まほう少女ピヨスモンテ

水原麻以

爆誕・魔漢少女

死ぬかと思った!

「わたし、まほう少女ピヨスモンテ!」

いきなりアニメボイスで呼び止められりゃ誰だって驚く。


玄関開けたら「まほう少女」にお出迎えされた。言っておくが俺は万年独身で一人っ子だ。

だいたい、ここはカードロック式の男子寮だ。さては男の娘というやつかぁ? 

「悪いが他の菊門をあたってくれ」

俺は気色悪いコスプレ野郎を跳ねのけた。肌は色白で柔らかい。こいつ、本当に男か? それにいい匂いがする。

ダメだダメだダメだ。俺はノンケでそっち方面の趣味はこれっぽちもない。


でも、たまにはこっそりBLも読むのよ。


はっ?!

うわ~っ! いかんいかん。すでに奴の術中にはまっとる。とにかく、俺の恋愛対象は健康な成人女性だ~っ。

いや、もしかしたらこいつは本物の女かもしれない。男にしてはどことなく張り合いがない。

店員以外の女性と十秒以上会話したのはいつだったか。しばらく、観察することにした。警察にドナドナしてもらおう。どれ。

プロモーションや目鼻立ちは平均的なアニメヒロインだ

    

ビキニアーマーにダーツ部分にスリットの入ったドレスを纏っている。腹がほとんど露出している。そこから、おそらく下はハイレグだろう。ボトムのの腰紐が見えている。

エメラルドグリーンの装飾具をこれでもかと着けている。

よし、鑑定終了。こいつは自意識過剰なレイヤーだ。まぎれもないビッチ。

「あのう。お気に召されましたかぁ?」

甘い声で先制攻撃してきやがる。くそ、かわいいじゃねーか。

どこのどいつか知らんが、誘いに乗るもんか。

「ていうか、誰だよ。お前」

「ですから、わたし、まほう少女ピヨスモンテ!」

「お前それしか言えねえのかよ。つか、何の用だ。受信契約ならお断りだ!」

俺は渾身の一撃を放った。部屋にはネット接続環境しかない。

「違います。ですから、わたし、まほう少女ピヨスモンテ。契約して貰えないと、わたし、わたし」


今度は泣き落とし作戦かよ。徴収員でないとすると何だ。

風俗の訪問販売とか聞いたことがない。

「もしかして、本物メンヘラさんか?」

恐る恐る聞いてみると力強い返答があった。

「ですから、わたし、まほう少女ピヨスモンテ!」


あのなあ・・・・。


「だいたい、そんなパンツ丸見えの衣装を披露されて、契約したい気持ちに火が付くと思うか?」

「します、します、絶対します。だって貴方は男の子」


物好きなオタクでも三次元女に押しかけられたらさすがに引いてしまうわ。

    

ビキニパンツから白い布がはみ出ている。おまけにレースに黄色いしみがついている。魔界に百均があるのかどうか知らんが、生活水準がうかがい知れる。苦労しているんだな。

「で、その魔法少女様?が、どうして俺ん家に?」 

「わたし、まほう少女ピヨスモンテ!」

「それは判ってる。粘着する理由を教えろや」

俺が核心に切り込むとピヨスモンテは押し黙ってしまった。

「するってーと、あれか? 契約者を男の娘に変えたり奴隷にしたり挙句は異世界へ飛ばして魔王と代理戦争させたりろくでもない任務を押し付けようってんだろ。ああ?」

どうだ、図星を指してやったぜ。


「わ、わたし、まほう少女ピヨスモンテ」

魔法少女はしどろもどろになった。

やっぱり悪質商法か。俺のような身寄りのない独身はいくさの捨て駒に最適だ。適当におだててボッチの純真さつけこめば、砂が水を吸うように洗脳できる。

君は唯一無二の勇者だとかなんとか。そしてつかの間の恋人を演じていれば偉業達成という次第だ。どうせ魔界の元カレと寝てるくせによ。

俺は洗いざらい魔女の腹積もりを暴いてやった。すると、彼女は今にも泣きそうな顔でうなづいた。


だんだん可哀そうになってきた。こいつも自分でなく上位の意思に仕方なく隷属しているだけだろう。あるいは生計のためか、体制に逆らえないのか、たぶんそんな事情。

いずれにしても巻き込まれると面倒なことになりそうだ。

    

