が湧いている状態だった。

 管理できるのはウルドしかいないから、一人でこんな手間をかけているはずはないと思うのだけれど……。


(温泉でもひいてたのかな?)


「魔力で沸かしてたんじゃないか?」

「……あ」

「貴族の家では実際に精霊術を生活のために使ってるって聞いたことがある」


――魔法や精霊術が使えれば、こんな苦労しなくてもいいのか。


 湯船の中で念じてみたり、全身に力を入れてみるが、何も変化がない。

 やっぱり魔法は使えないようだ。

 脱力して、口まで湯につかる。

 そもそも魔力の使い方からしてわからない。


――ホント、私が魔王だなんて何かの間違いじゃないの? 


「焼石じゃなくて、鉄の筒や箱を入れて、そこに直接火をくべた方がいい。かな」


 ブクブクと湯船に泡をたてていると、そう勇者が切り出した。


「…………そうなの?」

「鉄の方が熱をよく伝える」と勇者が頷く。


 なるほど、例えば片側だけ口の開いた鉄製の筒を縦に沈めて、開口部を湯船から出す。それで、その中に火のついた薪を入れればいいのか。そうすれば火力の強さ次第で早くお湯になるし、火が消えてしまうまでは温かい状態を保つことも可能だろう。


「でもそれだと目の前に煙突があるみたいなものよね。ちょっと煙たそう」

「なら風呂桶の側面に鉄の箱を差し込むようにして、横から火を入れるようにすればいい。水が漏れないよう工夫する必要はあるけれど、それなら灰の処理も簡単」

「いいね」


 でもそんな都合のいい大きさと形の鉄なんてあるのだろうか。


「鍛冶屋に依頼が必要。近くの村にいるから頼むことはできる」

「ならお願いできる?」

「わかった。でも多分時間はかかる」

「いいよ」


 改良の目途がたっているのなら、ちょっとくらい待ったって平気だ。

 勇者は改めて「わかった」と頷いた。


――ふふ、いい感じ、いい気分。


 お風呂あがったら、お布団にくるまって本を読もう。

 うふふふふふ……。


「変な笑い方」

「失礼ね」


 眼前の勇者を睨みつける。


「………………今更だけど、アンタ、当然のようににいるわね」


 勇者は意図がわからないと首をかしげる。


「私、裸なんだけど」


 今度は眉が中央に寄った。その仕草に、少女は自分の意図が伝わっていないことを悟る。

 おそらく、こんな人里離れた場所でおばあちゃんと二人で暮らしていたため、男女間の事柄についての認識がとても薄いのだろう。


「まあ、人のこと言えないんだけどさ」


 ため息を一つ。

 彼女にもウルドしかいなかったのだ。そういうモノに少しの知識はあるが、本で読んだだけで理解しているとは言い難い。だからこそ今の今まで自分が一糸まとわぬ姿で“男”の前にいる事に気づかなかったし、そうと認識しても全く実感がわかない。


「普通は女の子の裸を見たら、恥ずかしがったり、こう…………こ、興奮? したり、するもんなの」

「そうなの?」

「…………多分」

「でも、バアちゃんの裸でもどうも思わなかったし」

「おばあちゃんの裸と一緒にすんな!」


 ばしゃりと、お湯を勇者へかける。

 飛沫をこともなげにかわしつつ、よくわからないと、勇者は首を振る。


「は――」


 何か、どうでもよくなって笑ってしまった。

 そういえば、勇者とこんなに話したのは初めてだ。

 アルは生まれてからウルド以外と交流の経験がなく、勇者との接し方を掴みかねていた。彼の口数の少なさもあり、この数日間の会話など挨拶以外かわさなかったと言っても過言ではない。

 それが昨日から少しずつだけれど会話をしている。さっきはあんなくだらない(いや、乙女的にはくだらなくはないかな?)やりとりまで。


 おそらく世界中の誰よりも強く、魔王の天敵で。建物を建てられて、最低限料理もできて、生活のために商売もしている働き者。生まれてずっとお城にひきこもりっぱなしで怠け者の自分とは正反対で、勝てるところなんて本の知識くらい。だというのに世間とのずれ具合は似ている。

 そしてそんな二人が命を削り合うどころか、一つ屋根の下で生活して、日曜大工でお風呂とトイレを造ってる。

 なんて可笑おかしくてヘンテコなんだろう。


「アンタも一日働いて汗かいたでしょ。私はもう出るから、入ってもいいわよ」


 そこまで口にして、ふと悪戯心から、言い換えてみる。


いいわよ?」

「…………考えとく」


 勇者は視線をそらしつつ答えた。


――多分入らないな。


 何となく彼のことがわかった気がした。

 自分の口元が緩むのを感じつつ、アルはお風呂のふちに手をかけ――


「………………あの、服着るから目隠しの外に出てってくれる?」


 さすがに目の前でお湯から出るのは恥ずかしかった。



   * * *



 翌朝。


「ふわあぁぁ……」


 眠い。

 習慣でいつもの時間に目が覚めたけれど、まぶたが重くて頭もはっきりしない。

 ついつい遅くまで本を読んでしまった。

 枕元に置いた本に目をやる。

 題名は『拳の勇者と姫魔王』。

 おばあちゃんの部屋からとってきた数冊の本の一つだ。

 すべて学術書や専門書の類ばかりだと思っていたけれど、これはどうやら物語だったらしい。


 とある村に、外見は美しいものの、力自慢で血の気の多い性格の娘がいた。やがて娘は勇者として認められ、魔王を退治するための旅に出る。道中、仲間を集め、強力な魔族を倒し、やがて魔王城へたどり着く。しかしそこで勇者たちは、まるで深窓のご令嬢のように柔らかな雰囲気の少女と出会う。少女は自らを魔王と名乗り、勇者に相談を持ち掛けるのだった――。


 ここまでが読んだ内容だ。

 勇者の仲間の一人の視点で描かれているのだけれど、描写の臨場感がすごくて、まるでその場にいるように引き込まれてしまった。勇者が女の子で、武器も持たずに拳で戦う設定も珍しい(くわで魔王倒しに来る勇者が現実にいるけど)。それに、魔王が勇者に頼みごとをする、なんて、少し自分と重ねてしまう。


 まあ、そんなこんなでズルズルと止め時を見失ってしまった。ろうそくが燃え尽きたので、やむなく布団にもぐったにすぎない。それでも“魔王の相談”の内容が気になって、しばらく眠れなかったのだけれど。


(まさか命ごいをする魔王なんて私くらいだろうけどね)


 続きが気になって仕方がないけれど、お腹もすいた。

 とりあえず、朝食をすませてから、続きを読もう。

 本はたくさん。

 ご飯は勇者が作ってくれる。

 トイレもお風呂も完備。

 ひきこもり放題だ。


(今度からご飯は部屋に持ってきてもらうようにしようかな)


 そんなことを考えながら居間への戸を開ける。

 勇者はいなかった。

 食卓には、一人分のパンとスープ。それに、手紙。


『魔王へ

 ウルドへ食糧を渡しに行ってくる

 夕方までには帰る』


……

…………

………………ずるい。

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