決戦、最果ての地フエゴ島

「痛いほどよくわかったでしょ。のっぴきならない状況が」

フレールモアが腰に手をあてて俺を嘲っている。

「喧嘩している場合じゃない。テーメルの株価を押し下げている奴をぶちのめす」

俺はバトンをくるりと回して魔法陣を描いた。瘴気が立ち込めてスカートを揺らす。

「心当たりはあるの?」

フレールモアはずけずけと陣内に入り込んできやがった。なし崩し的に俺と組むつもりだ。

「証券取引所のサーバーをハッキングするとか風説を流布するとか、そんな生易しいもんじゃねえ。大規模な株価操縦だ。人間離れしている」

この世界の株価売買は量子コンピューターが介在していて数秒先の取引が先行する。

「魔法の仕手戦? それって・・・」

魔法少女は目を丸くした。

「ラプラスの悪魔だ」

それは物理学上の四天王と呼ばれる概念だ。この世の一部始終を熟知した悪魔を仮定しよう。そいつは物事の展開を「予測」することしかできない連中を出し抜いて常に勝者になれる。

。もちろん、そんなものがいるかどうかあくまで理論上の話だ。


「ちょっと待って。ラプラスの悪魔は飼い慣らすことが不可能と言われているのよ。名うての大魔王たちが過去に何度か試みてひどい目にあってる」

ぎょっとしたフレールモアの瞳に俺は恐れの感情を読み取った。

「魔法使いにも怖いものがあるんだな。確かにそいつは手ごわい相手だが、調伏できないこともない」

俺には秘策があった。相手は万能の預言者だ。文字通り神から行動予定表ロードマップを預かっている。だから彼にとってそれ安全毛布セーフティというわけだ。

もし行動予定を突き崩す事が出来ればどうなるだろう。たちまち、そいつは混乱に陥る。ラプラスの悪魔が牙を抜かれるという次第だ。

「ラプラスの素性も、どこに潜んでいるかも判らないのに、よく作戦が立てられるわねぇ」

フレールモアはすっかりパートナー気取りで俺を心配してくれる。

「奴のターゲットは俺だ。魔法女帝チュロス。必ず勝てると踏んで数あるターゲットから俺を選んだ。他にも人間を代理戦争の道具に使ってる魔女がいるって言ったよな? だから、奴は俺専用の宿敵だ」

そういい終えぬ間に魔法陣は俺たちをホワイトプレインズのど真ん中に運んだ。

あたり一面、きらびやかな建築が立ち並んでいる。とりわけ目立つのは雲を突き抜ける最高級コンドミニアム。世界を代表する不動産王の物件だ。

ド派手な魔法エフェクトをブチかますにゃ不向きな場所だ。

「ちょっと、何を考えているの?」

    

頼みもしないのにフレールモアが被害総額を俺の視界に描き出した。でかでかと空中を泳ぐフォント。それを野次馬がスマートフォンで撮影している。

余計な演出をしやがって。窓越しにみている投資家もいるだろう、ますますテーメルの株価が冷え込んじまう。

「まあいい。不安の焦点に俺がいれば向こうの方から近づいてくる。なにしろラプラスの悪魔様だ。人々の不安を増幅して安全地帯からぶつけてくるだろう。

人知を超えた現象に人々は恐れおののき、投資をますます手控え、将来不安を呼ぶ。その神経戦の渦中で俺は苦戦するって次第だ。どうだ」

「ずいぶんと自信満々ね。で、その裏をかく方法は?」

フレールモアが身を乗り出してきた。

だが、閃光と爆発音が会話を遮った。

見れば満身創痍のピヨスモンテがフレールモアの上に落ちてきた。服はぼろぼろに焼けこげ、肝心な部分が見えそうだ。履き替えたのかどうか知らないが、純白のぱんつが眩しい。

フレールモアの悲鳴が遠ざかっていく。

「おい、翼竜はどうしたんだ?」

俺が心配するとピヨスモンテは鼻を鳴らした。

「あんなもん、ちょちょいのチョイよ」

「ちょちょいのちょいって、ラプラスの悪魔もチョイ出来るんか?」

俺は自分が置かれている状況を手短に説明した。するとピヨスモンテは頭を抱えた。

    