「なぁ。俺に過剰な期待をしてもしょうがないだろ。異世界の救世主になれるなら、こっちでとうに成功してる。それに、人間の夢や愛情に支えられている世界なんて未来が無いぞ」

俺はありがちな派遣理由をあげつらった。

「人間界のモチベーションアップに依存するほど魔界はヤワではありません。それにわたしは落第生でもありません」

ピヨスモンテは魔女っ娘の不文律を真っ赤な顔で否定した。

「じゃあ、勇者のスカウトか? ラスボスと禅問答するなんてまっぴらごめんだぞ。他をあたってくれ」

だいいち、トミノ節というのか、そういう熱いトークができるほど人生経験を積んでない。 


「うぐっ・・・・」


ピヨスモンテは完全論破されたらしく、口をへの字に曲げた。

面白い。もっといじめてみよう。魔法少女が契約を迫りに来るなんて滅多にない出し物だしな。


「そういえば、さっき『絶対契約させてみせます』とか断言したよな。その勢いはどうした?」

俺が畳みかけると彼女は絶叫した。


「あなたが好きだから!」


あらあらあら、そう来ましたか。しかも直球勝負。俺も安く見られたもんだ。

どうせ俺の前世が英雄だとか、自分と死に別れた夫だとか、手垢にまみれた理由だろう。

あるいは救国アイテムのパーツが俺自身であるとか、最終兵器発動のキーであるとか。


    

「あなたの予想はたぶんどれも外れです。それどころかあなた自身の命に係わる問題です。もう時間がありません」


ピヨスモンテは俺の手をぐいっとつかむと突風を巻き起こした。湧き上がる半端ない上昇感。デリケートな部分がヒュンとなる。俺のアパートが、街が、あっというまに縮んでゴミと化した。

加速がやむと、星の海がひらけた。

グーグルアースでしか見たことのない地球が俺の真下で回っている。

「すげええ! 半島の夜って本当に真っ暗なんだな!!」

「そっちですか!」

ピヨスモンテに怒られた。それで俺は訂正した。

「魔女っ娘すげえ!」

「って、棒読みじゃん。小並感はいいです。それよりも問題解決するためにまず状況を把握してください。わかりますか?」

彼女は腕を振り上げて地平線を右から左へなぞってみせた。地の果てから巨人が侵攻してくるとでも言うのか。

「消極的な候補者に現実直視させて強制参加を促す展開か。古臭い演出だな。もう少しひねれよ」

俺は考えうる限り既出の脅威を並べて見せた。

異星人の侵略、未知の巨大天体、太陽フレアの増進、地磁気の異常、極秘の軍事衛星、その暴走、殺人ウイルスのパンデミック、

あるいは偶発最終戦争の兆候、イエローストーンの破局噴火、可能性は皆無に近いがナチス残党の一斉蜂起。

    

「どれも魔女っ娘の出る幕ではありません。真面目に考えてください」

「じゃあ、何か。もっと抽象的なトラブルか? 例えば、欲望の肥大が人類を押しつぶすとか、過剰な自己愛が均衡を崩すとか、それこそ魔女っ娘が処方箋じゃねぇか」

突き詰めて考えれば、どれもこれも莫迦莫迦しい話だ。張本人である人類が墓穴を掘っただけで、異界が介入する根拠が乏しい。


だいたい、どうだっていいじゃないか。クソみたいな世界が自滅するなら勝手に潰れればいい。誰だって死ぬ。宇宙だって終わる。今回はたまたま揃って全人類の賞味期限が切れただけのことだ。

