第3話 『現代の絶世の美女』
「よーし。じゃあ、今日の授業はここまでなー。今日提出予定だった課題は学級委員長が集めて持ってくるように。よろしくな
数学の授業が終わり、数学担当の先生がそう言った。
「分かりました」
静かな声で返事したのは俺たちの学級委員長。
その名を聞いて知らない生徒はこの学校にはいないのではないだろうか。
『現代の絶世の美女』。そう呼ばれる彼女は東雲グループの御令嬢。
腰まで伸びた艶やかな黒髪。大きな瞳に綺麗な二重。その瞳で見つめられたものは虜になるとかならないとか。
スタイルも抜群によくて、出るとこはしっかりと山を作っていて、引っ込んでるとこはきゅっと引き締まっている感じ。
すれ違う人誰もが振り向くレベル、いや虜になるレベルの美人だった。
「じゃあ、後は任せるぞー」
数学の担任はそっけなくそう言ったが、内心では東雲さんの虜になっているのがバレバレ。鼻の下が伸ばしながら、教室から出て行った。
そんな彼女の虜になってないのは俺と一くらいかもな。
俺は三次元の女性にあまり興味がなかったし、一はすでに彼女持ちだ。それも、東雲さんに引けを取らないくらいの、この学校のもう一人の美女だ。
「じゃあ、皆さん。ノートを集めますので提出お願いします」
東雲さんがそう言うと、クラスメイトが一斉に東雲さんの机に群がった。
あーあ。可愛そう。そんな光景を俺は遠目から見ていた。
しばらく東雲さんの机の周りには人溜まりができたいた。
放課後の部活動の始まりを知らせるチャイムが鳴り、その人溜まりは一斉に霧散していった。その光景がなんとも滑稽で見ていて面白かった。
東雲さんの机の周りに生徒がいなくなったのを見計らって、俺もノートを提出することにした。
「はい、これ。よろしく」
「あ、うん」
相変わらずそっけない返事だな。
まぁ、いいや。俺はやることやったし帰ろう。
一は彼女と帰るらしいから今日は一人だな。自分の席に戻って帰りの準備を始めた。気がつくとクラスに残っているのは俺と東雲さんだけだった。
そういえば、学級委員長って一人だったな。クラス全員分ってことは数十冊か。
こんなこと考える必要もないな。
俺は帰りの準備を済ませて東雲さんの席に向かった。
「帰りの準備は終わってる?」
「え?」
まさか、また俺に声をかけられると思ってなかったのか、東雲さんは振り返って、その大きな瞳を丸くさせていた。
うん。たしかに、この瞳に見つめられたら虜になるな・・・・・・。
俺は視線をすぐに逸らして、机の上に置いてあるノートの山に移した。
「ノート持って行くの手伝うよ」
「え?」
二度目のえ?。
まぁ、その反応が正しいんだろうけどな。これまでに数える程しか会話をしていない相手からいきなりそんなことを言われてもそうなるよな。
「別に変な意味はないぞ。ただ、一人でそれを持って行くのは大変だろうなって思っただけだ」
俺はその辛さをよく知っている。
なにしろ、去年、俺は学級委員長を後期の間だけやってたからな。毎回毎回、クラス全員分のノートを集めて職員室に持って行くのは、それはそれは大変だった。
だから、これは同じ苦しみを知っている者としての善意だ。
別にこれで恩を売ってお礼を望んでるとか、決してそんなやましい考えはないからな。
なんてことを言ってもどうせ誰も信じないんだろうな。なにしろ、相手があの『現代の絶世の美女』なんだから。
「別に一人で持って行くなら手伝わないけど、どうする?」
「手伝ってくれると助かる」
ということらしい。
どうやら、困っていたようだ。
「困ったものだよな。あの数学の教師。毎回、東雲さんに自分の仕事押し付けてるよな」
「でも、これがクラス委員の仕事だから」
「だからって、女子に重たい物を持たせるのはどうかと思うぞ。あの教師は、ただ東雲さんに会いたいだけだろ」
きっとそれが本音で、課題集めはそのための口実だ。
先生からも好かれるなんて、美人ってのも大変だな。
俺はノートの山を全て持って、東雲さんを促した。
「ほら、行くぞ。職員室の前まで俺が持って行ってやるから」
「ちょっと・・・・・・」
東雲さんは何かを言いかけていたが、先に教室を出ていた俺の耳には届かなかった。
二人並んでだと目立って仕方がないので、俺が東雲さんの少し前を歩いて職員室を目指した。
途中、会話という会話は一言もしなかった。
職員室の前に到着し、俺は東雲さんの方を振り返った。
普通に立っているだけなのに美しい・・・・・・。
あまりにその美しさが眩しくて、危うくノートを落としそうになった。
「ちょっと、大丈夫?」
ノートを落としそうになった俺の手に東雲さんが手を重ねて支えてきた。
これは・・・・・・どうしたものか?
普通ならここでドキドキする場面なんだろうけど、あいにく三次元にあんまり興味のなかった俺はそんなこともなかった。
真っ白で何一つ汚れのない手。長くて綺麗な指。女性特有のスベスベ感。この手を触りたいと思う生徒はたくさんいるんだろうな。
「すまん。ありがとう」
「ううん。私の方こそ、ここまで運んでくれてありがとう。後は大丈夫だから」
そう言って東雲さんはノートの間に手を滑らせて、俺の腕からノートの山を取り上げた。
少し俺のことを上目遣いで見つめ、
「じゃ、じゃあ私はノート持って行ってくるね」
そう言い残して、東雲さんは頬を赤くして逃げるように職員室に入って行った。
「意外と普通の生徒だな」
たしかに、見た目こそ絶世の美女だが、中身は普通の女の子なのかもな。
少し興味が出てきた。
後は帰るだけだから、少し待ってみるか・・・・・・。
東雲さんが一緒に帰ってくれるとは限らないけどな。
俺は階段の近くでスマホをいじって東雲さんが来るのを待っていた。
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