「厄介な相手を招き寄せてくれたわねえ。それにあのババーの詭弁をどこまで信じているの?」

ピヨスモンテはギャン泣きしながら身の潔白を主張した。

マズいな。俺って対女スキルが皆無に等しい。泣く女の扱いに困る。

「お願いだから機嫌を直してくれ。今は俺の株がヤバいことになって、それどころじゃないんだが」

俺がしどろもどろになっていると、ピヨスモンテはじっと俺を見つめた。うわ、こっち見んな。

「私にはチュロスしかいないの」

そう深刻になられても。こういう時はどうリアクションすりゃいいんだ。とりあえず、全肯定すりゃいいのか。

「わかった。お前だけだ」

即答すると、ピヨスモンテは俺の背中に抱き着いてきた。単純な奴だな。


◇ ◇ ◇


「フレールモアこそ食わせ者よ。チュロスを丸め込んで力を解放させようとした。それもホワイトプレインズの真ん中で」

ピヨスモンテは乱れた胸元を整えながら俺の魔法陣を乗っ取った。

「ラプラスはどうすんだよ?」

「一筋縄ではいかないって聞いたでしょ。そもそも魔法使いごときに制御できる存在じゃない。煽ることはできるけど」

「それで俺をつけ狙っている奴の目的は何だ。俺の抹殺か? 俺の力を削いで、地球侵略の糧にしようってか?」

「どれもハズレ」

ピヨスモンテは俺の潜在能力をとうとうとまくし立てた。

    

要約すると、俺、すなわちチュロスは現実世界に理想郷を打ち立てた。ネットで稼ぎ、ネットで自給自足する。居ながらにして完結した環境は世界征服を成し遂げた支配者に共通するという。

「なるほどな。欲しいものは意のままだ」

「それが貴方の魔王たるゆえんなの。小さな世界だけど完全支配したも同然よ。厄介なことに『世界』という言葉に明確な定義はない。ネット社会にはあなたみたいな魔王がひしめいているわ」

「結構なことじゃないか。それで世界が滅びるっていうならともかく、平和そのものだ」

「あなたは本当にわかってない。自分の恐ろしさに」

ピヨスモンテは俺を突き放した。

「逆説的だが満ち足りた魔王ほど人畜無害なものはないぞ。力は正義だ。秩序を成し遂げる唯一の手段だ。そして誰であれ平和と安定をもたらした者の勝ちだ。わっはっは」

「それ、ジャングルでも言えるの?」

ピヨスモンテがむにゃむにゃと呪文を唱えると例の不動産王が打ち立てたコンドミニアムが迫ってきた。ちらちらと垣間見える部屋はどれも贅を尽くしている。

俺たちはバルコニーの一つに降り立った。液晶ディスプレイの前で太った中年女性が両肘をついている。彼女は俺たちを見るなり眉を吊り上げた。

「また来たの? いいかげんにしてちょうだい」

ものすごい剣幕で窓を閉める。だが魔法の妨げにはならない。

「お前、この人に何をした?」

    

俺がピヨスモンテを諌めると鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「初めまして。仲間がお邪魔したようで申しわけありません」

「迷惑も何も、放っておいてちょうだい」

中年女は迷惑そうに睨みつけてきた。俺は魔法のバトンを揮って少し時間を巻き戻した。

すると、フレールモアの奴が彼女にちょっかいを出したようだ。

エリザベスことリズはもっか求職中。仮想敵に飢えていて、今日も見ず知らずのSNSアカウントをつるし上げて憂さ晴らしをしていた。

被害者は妊娠中絶反対論者で法規制を大々的に訴えている。それがリズの癪に障ったようだ。彼女は有り余る情熱のすべてをストーキング行為に注いでいた。

ピヨスモンテは画面をびっしり埋め尽くす文章から重要部分を抽出した。

粘着された側のログはリズのコメントで埋め尽くされ、とても口にできないような言葉が連なっている。

「見た? ネット魔王が君臨する陰で格差社会が生まれているのよ。行き詰った人々はネットで拳を振り上げるの。正義のお題目は何でもいい」

「それでフレールモアがモンスターを育てようとしたのか」

俺がざっと流し読みしたところ、フレールモアが訪問した時刻から炎上の勢いが増していた。罵倒語のボキャブラリーも豊富になっている。

    