仮に魔法の力でどうにか乗り越えたとして、延命治療に過ぎない。

俺は社会を治療する医者じゃないし、そもそも個人の手に負える問題じゃない。

「まだわかりませんか? 鈍感な男ねぇ」

ピヨスモンテが魔法のステッキで自分の掌を鞭打っている。イラついてるのはこっちだ。とっとと帰らせてくれ。


「悪いがどれもこれも俺の出る幕じゃねえ。ていうか、愚かな人間の自己責任だし、魔界の存亡がかかってるなら、そっちで勝手に なんで二人三脚で対処しなくちゃいけないんだ?」


俺はピヨスモンテを突き飛ばし、強引にステッキを奪い取った。使い方はどうにかなろう。とにかく、これで地球に帰る。

    

「何をするんです?!」と彼女は怒る。と、思いきや、「ようやく、やる気になってくれたんですね?」とほほ笑んだ。


しまった。

まんまと嵌められた。


ステッキを返そうとしたが、どういうわけか手にくっついたまま離れない。

「この野郎!」

魔法少女ならぬ魔漢(まおとこ)になっちまった俺を彼女はニヤニヤ眺めている。

「おい! こうなったら、とことんつきあってやんよ。どうせ、解決するまで帰れないんだろ? さっさと任務を言え」

俺はやけくそ気味に聞いた。ダメもとで手をばたつかせる。畜生、しっかりと粘着してやがる。

「とことん人を馬鹿にしくさって! 魔女っ娘だか何だか知らんが、あとでとっちめてやるからな!!」

「この度はありがとうございました」

彼女はひょうひょうとしている。まんまと契約を勝ち取ったのだろうが、俺の怒りは収まらない。そこで、腹立ちまぎれに言ってやった。

「お前は判ってるのか? 俺に人類を救えるほどの力を与えることの意味を!」

「ついでに能力で魔界を乗っ取るつもりなら、本気出してください。もちろん大歓迎です♪ 魔王さま☆」

熱い目線を注がれて俺は振り上げたこぶしをおろし損ねた。すべて、計算ずくかよ!

だが、残念なことにピヨスモンテは最後に重大なミスを犯した。

    

「はっはっはっは! あいにく俺には物欲も支配欲もない。名誉欲もだ! 現状に満足しているわけじゃない。だけど、衣食住には困ってない。特にやりたいこともない。返すぜ」


俺はステッキを差し出した。産まれた理由も判らず、目的も見つからないまま生きている。だが、いきなり課題を与えられたって、食いつくほど飢えてもいない。


「だから貴方は『魔王』なのですよ」

ピヨスモンテに念を押されるまでもない。俺は開き直った。

「そうさ、俺はある意味、お前が言うとおりの”魔王”だ。ネトゲでリセマラしたアイテムをRTMし、運動がてらブコフを回って背どりする。それをネットオークションで売りさばいて、通販で飯を買う。そして、ときどき無料の動画で暇を潰す。ただただ自己満足のために時間や資源を費やす。それのどこが悪い?」

するとピヨスモンテは鬼の首を取ったように言った。

「そんなことをしているから魔界が巻き込まれるんです。いいですか、みんながみんな貴方のように自堕落な暮らしをしていたら社会が傾きます」

「うるせえ!余計なお世話だ。ネットビジネスで日銭を稼いでネットに貢ぐ。俺はちゃんと世界経済に貢献しているぞ」

「このままでは水掛け論です。場所をかえましょう」

彼女は埒が明かないと考えたらしく、呪文を唱えて空間転移を開始した。アメリカ大陸が猛スピードで迫ってくる。ぐんぐん地面が拡大して俺たち荒涼とした場所に着地した。

ごつごつした岩だらけの地形でところどころに申し訳程度の草が生えている。

「ここは?」

俺が疑問を口にする前に風景が暗転した。格子状の網目が張り巡らされていて、オレンジ色の輪郭が街並みをかたどっている。

「ニューヨーク州の郊外、ホワイトプレインズです。通信インフラの中枢部でアメリカの屋台骨ともいえる場所です。ここが壊滅するとやばいです」

「ネットの心臓部か。俺が血迷ってここを叩けば世界を掌握できるってか」

「ええ、やろうと思えば。しかし、そうは問屋が卸しません」

魔法の杖が勝手に動いで中心街を指し示した。ちくしょう、まだ手に密着したままだ。そいつがブルブル震えてやがる。

「なんだ。このキモいバイブレーションは?」

ざわざわした感触が指先から背筋を駆け上がっていく。キーンとした耳鳴りが眉間に片頭痛を呼ぶ。吐き気がしてきた。

「脅威を感知しています。振れ幅は危険度に比例します」

「ってことは、ヤバさMAXってことかよ?!」

思わず戻しそうになった、その瞬間、閃光が俺の足元を駆け抜けた。

「魔漢(まおとこ)さンーーーッ!」

    

あっという間にピヨスモンテが空中に投げ出される。バサバサッと突風が駆け抜けた。見上げるとがっしりとした爪が彼女を捉えている。

俺はそいつに見覚えがある。直接の面識はない。図鑑の中で出会った。

気の遠くなるような太鼓の空を支配していた。

翼竜だ。

もちろん、そんなものが実在してたまるか。

「出来の悪い3Dめ!」

俺はステッキをしっかりと握り締め、遠ざかっていくピヨスモンテに問いかけた。

「おい、どうやればいい?」

ちくしょう、翼竜の逃げ足が速すぎて口パクが聞こえねえ。こうなったら破れかぶれだ。魔王認定された俺だ。自力で解決してやる。

変身呪文が口をついて出た。無意識のうちにステッキを構え、俺は空中でトリプルアクセルを決めている。


「ピンチョス、チュロス、ピヨスモンテ! 萌え萌えパワーで魔女っ娘になぁれーーーッ!!」


どこからともなく光のシャワーが降り注ぎ、俺の汗臭い服を吹き飛ばした。

いやん。

俺の第三次性徴が始まった。出るべきところが隆起して、引っ込むべき個所が窪んでいく。

こげ茶色に枯れた声が澄んだ黄色に変わる。かりあげた後ろ髪が背中までのびて、俺の身長がみるみる縮んでいく。

純白の布が俺の下腹部と出っ張った胸を覆い隠す。そして、腰回りをひらひらした物がまとわりつく。

「げえっ、スカート?!」

    

恥じらう声が俺の鼓膜を震わせる。なし崩し的に性転換させられた。しかし、戸惑っている暇はない。

ということで、魔法少女・俺。降臨。

ピヨスモンテを取り戻すべく俺は追跡の呪文を唱えた。必要なスキルは考えるだけで発動する。

格子模様が目まぐるしくスクロールして地平線に米粒大の物体が見えてきた。翼竜だ。魔法少女は足をばたつかせている。どうやら、大した怪我はしてないようだ。

さらに加速。

スカートは盛大にめくれるが、中身を気にしちゃ前に進めない。さいわい俺にとって向かい風は記号でしかない。瓦礫にぶつかってもノーダメージだ、

ジェットコースターのようにビル街をすり抜けていく。

やがて、ホワイトプレインズの目抜き通りにさしかかった。見通しの悪い交差点を急カーブして直線道路に出る。そして奴は爆発的に加速した。

ダメだ。今の魔法じゃ追いつけない。どんどん離れていく。とうとう俺はピヨスモンテを見失った。

どこが稀代の魔王だ。魔女っ娘一人救えやしない。俺は何だかあほらしくなった。だいたいあの女のいうことは本当なのか。事実なら現状と矛盾する。

それに地球の危機という話も嘘くさい。本当に差し迫っているなら、俺とバディを組むまでもない。魔法の国は魔女を束ねて総がかりで対処しているころだ。

    

二人っきりで解決できるなんて虫が良すぎる。さっさと現実に戻って録りためた深夜アニメでも見よう。女の身体が気にかかるが、夢が醒めりゃ元に戻る。

「冷たい女ね」

背中にアニメ声が刺さった。ドキッとして振り向くと見知らぬポニーテール女が立っている。髪は茶色。いかにも遊びなれている様子だ。年恰好はピヨスモンテと変わらない。チェック柄のプリーツミニから太腿を惜しみなく見せつけている。