「フレールモアは行ってしまったわ。もっと罵詈雑言をちょうだい」

リズは狂ったように悪態を要求した。

「あんたのせいよ。そもそもオンラインは小さな出会いや絆を見つける場所。それを寡占したらバランスが崩れる」

「無茶苦茶を言うなあ。まぁ、百歩譲って正しいとしよう。それでどうなる?」

俺は多少の呵責に苛まれながらも、我慢して聞いた。

するとピヨスモンテはとんでもないことを口にした。

「このまま放置すると最終戦争が起きるわ」


ピヨスモンテは再び俺を伴ってホワイトプレインズを見おろす高台へ登った。不動産王タワーの家主を象徴するいやらしい照明が眼下を原色に染めている。

彼女がバトンを降ると大陸の輪郭と網の目のように張り巡らされたネットワーク経路が虚空にきらめいた。

「ネット魔王の人口密集地と炎上個所をリアルタイムで重ねてみるわ」

この国を西から東へ横断する主要経路が溶岩流のように燃え上がる。まるでカルフォルニアの山火事だ。

確かに凄いといえばすごい。

だがしかし、俺は冷静に現実直視した。

「こんなの平常運転じゃねえか。ネットじゃ日常茶飯事だ。世界が滅びるほどじゃない」

「わからないの? チュロス」


ピヨスモンテはネットワーク図を世界規模に拡大した。すると灼熱の惑星があらわれた。

    

五つの大陸は血の色に塗られ、地球の七割を占めるといわれる海までオレンジ色に萌えている。

「一触即発だな」

俺があっけにとられていると、北米大陸が戻ってきた。

「そう、余剰な軍備が活躍の場所を求めている。リズに代表される人々は暴れる場所が欲しい。そして経済は起爆剤を探している」

「だからと言ってすぐ戦争に結び付けたがるのは陰謀論者だぜ」

俺が突っ込むと、ピヨスモンテは静かに言った。


「起爆剤がラプラスの悪魔だとしたら?」

「何だって?」

「待望されている起爆剤がラプラスの悪魔だとしたら? 具体的にはフェイクニュースよ。既に出来上がっている事実や済んだ事件、つまり「結果」を歪めて火のない所に煙を立てる。それで大衆を操作する。悪魔的だと思わない?」

「そう漠然と言われてもな」

俺はピヨスモンテの仮説を振り返って、直感が閃いた。

「そうか、テーメルだ!」

考えてみれば俺は魔法女帝チュロスと讃えれる人物だ。あっという間に四億円を溶かした。

全体的には微々たる規模でも与える影響力は決して小さくない。その主たる投資先であるテーメルは民生用ロケットや超長距離ドローンなどで世界を開拓している。

「テーメルは新興のベンチャーキャピタルを一つ買収したわね」

ピヨスモンテがポートフォリオを掌に浮かべる。

    「ああ、俺も株をごっそり買ったよ。成層圏プラットフォームの製造会社だ」


南米、アルゼンチンのラッシュモア社は未開地をWi-Fi電波で照らす事業に社運をかけている。無人のドローンを僻地に滞空させ、アクセスポイントにしようというのだ。

「インターネットに毒されていない人ほど利用価値がある」

「ラプラスの飼い主はそこか! ピンチョス、チュロス、ピヨスモンテ!!」


俺たちはあっという間に南米へ飛んだ。



アルゼンチン フエゴ島 ウシュアイア。

世界最南端の町は銀世界だった。タラバガニ漁に出かける漁船をペンギンの群れがまったりと見送っている。街を見下ろす俺態はミニスカートに素足をむき出すというわけにもいかず、魔法のストッキングを履いている。

「ネットワーク図を出してくれ」

俺はピヨスモンテにウシュアイア周辺のWi-Fi環境を確認させた。

ところどころ、たばこの吸い殻のように赤い光が燻っている。

小規模なWi-Fiスポットが点在している。人口密集地と呼べるほどの賑わいもないが、ネットカフェらしき店は数えるほどあるようだ。

「その昔、原住民が焚火をしていたのよ。それで火炎島フエゴという地名がついたのよ」

ピヨスモンテが検索エンジンを試運転した。

    