「お、女って・・・俺は男だぞ!?」

誰だよと俺は訝しみながら、振り向いた。

すると、ポニテ女はムキになって否定しやがる。

「いいえ、貴方は女よ。魔法女帝チュロス。至高の魔法使い。魔女のなかの魔女!」

魔女って、俺は正真正銘の女になっちまったのか。ふつう、こういうありがちな局面ではこっちの正体をズケズケと暴くもんだが。

「その通り。チュロス。ここで会ったが運の尽きよ」

ポニテはいきなり大鎌を振り上げた。こいつ、あかんやつや。

「ピンチョス、チュロス、ピヨスモンテ」

俺は咄嗟にステッキで刃先を振り払った。ポニテはいったん後ろに下がり、間合いを探っている。

「なかなかやるわね。フレールモアの斬撃をかわした女はお前が二人目よ」

「一人目は誰だよ。つか、そいつ、何をやらかしたんだよ!」

容赦なく降り注ぐ第二撃、三撃を紙一重で回避する。

シャン、シャンと大げさな金属音が空を切る。

    ビル壁のテクスチャが鱗のように剥がれ落ちる。

「ピヨスモンテよ。お前に罪を擦り付けようとした」

「どういうことだよ。つか、その効果音うるさいよ」

俺が聞き耳を立てるそぶりをすると攻撃が止んだ。フレールモアが振り下ろした柄が震えている。

「ホワイトプレインズ壊滅を企んでいたの。お前は街を護ろうと全力を尽くす。その力を真逆に捻じ曲げるとどうなると思う? お前は問題に集中していて気づかない。いや、察知しても対応が遅れる」

「ピヨスモンテはそんなヤツじゃねえ」

「素性の知れない女を過信しないことね」

「お前だって魔女じゃねえか!」

「私はお前の側よ」

と、フレールモアの鎌がルビー色に輝いた。

『身柄を引き取りに来ているが?』

柄からくぐもった声で喋った。

「予定通りに。あと、ダリアに『よくやった』と労ってあげて」

フレールモアが通話を切ると柄が鈍色に戻った。

「今の相手は誰だよ?」

「翼竜の飼い主よ。ピヨスモンテのほかにも賞金首を狩っている。大勢よ」

フレールモアは当たり前のように言った。どうやら俺の預かり知れない場所で事態が動いているようだ。

「ピヨスモンテ以外にも人間社会を狙っている奴がいるってのか? それで、俺を『愛してる』だと? ふざけんな!」


    

俺の怒りは頂点に達した。

早い話が俺を世界征服の捨て駒にしたかっただけじゃねえか。

地球を滅ぼそうと企む悪意と取り締まる正義の対立構造。使い古された勧善懲悪だ。

「悪いが帰らせてもらうわ。低俗な争いに付き合うほど暇じゃない」

俺はスカートを翻して地上に戻ろうとした。俺のステッキをフレールモアが掴む。

「魔法の杖をぶら下げたまま人間界で暮らすの? ずっと何万年も、何十億年も魔法少女のままよ」

「女の姿で何が悪い? 確かに生きづらい社会だが、引きこもりには関係ねーや」

俺は忠告を完全スルーした。

するとフレールモアはぐいっと両手を広げた。「これでも?」

アコーディオンのようにウインドウが開いて、目まぐるしく数字が踊る。

俺は目を疑った。

「ちょっ、待てや。軒並み暴落してるじゃねーか」

何ということだ。虎の子の銘柄が滑り落ちるように値を下げている。あっという間に4億円が紙くずになった。俺の老後資金だ。

「この野郎!」

「私のせいじゃないわ。世界が傾くって言わなかった?」

フレールモアはそれ見たことかと言わんばかりに俺に現実を突きつける。

「冗談じゃねえ。テーメルは成長株だぞ。業績は上々、経営も盤石、民間宇宙ロケットで業績を伸ばしてるってのに」

    

俺が狼狽えている間にも時価総額の半分が吹き飛んだ。40兆円だ。

「どうしてこうなったか、言うまでもないでしょ?」

「わかったよ。毒を食らわば皿までってか」

ニヤつくフレールモアの顔をぶん殴ってやろうと思った。

    

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