「なるほどな。港の一角に観光客が集まっているんだが、何者だ」

俺はさっきから気になる光景を注視していた。

「南極観光の拠点になっているのよ。あそこに観光砕氷船が停泊してるわ」

「原子力砕氷船ケメロヴォ・・・ロシア船籍か」

俺はその船に胡散臭さを嗅ぎ取った。なんとなく嫌な予感がする。

「観光客が常時接続を欲している。理にかなっているわね」

ピヨスモンテが魔法で全天スキャンすると、はたせるかな、ラッシュモア社の成層圏プラットフォームがうようよしていた。

「!!!?」

とつぜん、彼女の顔色が変わった。空中で身体をくの字に曲げて、激しくせき込む。

「どうした?!」

近寄ると、彼女は手で振り払った。かわりにルーン文字が俺の脳裏を駆け巡る。

「フレールモアか! 汚い真似は止めろ」

俺はいくつか呪文を唱えて、彼女の呪縛を断ち切った。ピヨスモンテが張り巡らした知覚に悪意を注ぎ込んだのだ。

研ぎ澄まされた感覚に破壊的なダメージを与える。

「その言葉、そっくり返品するわ」


虚空を割ってフレールモアが稲妻のごとく降臨した。鮫のようなドローンの背中に乗っている。

「成層圏プラットフォームを壊して鎮火させようなんて、横暴はやめてくれない?」

ラプラスの使い魔がよく言う。俺は負けじと言い返した。

    

「純粋な人々の探求心につけこんで、恐怖のどん底に陥れようなんて悪趣味もほどがあるわ」

ピヨスモンテがフレールモアを糾弾した。

まだ見ぬ大陸へ期待を膨らませている観光客たち。そんな彼は非日常に生きているから、ほんのちょっとした変化も恐慌に変わる。

世界を破滅に駆り立てる起爆剤としては充分な量だ。

「何を馬鹿なことを言っているの? 私はたた未知を欲しがる人々に安心と提供したいだけ。新鮮な体験は人生を潤してくれるわ」

フレールモアは人間の感情を破壊に転用しようなどとおくびにもださない。

「ラプラスの悪魔は使い方次第で先行き不透明感をもたらすのよ」

ピヨスモンテが欠点をあげつらえば、フレールモアも反論する。

「人聞きの悪いことをいわないでちょうだい。不安、そう、ちょっとしたハプニングを与えるだけよ。旅は刺激的でなくっちゃ♪」

彼女が指を鳴らすと雲行きが怪しくなった。風が吹き、港の沖合に白い波が立つ。出航を待つ人々にガイドが中止の可能性を示唆している。

すると、待ち行列の一部で小競り合いが始まった。しかし、駆け付けた警備員がすぐに鎮圧した。


「ラプラスの悪魔を・・・飼い慣らしている?」

ピヨスモンテはすっかり拍子抜けしてしまった。

    

「チュロス、いい加減に目を覚ましたらどうなの? その女は破壊工作しか頭にないのよ」

フレールモアは俺が騙されていると懸命に訴える。彼女の話によれば世界が戦争に突き進んでいるという発想そのものがピヨスモンテの悪魔性を象徴している。

「でたらめよ」

ピヨスモンテは潤んだ瞳をこちらに向けているが、俺はもう騙されない。言われてみれば、自滅の危機は何度も叫ばれてきた。しかし、人類はブレーキを踏めないほど愚かじゃない。

俺は心を決めた。

「君の言うとおりだ。フレールモア。与する前に一つ聞きたい。君は刺激された観光客たちに何を期待しているんだい?」

決意を伝えるとフレールモアはとうとうと理想を語り出した。

「旅から帰った人々は一変した人生観を不特定多数と分かち合うのよ。そのワクワク感は魔法そのもの。閉鎖的なネットワーク空間が生み出す濁りじゃなく、魔法世界と交流が芽生えるの。素晴らしいと思わない? チュロス」

フレールモアの説得力あふれる言い分を俺は否定できない。それに比べてピヨスモンテの乱暴な外科手術は何だ。害悪でしかない。

「わかった。邪魔な女には死んでもらおう」

    

俺はためらうことなく魔法の杖をピヨスモンテに向けた。彼女は一瞬、目じりを光らせた。そして、キュッと口を真一文字に結んで、腕を振り上げた。

「なっ?!」

ドカンと突き上げるような衝撃が俺を襲った。次の瞬間、あろうことか港が炎に包まれていた。

火だるまになった人々が地面を転がりまわっている。土産物屋が焼け崩れ、さらに犠牲者が増えていく。停泊していた砕氷船が港を離れ始めた。

どこからともなく救急隊が駆け付けたが、焼け石に水だ。助けを求める人々が服に火がついたまま車両に群がる。そして、爆炎が立ち上った。

もうムチャクチャだ。死体が秒を追うごとに増えていく。

それを野次馬が遠巻きにスマホで撮影する。ウシュアイアのニュースは光の速さで地球の裏まで達した。

「ちょ・・・こんなはずじゃなかった」

フレールモアは大衆以上に狼狽えていた。

「どういう手はずだったんだ?」

「ラプラスの悪魔なんて最初からないの。テーメルの資産を利用して人間の将来不安をほどほどに搾取しようと思ったの」

「じゃあ、魔界と交流する話も大法螺か?」

俺が問い詰めるとフレームモアは首を振った。

「いいえ。それは本当。ただ、ピヨスモンテの妨害を避けるために脅し文句が必要だった。でも、もう何もかもお終い」

そこまでいうと、彼女はがっくりと膝をついた。

    

「魔法を使いすぎるとロクでもない結果を招くわ。魔法というのは努力の過程を省略する方便よ。思考することを麻痺させる劇薬にもなる」

ピヨスモンテがフレールモアを激しく批判した。

しばらく無言がづづく。それを喧騒が打ち破った。

「戦争だってばよ!」「マジかで?」

野次馬たちは眼前の惨事などなかったかのようにスマホを見入っている。動画ニュースがウシュアイアの暴動を伝えている。適当な憶測が追加され、アルゼンチン政府に対するテロだと報じられている。


「フェイクニュース?!」

俺は無意識のうちにピヨスモンテの手を握っていた。

「わたしを信用できないんじゃ?」

「わるかった。それよりも、戦争を止めなきゃ」

「チュロスは魔法女帝様なんでしょ?」

「君しかいないんだ!」

「本気でそう思ってるの?」

「当り前じゃないか。俺にとって本気リアルは君そのものなんだ!」

「わたしは都合のいい女なのね」

散々嫌味を言われて、俺は胸の内を明かした。

「違う。本当にかけがえのない人は君しかいないんだ」

「どうしてそんなことが言えるの?」


俺はすうっと息を吸い込んだ。そして肺を振り絞った。


「だって、いつだって魔法少女は男子の味方だったじゃないか!」




俺たちは破局を回避すべく、三度みたび地球を俯瞰する視点に駆け上がった。

眼前でネットワーク図が白熱している。

    

「通信を分断すればいいわ。意思疎通が出来なくなれば、情報の共有も不可能になる。人々の感情は『いいね!』で一つにつながってるから」

ピヨスモンテはネットワークの破壊を提案してきた。相変わらずの破壊神め。魔法少女よりそっちのほうが向いているんじゃないか。

「うるさいわね。被害は極力抑えるつもり。強硬手段としては海底ケーブルをぶった切るのが効果的よ。インターネットの大動脈だから」

「他に手があるってのか?」

俺はピヨスモンテの腕っ節を信頼することにした。

「あれよ」

彼女は夜空に浮かぶ小さな星を指さした。

「準天頂衛星? 日本版GPSっていう奴か?」

「そうよ、ピンチョス、チュロス、ピヨスモンテ! 萌え萌えパワーで破壊女神になぁれーーーッ!!」

彼女がノリノリで魔法のステッキを振り回すと、流れ星がスーッと尾を引いた。



その日、全国都道府県の陸上交通網は大混乱に陥った。位置情報をGPSに依存していた交通機関はただちに代替えの位置確認手段を行使した。

万一に備えて二重三重のバックアップが施されているのだ。

しかし、諸外国のGPSは精度上のズレがあり、GPS搭載システムはこぞって異常を報告し始めた。

その強力な負荷が通信帯域を圧迫し、結果としてネット全体が麻痺する遠因となった。

    

かくして国家規模のシャットダウンが巻き起こり、これを機会にネットワークに依存する姿勢を問い直す機運が高まった。

フエゴ島の騒動は言うまでもない。フェイクだ。ピヨスモンテの魔法は末恐ろしい。

ただ、残念なことにあの日を最後に彼女は姿を消した。だが、俺、いや、あたしの手には魔法の杖が今も握られている。

「お母さん、サンタさんのプレゼントは?」

わたしは小さな手にバトンを渡した。

    

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まほう少女ピヨスモンテ 水原麻以 @maimizuhara

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